空は快晴。
 初夏の日差しは目眩がしそうなほどにまぶしい。
 窓から入り込む風は頬に心地よく、遠い生徒の声が寂しさを緩和させる。
 静かに弁当を食うには絶好のロケーション(生徒会室)。
 喧噪や人の弁当をつまみ取ろうとする輩達から逃げてくる人間には最高の避難場所は、しかし。

 何故か俺の背後で無音の険悪空間と化しているのであった。
 …………二人の視線が俺の背中に物理的な圧力となってのしかかる。ぅあ、肩凝ってきた。





Fate after SS   交差点から空を見よう 〜俺と私の見た風景〜 3−2





 取りあえず冷房をバラし始めてから15分。接続不良を起こしている箇所を交換、目詰まりを起こしている場所をブラシで清掃、基盤の埃を払い……と順々にチェックしながらアタリを付けていた箇所に手を入れている間、俺の背後は物音一つしなかった。
 この生徒会室には俺しか居ない……訳じゃない。そこが問題なんだけどなぁ。
 とりあえず、外した部品を順番にもどして最後に外装を取り付けて一応は完了。冷房のスィッチを入れてみる。低い振動とともに起動する冷房。ん、問題なさそう。とりあえずスィッチ切って、
「うん、とりあえずはOKだ。一応使用する時までに室外機の方も軽く掃除させておいてくれれば問題無い」
「む、感謝する。しかし衛宮にそんな特技が在ったとは……。いや、これも御仏のお導きか」
「たいした手際ね。こんどうちのも見て貰おうかしら」
 明らかにホッとした顔の一成と呆れた顔の遠坂。いや、お前んちのは……ああ、こっちではまだ見てないか。
「茶が冷めてしまったようだ。淹れ直させてもらおう」
「ああ、その前に」
 湯飲みを取り、冷めたお茶を喉に流し込む。
「ほい」
「うむ。……遠坂はどうする? 湯飲みは空のようだが」
 嫌そうな顔で、それでも律儀に遠坂に尋ねる一成。こういうとき、つくづく一成が良い奴であることを確認してしまう。
「ええ、頂くわ」
 つい、っと湯飲みを一成の方に寄せる遠坂。
「御仏に供えられた物ゆえ、飲み干して仏罰が当たっても知らんがな」
「あらご心配なく。一応私クリスチャンですから」
 嘘付け遠坂。お前の場合ただ単に後見者が神父だっただけだろうに。
「さて、私達はついでに此処で昼食を取らせて頂こうと思うのだけれど、柳洞くんの方はどうするのかしら?」
「何!むぅ……それなら俺は席を外すとしよう。鍵は遠さ……いや、いやいや。女狐に預けるなど問題外。衛宮に預けておくので職員室に返却しておくように」
「む、一成、昼はどうするんだ?」
 俺の台詞に唖然とする一成と眉根を寄せてこめかみに手を当てる遠坂。いや、なんでさ。
「……た、たまには教室で食うのもよかろう。それでは失礼する」
 鍵をテーブルの上に置いて立ち上がる一成。
「ああ、衛宮」
 生徒会室を出るときに振り返り。
「今日は助かった。感謝する」





