Fate/Trigger Point 第二話 MAZE 〜迷図〜 





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 いつも通りの通学路、いつも通りの登校時間。いままでと変わらない、優等生であるわたしとしての日常。
 とりあえず、今日も今まで通りの生活サイクルで過ごすことにした。どのみち、日中はそれほど行動の選択肢はない。ならば人混みに紛れられる学校へ行くという選択は悪いものではないだろう。なにより、学校内にマスターが居る可能性が高い現状では、校内の調査というのは数少ない行動的な選択肢だ。
 アーチャーは霊体化してわたしのガードをしている。相変わらず記憶は混濁したままだそうだ。せめて自分の宝具くらいは思い出して欲しいものだ。まったく、このへっぽこめ。
『凛、なにやらよくないことを考えてないか、君は』
「気のせいよ、アーチャー」
 不穏な気配でも感じたのか、なかなかに鋭いアーチャーの台詞を小声で受け流す。
「アーチャー、わたしの授業中にざっとでいいから校内を巡回しておいてくれる? そうね……昨夜潰しておいた結界の要が在った場所と屋上の起点を重点的に」
『ふむ、了解したマスター。だが、もし敵に遭遇したらどうする?』
 む、その可能性もある、か。
「そうね……相手が貴方に気が付いていないのなら後を付けるなりして情報収集。戦闘になりそうなら……逃げていいわ。重要なのは一般人を巻き込まないこと」
 まぁ、昼間から派手に動くマスターが居るとは思えないが。それにこちらとしても日中に派手に動きたくはない。
『いささか甘くはないか、凛。敵に隙があるなら即時殲滅ではないのか?』
「その辺の判断は任せる。でもね、お願いだから大がかりな隠蔽工作が必要となるようなことはしないでよね」
『ああ、そのあたりは任せておきたまえ』
「ええ、信頼しているわ、アーチャー」
 途中、ふと思いついてコンビニに寄り、ちょっとした買い物を済ませる。のど飴を一袋だ。とりあえず袋を開けて、中身の幾割かをコートのポケットに放り込んだ。
 そうこうしているうちに校門にたどり着いた。途中からやや早足で登校したせいか、いつもより若干早い到着だ。これならギリギリ間に合うか。
『む、どうした凛。校舎はそちらじゃないだろう?』
「ん、ちょっとね。ちょっとした用事」
 向かうは弓道場だ。この時間帯なら弓道部の朝練の片付けが始まる直前くらいのはずだが、さて。

「おや、おはよう遠坂。どしたの? 朝練ならもう終わるよ」
 弓道場の入り口から中をのぞき込んでいたのに気が付いた弓道部部長がわたしに声をかけてきたので、これは幸いとそのまま道場に上がらせて貰うことにした。
「おはよう、美綴さん。ちょっと気が向いて覗いてみただけだから気にしないで」
 弓道部部長、美綴綾子。わたしと同じ2年A組のクラスメイトにして、数少ない友人のひとりだ。それもかなり近しい部類に入るだろう。近しいイコール親しいになるかどうかは微妙なところだが。
「どうせ来るなら練習中だったらうちの男どもも気合いはいっただろうに。変な時間に来たね、アンタ」
「あら、せっかく友人が頑張っているところを見に来たのにご挨拶ね、美綴さん」
「うわ、怖! 明日は雨かね、こりゃ」
 カラカラと笑う綾子。なかなかに素敵なことを言ってくれやがります。
「主将、藤村先生が呼んでます……あ、お、おはようございます、遠坂先輩」
 弓道部の後輩が、綾子に話しかけようとしてわたしに気が付いたようだ。
「あら、おはよう桜」
 彼女の名は間桐桜。わたしとはちょっとばかり縁のある後輩だったりする。
「む、藤村先生か。悪い、遠坂。ちょっと行ってくるわ」
「お気遣い無く。適当に退散させて頂きますわ」
 シュタっと片手を挙げてから移動する綾子。その場に残されるわたしと桜。チラチラと桜がわたしの様子を窺っている。
「んー、桜。左手出して」
「え、あ、あの?」
「んー、だから、お手」
 わたしは桜にむけて右の手のひらを差し出す。
「え? え?」
 なんか混乱して目を白黒させながらも、わたしの右手に左手を乗せる桜。こうして桜に触れることに目眩にも似た感情を抱きつつ、わたしは右手をくるりと回して桜の手のひらを上に向けた。わたしの右手はそのまま桜の手の甲へまわす。そしてわたしは、その手のひらの上に左手でポケットに入っていたのど飴を一掴み乗せてあげた。
「あげるわ。ノンシュガーだから安心しなさい」
 わたしはそっと両手で桜の左手を包みこむと、そのまま手を離した。呆然とわたしを見ている桜。
「……」
「……」
「……」
「……」
「じ、じゃあね。わたしは教室に行くわ。綾子にはよろしく言っておいて」
 照れくさくなったので撤退することにしよう。わたしは振り向いてそのまま歩き出し――
「あ、あの……ありがとうございます、遠坂先輩」
「……ええ、じゃあ、ね。桜」

