黒百合の思い出
ある時、一お姉さんと二人で四峰正面北条新村ルートを登る為に、涸沢から急なガレ場を登り、前穂北尾根の五六のコルに登った。
コルから奥又白の谷に移動する。
細い道はお花畑で、標高差1000m下には梓川がキラキラとひかり、ユートピア的な所であった。
お姉さんに教えてあげながら写真に収めた。
前日に俺はSGさんと前穂東面の壁を登ったとき、アプローチに歩いているため、此処に黒百合が一株咲いているのを知っていた。
その時俺は、織井茂子の「黒百合は恋の花」を思い出した。
黒百合の歌 作詞 菊田一夫・作曲 古関裕而
1 黒百合は 恋の花
愛する人に 捧げれば
二人はいつかは 結びつく
あああ・・・・あああ
この花ニシパに あげようか
あたしはニシパが 大好きさ
2 黒百合は 魔物だよ
花のかおりが しみついて
結んだ二人は はなれない
あああ・・・・あああ
あたしが死んだら ニシパもね
あたしはニシパが 大好きさ
黒百合は 毒の花
アイヌの神の タブーだよ
やがてはあたしも 死ぬんだよ
あああ・・・・あああ・・・・
岳人の歌 作詞/作曲・不詳
白樺にもたれるは いとし乙女か
あの黒百合の花を 胸にいただいて
アルプスの黒百合 心ときめくよ
なつかしの岳人 やさしかのきみ
二人は、奥又白谷の急なガレ場を登って、4峯直下まで歩いて雪渓の上に出た。
4峰正面壁は、有名な岩壁である。
前穂の東面の壁や、北尾根の壁は、徳沢から横尾かけて眺められ、明るい壁であり人気があった。
また冬季登攀では、いろいろな話題が語られたルートである。
仰ぎ見る岩壁の、目指す4峰正面北条新村ルートには既に数パーティが取り付いている。しかもガレ場を登りきって、雪渓の部分に来ても、正面ルートの先行者はもたつき進んでいる様子が無い。
涸沢からここまで前進してきて、引き返すには面白くない。
1日で登り、涸沢まで帰るように計画した為、水や食料も沢山持っていない。
俺はお姉さんにお願いして、別のルートを登ろうと提案した。
しかし、ルート図は北条新村ルートしかもっていない。
でも、インゼル側の壁は、見るからに傾斜も緩やかであり、何処でも登れるように感じていたため、お姉さんに懇願して壁に取り付いた。
インゼルのB沢側から取り付き、松高下部から明大とつなぐルートを登ってしまった。
ルート図を持たないで、適当に取り付き、適当に登り、4峰頂上直下の大きな棚のような所を歩き、階段状の岩尾根を、翔るように五・六のコルに下る。
本日の、テントキーパーK田氏が待つ涸沢のテントに帰った。
18時ごろ俺は隠れて、涸沢ヒュッテに行き缶ビールを購入した。
そして見たものは、ふらつきながら歩いている3人の男たちであった。
屏風隊のSZ、TM、KFの三名が帰ってきた。
T4でビバークし、屏風は朝から太陽に照らされ、壁が焼けて、先行者のもたつきで時間がかかり、水を使いきり、温度と喉の渇きに苦しめられ、苦労したとのことである。
俺はそっと飲みかけのビールを差し出すと、直ぐに無くなってしまい、大急ぎで買出しに走った。
売店まで3mも。
一お姉さまは、その後、元谷の仲間(OG先輩)と結婚した。
前穂東面を登ったその時、お姉さんは
「OGさんも来れば良かったのにーー」
と寂しそうだった。
お姉さんは、本当の「瀬戸の花嫁」になった。
「元谷小屋の『瀬戸の花嫁』(山岳小説)」は、私の思い出をアレンジしたもので、市お姉さんとは別のお話です。
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