頼政逸話

ぬえ退治

ぬえ退治は頼政の最も有名な逸話で平家物語をはじめ、謡曲・神楽など様々なジャンルで取り上げられています。
平家物語(巻四 鵺)によると、このような話です。 仁平(年号)の頃、近衛天皇が夜な夜な丑の刻(午前2時)になると、きまって気絶されるということが続いた。調べてみると、その時刻、内裏西北の東三条の森の方から、黒雲が沸き立って御殿の上に覆いかかることが分かった。公家が対策を話し合った結果、武士に警護を任せることになり、頼政に白羽の矢が立った。その頃五十近くで、内裏の警備の責任者だった頼政は、結局引き受けることになった。
頼政は弓矢を持ち、郎党一の猪早太を引き連れて、南殿の大床で待ち構えていた。丑の刻にさしかかると、人々が噂していた通り、黒雲が沸き立ってきた。その中に怪しいものの影があったので、「南無八幡大菩薩」と念じて、矢を放ったところ手応えがあった。猪早太が走りよって、怪物が落ちてくるところを取り押さえ、刀を突き刺して息の根を止めた。怪物を検めると、頭は猿、胴体は狸、尾は蛇、手足は虎の姿をした怪物だった。感心された帝は獅子王という名の御剣を下された。その剣を取り次いだ左大臣頼長が、

ほととぎす名をも雲井にあぐるかな

と詠み掛けたので、頼政は

弓はり月のいるにまかせて

と詠み応え、偶然当っただけですと謙遜した。 「弓矢を取ってのみならず、歌道にも優れているのか」と主上も臣も感心したということです。 ところでその怪物は、くりぬいた丸木舟に入れて流したといいます。

高嵩谷が天明7年(1787)浅草観音堂に奉納した鵺退治の絵馬(国の重要文化財)

菖蒲前の三人揃え

高倉帝の御代、当時殿上一と謳われた菖蒲前という女官がいた。その佳人に既に古希を過ぎた頼政が秘かに懸想してしまった。やがて、その艶聞が天聴 に達してしまった。老いらくの恋心を哀れに思われた帝は、頼政の本心を確か めるために一策を案じられた。それは、件の君と容姿のそっくりな美女二人を 選び、これら三人に同じ化粧・装束を凝らして並ばせた上で、頼政を召し出し、『この中にその方意中の人あれば、先ずは引き当ててみよ』 と仰せられたのである。さすがの頼政も見分けがつかず困り果ててしまった。しかしそこは頼政のこと、得意の一首、

五月雨に沼の石垣水超えていづれあやめとひきぞわづらふ

を以って自分の苦哀を率直に申し上げた。帝はその当意即妙の歌にしばし感嘆され、手づから菖蒲前の袖を引いて頼政に賜ったという。(源平盛衰記)