卒園生の声

私は、昭和46年にめぐみ幼稚園を卒園しました。2017年10月3日
めぐみ幼稚園の思い出2017年7月25日
私は1987年までめぐみ幼稚園に通っていました。2018年2月9日

めぐみ幼稚園の思い出

私はめぐみ幼稚園の第二回の卒園生です。
1950年創立のめぐみ幼稚園の最初からの入園です。 当時は己斐に住んでいましたから最初は父の自転車で、途中からは広電で通ってきました。
 当時は高須から古江に行く途中の電車からめぐみの教会の十字架がついている塔がはっきり 見えましたし、幼稚園舎の石段の上に立って背伸びをすれば太田川の堤防が見えました。周囲 は田んぼや畑だけでした。
 己斐にはまだ幼稚園が無く、定期券を持って幼稚園に通うことはうれしいような恥ずかしい ような、何とも言えない気持ちだってことを覚えています。しかし、己斐から一緒に通う園児 が少しずつ増え、とてもうれしかった。
 幼稚園で初めて覚えたのは、イエスキリストという人がいらっしゃったことでした。ひげを生 やした人が木にぶら下がっていたことにびっくりしました。それまで父のふるさとのお寺で育っ た私にとって、手を合わせるのはみなふくよかで優しい顔をした仏さまでした。 私は戦後の団塊の世代の先頭です、従って同級生は多い。たくさんの仲間の中で育ちました。 めぐみではホールでたくさんの劇をしました。クリスマスの生誕祭はもちろん、花咲か爺さん、 こぶとり爺さん、合唱、など楽しい思い出がたくさんです。その思い出は今もはっきりと頭に 浮かびます。
 なんとその当時のホールがほとんどそのまま残っているのです。65年前の舞台が そのまま残っているのです。少しづつ補修はされてきましたが、本体はびくともしない。相当 良い建築なのでしょう。めぐみ幼稚園の宝であり、卒園生の宝でもあります。
 しかし、建物も宝ですが、やはり「めぐみ」の中で知らず知らずのうちに体にしみ込んだ 「人にやさしく」が私の宝です。年を取って短気になり腹を立てた時に思い出すのは「人にや さしく」です。なかなかそうなれない自分にいらいらしながら思い出しています。3才から6才 までの間に聞いた言葉が今でも私の中にあるとは良いですね。幼い時印象深い言葉は大切です。 この言葉を聞かせてもらった「めぐみ幼稚園」に感謝しています。
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私は1987年までめぐみ幼稚園に通っていた、吉田茜(旧姓・田辺)と申します。

私は絵を描いたり、物を作ったりするのがとても好きです。今まで、この趣味 をきっかけに多くの友人に出会うことができ、母となった今も楽しく毎日を送っ ています。そのきっかけを作ってくれたのがめぐみ幼稚園です。  

私は1987年までめぐみ幼稚園に通っていました。クリスマスにページェン ト(劇)をしたり、おひな祭りに着物を着たり・・・素敵な思い出がたくさんありま す。そのなかで特に嬉しかった事が二つあります。
 一つはガクアジサイの絵を描いた時、先生にすごく褒められたことです。 そのことがとても嬉しくて、単純なのですがそれ以来、私は絵を描くことが大好きになりました。
 二つ目は作品展でクラスのみんなと大きな家を作った時のことです。友人が テレビを作っていたのですがテレビ台がないのに気がつき、私が作ったところ、 先生が「すごい!!よく気が付いたね!!」とほめてくださいました。またまた単純 ですがそれ以来、私は物を作る事も大好きになりました。このようなめぐみ幼稚園で のさまざまな経験が今の私の原点になっています。
 現在、私の子ども達もめぐみ幼稚園に通っています。今も昔も変わらない穏 やかなめぐみ幼稚園で、子どもたちものびのびと成長しています。その姿を見て いると、昔の通っていた時の自分を思い出します。私がめぐみ幼稚園で経験した すてきな思い出を子ども達にも作ってもらいたいです。そして、先生方からたくさん の優しさや強さを学んでほしいです。
 実は私の父もめぐみ幼稚園の卒園生です。今の私の夢は、私の孫もめぐみ幼 稚園に通って四世代でお世話になることです。末永いお付き合いになりますが、これからもよろしくお願い致します。

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