『今のが用事かね。マスター』
「ええ、今のが用事よ」
 ――そう、今のが用事。ちょっとした確認作業。間桐桜に令呪がないことを確認するという用事。この町で遠坂以外の魔術師の家系、間桐の家の人間である間桐桜がマスターだとしたら令呪を持っているはず。だがその左手には令呪はなく、彼女の体内の魔力に関しても別段何も感じられなかった。彼女の兄には魔術回路自体が無いため、マスターに選ばれる可能性は無い。他に間桐の一族がこの町に居るという話も聞かない以上、今回の聖杯戦争に間桐は参加していないということか。
「……結局、地道に行くしかない、か」
 ということで、わたしはとりあえず普段通りの日常をこなすことにしよう。





 取りたてて問題もなく昼休みになった。アーチャーの巡廻によると、昨夜潰した結界の要はまだ復活していないようだ。とはいえ、肝心の起点を潰せない現状では根本的な解決にはなっていない。術者が起点に魔力を流し込めば結界が復活してしまうため、気休め程度の対処でしかないわけだ。こちらにとって幸いなのは、この結界の完全な起動には膨大な魔力を必要とするということだろう。結界がじわじわと魔力を貯め込んでいるのなら、こまめにその魔力を吹き飛ばして起動の邪魔をする。ということで、わたしはその結界の起点の様子を見に行くことにした。
 階段を上って屋上への扉を開けると、そこには先客が居た。フェンスそばに立っている赤毛の髪をショートカットにしたかなり小柄な少女。童顔でやや幼い印象はあるが、その表情に柔和さは無く、かわいいと言うよりはむしろ凛々しいといった印象を受けた。わたしはその少女に見覚えがあった。たしか同学年で、元弓道部だったはずだ。綾子曰く『間違いなく校内で一番弓が上手い奴』。弓道部退部の理由は詳しく知らないが綾子が未だにその事を惜しんでいたし、あの間桐桜が慕っていると聞いていたので印象に残っていた。……名前なんだったっけ。
 扉が開いた音に反応してだろう、こちらに視線を向けた彼女とわたしの視線が絡んだ。彼女はわたしの存在にちょっと驚いたかのように軽く目を見張ったが、すぐに興味を無くしたかのように視線をフェンスの外に戻した。足下には小さなお弁当箱と水筒。どうやらこの寒さの中、ここで昼食を取っていたようだ。
 さてどうするか。人が居るとは思っていなかった。彼女が去るまで待つか、魔術を使って人払いするか、あるいは出直すか……。ざっと見たところ、彼女から魔力は感じられない。となると事なかれ主義で行く方が問題は少なそうだ。
 などとわたしが思考を巡らせていると、彼女は再びわたしに視線を向けてきた。軽く小首を傾げてから、彼女はふわりとしゃがみこみ、お弁当箱と水筒を小さなポーチに仕舞うと立ち上がってわたしの方へと歩き出した。あ、違うか。わたしの後ろには階段があるんだっけ。わたしは一歩横にずれて彼女の進路の邪魔にならないようにした。
 すれ違うとき、こちらに顔を向けた彼女は、微かに微笑して会釈した。うわ、笑うと可愛いかも、この子。慌てて会釈を返すわたし。そして彼女はそのまま校舎の中へと戻っていった。
『ふむ、さすがに突然一人で居たところに乱入してきた人間がじっと自分を見つめているとなると逃げ出すのも当然か。いや、マスター。君にそういう趣味があるとは思わなかった』
 ……はい? あまりの台詞に思考が停止した。
『――いやいや、マスターがどのような性癖を持とうと聖杯戦争には関係なかったな、これは失言だった。しかしまあ、朝の娘と今の娘とだといささかタイプが違いすぎる……守備範囲が広いな、凛』
「わたしをからかっていて楽しいかしらアーチャー」
 クックックッと笑いの気配。
『いやいや、怒鳴り出すかと思ったがなかなかに冷静だな。さすが私のマスターだ』
「おだてても何も出ないわよ。さて、さっさと調べてしまいましょう」
 わたしは屋上への扉を閉めると用心のため魔術で施錠した。
『ああ、時に凛。――――今、ここに居た少女は知り合いかね?』
「同級生だけど…………なにか感じたの?」
 わたしが何かを見落としていたのだろうか。
『いや、そうじゃないが……足の運びや体の使い方が素人離れしていたからな。聞いてみただけだ』
「ああ、なるほどね。彼女は確か弓道部だったはずよ。現部長が言うには天分の才をもっているとかなんとか。武芸百般の彼女がいうからには間違いないんじゃない?」
『――――ふむ』
 なにかアーチャーの様子がおかしい。これは……困惑? なにかに迷っているような感じだろうか。
「アーチャー、どうかしたの?」
『……いや、なんでもない』
「ふーん、ならいいわ」
 そしてわたしは結界の起点へと足を向けた。

