噛みしめた苦いユメと 浅い毒
未踏の地に一人 風を数え
遠く深い空 





Fate after SS   交差点から空を見よう 〜俺と私の見た風景〜 3−1





 苛烈さの片鱗を見せつけている日差しが、今日も暑くなることを告げている。
 片手に鞄、弁当は遠坂が当番だったためか、俺の分も彼女の鞄の中。ということで、何時もと変わらない登校路、何時もと変わらない登校風景。 
 ただ一点、横で含み笑いを続けている赤い悪魔を除いては……。
「――凛、いくら何でも笑いすぎだろ」
「ご、ごめ……プッ、クッ、ククク、ククククク」
「……」
「……あははは、やっぱりダメ、可笑しすぎる。だって志保、アンタ、ソレは反則よ」
「べ、別に可笑しいところは無いだろ、桜も普通だ、って言ってたし……」
 俺は今の自分の格好を見下ろして口を尖らせた。朝、何度も鏡で確認した会心の出来……のはずだ、この制服の着こなしは。
「そりゃー、桜は……ねえ」
 ククク、とアクマスマイルを浮かべる遠坂。真横で気配が動く。
 突然、急に下半身の風通しが良くなった。……って何故に! 重力に逆らって大きくめくり上がったスカートがその中身を外界に晒してしまう。
「な! な! な! なーーーーーー!」
 大あわてでスカートを押さえつける俺。横には当然のごとく、バンザイスタイルの遠坂。……スカートめくりなんて、オマエは小学生か!? じゃなくて。俺はパニック状態のまま周囲を見渡した。……通行人、ゼロ。セーフ。
「フ、ギャラリーが居ないのは確認済みよ、命拾いしたわね」
 ニヤリ、とニヒルに笑うアクマ。
「ああ、助かった……じゃない! いきなり何を……」
「だからさー」
 俺の抗議の声を遮ってチチチ、と指を振る遠坂凛。そのままスッと指を俺のスカートに向けて、
「スカートの下に短パンは邪道でしょ?」
「……いや、だって落ち着かないし」
「大丈夫よー、ヲトメのスカートは絶対領域。神に守護された砦なの。平気平気」
「……」
 いや、それはオマエだけだ、遠坂。後、守護してるのは神なんかじゃないだろ、多分……。
 まあ、そう言うことで、スカートの下には短パン。これ、今の俺スタイル。フ、この結論に辿り着くまでの俺の葛藤……。ああ、こうやって俺は摩耗していくのだろうか……。

「まあ、ソレは置いておいて……」
 前五分ほどの記憶を消去して話を続けることにした。
「俺は学校でどう過ごせばいい?」
「……どうって?」
「男女だと交友関係とかも違ってくるだろ? 俺はどう過ごせばいいんだ?」
「ふむ……」
 遠坂が一瞬視線を宙に彷徨わせる。
「何もしなくていいわ。誰にも話しかけなくていい。ぶっちゃけ、寝ててもいい。聞かれたことには答え、頼まれたことは考えてから受けるか断るかを決めて。多分それで大丈夫。一応休み時間にはそっちのクラスに行くから」
「ふむ、了解」
「一応、志保と交流があるのは私と綾子、後は桜くらいかしらね。他の人間とは絶妙の距離を保って生活しているわ。ま、クラスでは目立たない方だから大丈夫よ」
「へー、美綴と仲が良いのか」
「……仲? どうかしらね」
 軽く肩を竦める遠坂。
「悪くは無いでしょうけれどね。ま、綾子は卒業までにアンタに弓で勝負を挑むつもりらしいけれど?」
「……こっちでも、か」
「へー、やっぱり貴方も弓道やってたんだ」
「……どうだろう。……今から考えると、アレは弓道と言えたのかどうか……」
「……?」
「俺の射はある意味邪道だからさ。"弓道"をやっていない人間が真面目に弓道をやっている人間と一緒にするわけにもいかない」
「ふーん。その辺の思考は志保と一緒ね。同じような事を言ってたわ」
 学校に近づくに連れて、周囲には同じく登校する生徒が増えてきていた。否応なく緊張が高まってくる。
「……顔、引きつってるわよ」
 いつの間にか優等生モードに擬態完了した遠坂がすました顔で呟いてきた。
「ま、気持ちは分からないでもないけれどね。気楽に行きなさい。なるようにしかならないわ」
「ああ、そうだな」
 眼を瞑って軽く深呼吸。さあ、体は剣で出来ている。だから少々のことなら大丈夫。戦闘開始と行きますか。






 一時間目に兆候があった。
「志保? どうしたの、顔色が冴えないわよ?」
 休み時間、遠坂に尋ねられたが、気のせいだと思うことにした。
「い、いや。何でもないんだ、遠坂」
 二時間目、確信した。これにより俺は周りを気にする余裕が無くなった。
「……志保、気分が悪いの?」
 多分、顔色が悪くなっていたんだろう。
「……いや」
 く、こんなこと遠坂に話せるか。背に走る脂汗を無視して冷静を装う。
 三時間目、我慢の限界が近い……ここは背に腹は代えられないのか……。
「あー、志保? なんとなくそうなんじゃないかと思うから武士の情けで教えてあげるけど……」
 毎休み時間ごとに様子を見に来ていた遠坂が、俺の顔色を見て宙を仰いだ。そして俺の耳に口を近づけると、
「三階、特別教室の処の女子トイレなら人居ないわよ、もしくは一階、保健室側。間違えても男子の方に入らないように、ね」
「……サ、サンキュ、遠坂」