 無言のまま展開される弁当箱。目の前には不機嫌を通り越し、氷点下の笑みを貼り付けた赤い悪魔。
「え〜っと、あの……遠坂、さん?」
「まったく……何もするな、って朝に言っておいたと思ったけど?」
「いや、でも」
「でも?」
「あー、困ってたみたいだったし」
「……」
 あ、呆れてる。
「ハァ、いいわ。大方緊張感の途切れたところでついやっちゃったんでしょ。今回のは大目に見るけど。まったく、よっぽど柳洞くんの記憶操作を考えたわよ」
「いや、記憶操作って。そりゃ」
 やりすぎだろう。
「あのね。今回みたいなのはともかく、もしアンタが持っているスキルで志保が持っていないスキルの事だったらどうするのよ?」
「あ……」
「分かった? そういうところまで思い至りなさい。困っている人を助けようとするのは立派なことだけど、少しは自分の現状を考慮に入れるべきよ。自分に余裕が無いんだから他人に構ってる場合じゃ無いでしょう?」
「ああ、悪かった」
 そこまで思い至っていなかった。確かに、俺と志保は別人。出来ることと出来ないことにずれがあるのは当然だろう。
「後、男の子呼び捨てってのは拙くない? まぁ、貴方もあっちでは男の子だったんだし、仕方ない面はあるんでしょうけど……柳洞くんと仲よかったの?」
「ああ、親友と言って良かったと思う」
「……親友……親友……友達いるんだ?」
 ちょっと目を見張る遠坂。
「……いや、さすがにその台詞は失礼だと思うぞ。俺だって普通に学生生活してたし。まるで生活不適合者みたいに言われるとちょっとへこむ」
 かなり傷付く。というかどんな眼で俺を見てるんだ、遠坂?。
「あー……いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……まぁ、気に障ったんなら謝るわ」
「別にいいけどさ」
「うん、もうこの話は終了。ご飯にしましょ。残したりしたら泣かすわよ」
 パッと話を切り替えて弁当箱オープン。一段目はおにぎり、二段目は焼き物系、揚げ物系、三段目にはサラダ、フルーツなどの三段お重。それは良いんだが。
「……多くないか?」
 女の子二人分にしては多いだろ。セイバー一人分程度はあるぞ、これ。
「あ、あははー、元オトコノコでしょ? このくらい平気平気」
 いや、今はオンナノコだし。
「とりあえず、頂きます」
 まぁ、深く考えるより箸を動かすことにしよう。
「でもさー……これで柳洞くんがアンタに惚れたら面白いわねー」
 どこぞの木の上の猫のような笑みを浮かべて口を開く遠坂。本気で面白がっているな、コイツ。
「いや、でも一成だし」
 む、この茄子の味噌炒めは美味いな。和食の技法と中華の味付けを合わせた遠坂ならではの逸品か。
「ま、堅物だものね、彼。でもだからこそ惚れたら一直線かもよ?」
「100歩譲ってそうだとしても俺に惚れるってのはあり得ないだろ、だって俺だぞ」
 もきゅもきゅと口を動かしながら遠坂の戯れ言に付き合う。
「……あのね、ひょっとしてアンタ気が付いて無いのかも知れないから言ってあげるけど……志保って結構男の子から狙われてるわよ」
「〜〜〜〜ッ!!」
 口の中の物を飲み込もうとした絶妙のタイミングで遠坂爆弾が炸裂。クッ、お茶! お茶!
「ちょっと前までは少年体型だったくせに最近一気に育っちゃったからねぇ。顔立ちは可愛いしね。それで一見物静かだから男は純情そう、とか清楚、とかって勝手に騙されちゃうのよ。何回かは告白されてるはずよ。ま、全部断ってるけどね」
「あのなぁ……」
「ま、だから少しは気を付けなさい。とくに男の子。気軽に話しかけて勘違いさせても可哀想でしょ? 告白されてもわたしは知らないからね。しっかし、まさかアンタがそこまでボンヤリだとは思わなかったわ。……性別以外にも何かかなりずれてる感じがするわね。基本的な処は同じような気がしたんだけど」
「基本的な処?」
「んー。まぁ、この辺の話は帰ってからセイバーの意見も聞きたいわ。正直私だけだと極論に走っちゃうかもしれないし」
「……ん、了解」
 だらだらとどうでもいいようなことを話しながら箸を進め、いたって平穏に昼食を終える。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。意外と食べれるものね」
「ああ、ちょっと驚いた」
 きっちりと弁当箱は空になっていた。俺も遠坂も同じくらい食べていたわけだが……。
「太らないか、凛?」
「殺すわよ、志保?」
 勝手にお茶をおかわりしてそのまままったりとチャイム寸前まで生徒会室に居着いてしまっていたが、気が付くとそろそろ撤退したほうがよさそうな時間にさしかかっていた。
「ん、そろそろ出るか」
「そうね」
 俺は立ち上がってテーブルの上の鍵を手に取った。ついでに背中を伸ばして首をぐるりと回す。結構凝ってるようでバキバキと音が鳴った。
「……酷いわねー」
「あー、緊張してたせいかな。なんかこの体だとやたら肩が凝るんだ……が…………なんで睨むんだ?」
「……睨んでないわよ?」
「いやだっ『睨んでなんかいませんわよ衛宮さん? それより時間が無いんじゃなくて?』……あ、ああ。職員室行ってくるわ」
 額の青筋とか引きつった笑みとかどう見たって怒ってるんだが……なんでさ?

 首を捻りつつも職員室に向かって歩く俺。遠坂の方は教室に向かうらしい。っておや?
「おーい、桜?」
「あ、先輩」
 進行方向に見覚えのある後ろ姿を発見。とりあえず声をかけてみた。俺に気が付いて足を止め、待っていてくれている。
「どうした? 職員室に用事か?」
「ええ、藤村先生に、備品の関係でちょっと。先輩の方こそどうしたんです?」
「ああ、私はちょっと鍵を返しにね」
 チャリ、と鍵を指にぶら下げて見せる。
「ああ、そうなんですか」
「そういえばさっきさ。凛に『最近やたら肩が凝る』って話をしたら急に不機嫌になったんだけど……どうしてだか分かるか?」
 ちょうど良いんでさっきの一件について桜に意見を求めてみた。そう言えば桜も結構凝り性だったような……。
「……あー、それは遠坂先輩の前では言わない方がいいかも……」
「ん、なんでさ?」
「えっと、だからですね。ほら。最近衛宮先輩、急に育っちゃったじゃないですか? だから肩が凝っちゃうんですよ。でも遠坂先輩はあんまり育ってないから……」
 育つ。育つ? 身長じゃないよな。えっと……
「育つって何がさ?」
「えっと、だから……」
 桜は目を泳がせて、言いにくそうに口ごもり「……その、胸、が……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あー」
「……はい」
「納得した」
 俺と桜は顔を見合わせて……同時に溜息を吐き出した。





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