 ああ、そういえば。唐突にわたしは思い出した。確か"衛宮"とかいう名前だったっけ、あの娘。





 結局、何の進展もなく本日最後の授業が終了した。
 日が沈むまではまだ幾分かの時間があるので、わたしは一旦帰宅することにした。
「結局、我が身を餌に夜の街を巡回するか、学校を張るか、くらいなのよね」
 アーチャーの準備してくれたおにぎりにかぶりつきながら、わたしは今夜の方針を考えていた。……む、おかかか。鰹節なんか家にあったっけ。そういえばこれの前は梅干しだった。そんなもの買った記憶はないのだが――さて。それにしてもこのだし巻きの味はどうだ。甘さを抑えて出汁の旨味を全面に押し出している。うーん、よっぽど出汁に自信がないと出来ない味付けだ。……あれ?
 ク、思わず食事の味に引き込まれてしまった。視線をあげるとアーチャーが興味深そうにわたしを観察している。ニヤニヤとした皮肉げな微笑みがひどく癇に障る。間違いなくだし巻き卵に我を忘れてしまったのを悟られてしまっている。……とりあえず一発ガンドあたりを打ち込んでおこうか……。
「まあ、落ち着きたまえマスター。食事中に暴れるのは優雅とは言えまい?」
 実体化した状態で焙じ茶を啜りながらのアーチャー。――――本当に、コイツはどこの英霊だ。おにぎり握るわ、焙じ茶啜るわ……わたしの持っていた英霊のイメージを見事に打ち砕いてくれてます。
「ところで、だ、凛。ふと思ったのだが……」
 スィッチが切り替わるかのように真面目な顔になるアーチャー。
「今回の聖杯戦争は5回目だそうだが、それではその前は何年前だったのだ?」
「……第四回は10年前よ。わたしの父が参加したわ」
「ふむ……10年前か。では聞くが――その第四回聖杯戦争で生き残ったマスターというのは居たのかね?」
「さあ、わたしが知っているのは綺礼くらいよ。アイツは第四回聖杯戦争に参加したけど、早い時期に脱落して早々に教会に保護を求めたって話らしいけど」
「……つまり君は前回の聖杯戦争を誰が終結させ、生き残りが居たのかどうかは知らない、と言うことだな」
「む。でもさ、結局は四回目では聖杯戦争自体は終わらなかったってことだし、だとしたら別段重要じゃないってことになるんじゃない?」
 わたしの台詞に深々と嘆息するアーチャー。
「あのな、マスター。君は確かに優秀だ。だが競うものがいなかった弊害か、いささか他人を軽く見る傾向があるのは直したほうがいい。いいかね、よく考えたまえ。もし10年前の生き残りのマスターが居たとしよう。もしくは一緒にこの街に来た弟子や累系でもいい。その場合、彼らがこの10年間の間、魔術師であることを隠してこの街に潜伏していないという証拠はどこにあるのかね? 君が私を連れて行ったあの公園を見たら判るが、前回の終焉時に引き起こされた災害は相当に酷いモノだったのだろう? その災害のどさくさに紛れてこの街に居着くのはそう難しいことでもあるまい。この街の管理者の代替わりも有ったのだろうしな。なにしろ事が"聖杯"などというとんでもない代物だ。10年20年はおろか、一世代二世代程度の雌伏……魔術師なら当然やってのけるだろう?」
 アーチャーの言葉に、わたしはガツンと殴られたくらいの衝撃を受けた。確かに、魔術師ならやりかねない。冬木の街に住んでいればマスターに選ばれる可能性が高くなりうるだろう。なにしろ選ぶのは聖杯なのだから。
「参ったわね。貴方の言うとおりだわアーチャー。わたしはもうちょっと前回の聖杯戦争に目を向けておくべきだった」
 前回の聖杯戦争についてなら綺礼に聞くしかないだろう。昨日の今日で綺礼に連絡を取るのも癪だが他に手段がないから仕方がない。なにより、冬木の管理人としてもぐりの魔術師の可能性を指摘されてしまうと立つ瀬が無い。言われて気が付いたが、穂群原学園に最近転校もしくは転任してきた人間は居ない。ということは、学校関係者がマスターであるのならば、前々からうちの学校に在籍しているということだ。
「綺礼に電話してみるわ。それからどうするか考えましょう」
「うむ、了解だマスター。だが――」
 すっと滑るように立ち上がるアーチャー。
「食後のお茶を取るくらいの余裕は持つべきだ。『どんなときでも余裕を持って優雅たれ』なのだろう?」