 三階まで早歩き、誰もいないのを確認してから女子トイレに潜入した。……は、はは、何だろうな、この喪失感は……。

 事を済ませてから教室に戻るために歩き出す。……ブルーだ。
 教室ではトイレを我慢しながらも、目立たないように縮こまっていたためか体中が凝り固まってしょうがない。特に肩が重い。
「? 何でこんなに凝ってるのかなぁ……鍛え方が足りない? うーん?」
 ぐるぐると肩を回しながら階段を下りる。と、階下に工具箱を持って歩いている知り合い発見。
「あれ? おーい、一成。工具箱なんか持って何やってるんだ?」
 そこにいたのは三年になってもいまだに生徒会長である柳洞一成だった。何故か俺を見て驚愕したまま固まっている。……あ、ヤバい。つい気軽に声をかけてしまった。
「あー、なんだ。一成、どうした?」
 とりあえず、固まっているコイツを解凍しよう。おーい、なんて目の前で手を振ってやるとようやく再起動に成功したのか、眼鏡に手をやってからコホンと咳払いを一つ。
「な、なんだ。え、衛宮ではないか。雌、雌狐の腰巾着が何用だ。後、女子が気軽に男子の名前を呼び捨てにするのはどうかと思うぞ」
 ……ひょっとして、名前で呼ばれて照れてるのか? 後、雌狐の腰巾着ってのは……ああ、遠坂の腰巾着ってことか。
「ああ、まあ気にするな。一成が嫌って言うのなら止めるけどさ。でも私としては一成と呼ぶ方が据わりが良いんだけどな?」
 意識して一人称を私に切り替える。
「で、工具箱なんか持って何してたんだ。もうすぐ授業始まるだろ?」
「あ、ああ。いや、昨日放課後、生徒会室の冷房が昇天されてな。まあ、ひょっとしたらまだ、手の施しようがあるかと思って見てみようかと思ったんだが……」
「さっぱりだった、と」
「うむ。素人が気軽に手を出すものではないな」
「へー、面倒見が良いな、生徒会長殿は。しかし、生徒会室の冷房か……」
 俺の記憶が確かなら向こうでは去年の夏に俺がメンテをしたはず。構造に関しては大体覚えているし、不調箇所もアタリが付いている。
「うん、一成。何なら俺……じゃない、私が見てやろうか?」
「む。だがしかし素人が気軽に手を出せるものでも無いぞ」
「まあ、ダメモトで任せてみろって。失敗したところで業者呼ぶだけだろ。それに機械いじりは苦手じゃない」
「だが、しかしな……」
 む、ここで始業のチャイムの響いた。
「ってヤバ! 授業始まる。一成、昼休みに生徒会室に顔出す。お茶でも入れてくれるとありがたい」
「あ、ああ」
「じゃあ、後でな」
 軽く手を振って教室へと早歩き。さて、調子も上がってきたし、頑張って平穏にすごしますか。





 授業を右から左へと聞き流しながら、ちょっと軽率だったかと反省する。
 気の緩んだ瞬間、目の前にいた親友の姿に反射的に声をかけてしまった。
 一成の驚愕した表情に心が痛む。此処では知り合い、それも一成の天敵である遠坂の友人という立場でしかない。そんな自分が気軽に声をかけてしまう。
『……難しい、ものだよな……』
 人間関係は蓄積されてこそのものだということを痛感した。向こうでの積み重ねが意味を持たない。こちらでの積み重ねが分からない。それは、なんて孤独感。
 周囲との繋がりが計れない。測れない。量れない。相手の反応から手探りで探っていくしかない。たった一人、未踏の大地を行く旅人はこんな気持ちなのだろうか。
『まあ、個人データが通用するだけましなんだけれどさ』
 自分の立ち位置以外に変更が無い分、擬態は可能、か。
『俺はそんなに器用じゃないんだけどな……』
 遠坂みたいに猫かぶりの才能なんて無い。
『ま、まずは昼休み、か』
 生徒会室でなら落ち着いて昼食も取れるだろう。……あれ? 何か、大事なことを忘れている気がする。
『……?』
 何だろう。何かが引っかかる。
『……』
『…………』
『………………』
『……………………』
『………………………………』
『……あ!』
 たらり、と背筋に汗が伝う。弁当、おかずが遠坂と共通。しかも持ってるの遠坂だし。拙くないか、拙くないか、これ、拙くないか?
 生徒会室で、一成、俺、遠坂の三人が弁当食ってるありえねー。句読点すら無い否定。想像がつかない、というより想像したくない。
『あ、あはは、あははは』
 ぐるぐると思考が堂々巡りを続けている。というか思考しているのか、俺? どうする? どうしよう? どうすれば? どうすれ?
 そうして、何も解決しないまま、チャイムという名の葬送の鐘が鳴る。 





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