 食後の焙じ茶は大変美味しかった。なぜ焙じ茶だったのかという疑問は残ったが。
 時刻は七時を回ったところ。さて、憂鬱だが仕方がない。わたしは受話器を手にとって短縮ボタンを押した。
『なんの用だ、凛』
 ほとんど待つ必要も無く綺礼が出た。
『もうリタイアか。期待はずれだったな。保護を求めるなら教会まで来るがいい』
 相変わらず重苦しい声でむかつく台詞を吐く奴だ。コイツと話すときは心を強く持たなければならない。じゃないとその隙間をこじ開けられてしまう。
「お生憎様ね。残念ながらまだステージの上に居るわ。今夜はちょっと確認したいことがあるだけよ」
『ふむ――昨夜で質問は締め切ったつもりだったのだが……まぁいい。言うだけは言ってみたまえ』
「単刀直入にいくわ。前回の聖杯戦争……アンタ以外に生き残ったマスターは居る?」
『――――』
「…………」 
 受話器の向こう側の静寂に耳が痛い。向こう側の綺礼はいったいどんな顔をしていることやら。いや、それこそ愚問だった。間違いなく貼り付けたような薄っぺらな笑みを浮かべているに違いない。
『フ、フフフ、面白いな、凛。今頃になってようやくそれを訪ねるとは――――ふむ、実に興味深い』
「戯れ言はいいわ。で、実際のところどうなの?」
『ああ、私以外に前回の聖杯戦争を生き延びたマスターが一人だけ居たとも。ヤツこそが前回の聖杯戦争の勝利者にして、最後の最後に聖杯を破壊した愚者でもある。その余波で死傷者五百余名という大火災が引き起こされたわけだがな』
「…………その男は今?」
『死んだらしい。もう五年になるか』
 つまり、前回マスターだった者で今生きているのは綺礼だけということか。
「その当時、他のマスターと一緒にこの街に来た人間で、今もこの街に居るようなヤツって居ると思う?」
『……いや、居まい。考えたまえ、凛。我々は戦争をしていたのだ。そのような足枷が相手に存在していたなら、速やかにそこを突いていくに決まっているだろう。実際ヤツはそうしたのだ。騙し、罠にかけ、人質を取って速やかに、確実に、徹底的に勝ち上がっていったのだよ』
「でも最後に聖杯を破壊した……何故なのかしらね」
『あの男が何を考えてそうしたのかなど、今になっては知る余地も無いがな』
「――そうね。死人の考えなんて確認出来ない……か。あー、当てが外れたわ。前回の関係者の生き残りか累系でもこの街に潜伏しているかと思ったのに」
 本当に残念だ。これでは全くの無駄骨では無いか。
『ふむ。残念だったな』
 なぜか愉快そうな綺礼。
『用件はそれだけかね』
「そうね……あ、そうだ。最後に一つ。その前回、最後まで残ったマスターってなんて名前?」
 そう聞いたのはまったくの気まぐれだった。深い意味もない単なる好奇心。そのはずだった。
『――――衛宮。衛宮切嗣』

 電話を切ったわたしは、そのままソファーに身を沈めた。酷く――――疲れた。
 衛宮切嗣。フリーランスの魔術師であり"魔術師殺し"に特化した魔術師。これがわたしが綺礼から聞いた衛宮切嗣にたいする全て。
「どうした凛。ずいぶんと酷い顔をしているが?」
「ああ、アーチャー……悪いけど紅茶、淹れてもらえる? 一番いい葉、使っていいから」
 衛宮。――衛宮、か。昼休みに屋上で邂逅した少女の姿を思い出す。衛宮という姓が良くある姓だとは思えない。となるとやはり、衛宮切嗣となんらかの関係があるのだろうか。しかし彼女からは魔力とかいったものは感じなかった。
「確認する……しかないわね」
「ふむ、なにを確認するのかね」
 わたしの前に紅茶の入ったティーカップを置きながらのアーチャーの質問。わたしは軽い嘆息の後、紅茶を口に運んだ。
「前回、最後まで残ったマスターが居たわ。名を衛宮切嗣」
「……エミヤ、キリツグ……切嗣、か」
「もっとも、ソイツは五年前に亡くなってるらしいんだけどね……」
 わたしの顔色が移ったのか、アーチャーも難しい顔をしている。
「残念ながら、彼以外のマスターは綺礼以外全員死亡だったらしいわ。ソイツらの関係者もまず冬木には居ないだろうって話らしい。けどね……」わたしは瞳をふせて「居るのよ、わたしと同学年に。衛宮って姓のヤツが……もちろん、衛宮切嗣と関係があるのかどうかは判らないんだけど、無関係と決めつけることも出来ない」
「確かに、な。そこは当然疑ってかかるべきだろう」
 したり顔のアーチャー。そこでわたしはふと思い出した。
「あれ? でもそういえばアンタさ、その"衛宮"と会ったとき、変な反応してなかったっけ?」
「む、私がか? いや、そんなはずは無かろう。だいたい会った覚えが無いが」
 アーチャーは困惑しているようだ。ということは昼に感じたのはわたしの気のせいだったのだろうか。
「いや、会ってるわよ。ほら、今日の昼休みに、屋上で会ったじゃない」
「……あー、なんだ、凛。昼休みの屋上?」
「うん」
「赤い髪の毛の?」
「ええ」
「弁当と水筒を持った?」
「そうだったわね」
「君と見つめ合っていた?」
「殴るわよ」
 だんだんと顔色が悪くなっていくアーチャー。……脂汗かいてる?
「……女の子だったぞ?」
「……女の子だったわね」
「……」
「……」
 ボスン、とソファーに座り込むアーチャー。天井を仰ぎ見て手で目を覆って――――完全に固まってしまった。
「あのとき、アンタが妙な感じだったように思ったから聞いてみたんだけど」
「ああ、いや。それはただ単に私の知っている人間の気配に似ていたから気になっただけだよ。しかし……凛、他には校内に衛宮という姓の人間は居ないんだな?」
「ええ、そのはずだけど」
「……そうか。ならばその娘に接触してみるべきだろうな」
「そうなんだけど――――なんか今日は気が削がれたわ。この状態で動いても良いことなさそう」
「……奇遇だなマスター。私もそう思っていたところだ」

そういうことで、今夜は早めに休むことにした。





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