オンナノコって何で出来ている?
    オンナノコって何で出来ている?
        剣と魔術回路
            それに素敵なモノばかり
そう言うモノで出来ている





Fate after SS   交差点から空を見よう 〜俺と私の見た風景〜 2−3





 仰ぎ見た空の高さに眼を細める。
 昼下がりの街を渡る風が初夏の日差しにささやかな涼を運んでくれる。そんな爽やかな夏の午後、一人体を引きずって歩く俺。
「……荷物、持ちに、セイバーを、連れて、くるんだった……」
 だらだらと流れ落ちる汗が気持ち悪い。さっきから限界近くまで酷使されている両腕がぎしぎしと悲鳴を上げている。惰性で動かしていた両脚も言うことを聞かなくなってきた。
「失敗、した……俺、今、女の、子、なんだよな、一応」
 ついついいつもと同じ感覚で買い込んでしまった食料品の重量は、移動するにしたがって体を軋ませる。自身の筋力と持久力の低下を全く考えていなかった。それでも家までの道程の半分までは消化したわけだが、その時点で体力の限界が差し迫っている。
「というか休もう、これ以上は無理だ」
 幸い、少し先には自動販売機がある。ちょうど建物の影だしそこで休むとしよう。
 自動販売機までの僅かな距離を気力で乗り切り、日陰にたどり着いた俺は両手を塞いでいた荷物を地面に下ろした。そのままずるずると座り込む。
「ハァーーーーー」
 大きく熱のこもった息を吐きだす。
 仰ぎ見た空の高さに眼を細める。
 昼下がりの街を渡る風が初夏の日差しにささやかな涼を運んでくれる。そんな爽やかな夏の午後、汗で火照った体にその風は最高の贅沢だ。
「本当、セイバーを連れてくるべきだった」
 こと食べ物が絡んだ場合のセイバーは実に頼りになる。というか、遠坂ではないがセイバーを動かすには食べ物で釣るのが一番手っ取り早い。
「ま、こんなこと本人には言えないんだけどさ」
 ふと思いついて財布から小銭を出すと、立ち上がって自動販売機に投入した。水分補給のためにスポーツドリンクを購入する。そしてまた荷物の脇に座り込むと缶の口を開けて、中身を喉に流し込んだ。一息で半分ほど飲み干して一息つく。
「……空が高いなー」
 空の青さが眼に染みる。そこで額に張り付いて目に掛かっていた前髪が気になった。両手で掻き上げて後ろに流し、オールバックな感じに撫で付ける。ハラリ、とまとまらなかった一束の前髪が額に落ちてきた。
 髪……。目に掛かるほどに長く伸ばした髪。汗を含み、じっとりと重く、熱を籠もらせている髪。そういえば遠坂が言っていたような気がする。女性の魔術師は髪の毛に魔力を溜めておくことがある、って。あれは何時聞いたんだったっけ? 良く覚えていないけれど最近聞いたような。だから志保も髪を伸ばしているのだろうか。へっぽこな魔術使いである"衛宮士郎"には髪に魔力を溜めるなんて芸当は出来そうにもないんだけれど。
「しっかし、暑いし重いし鬱陶しいし……女の子って大変なんだな」
 髪の重さなんてその立場になってみて初めて知ったよ。この長さでこれだけ大変なんだったら、遠坂や桜なんかはどれほど大変なんだか……。
 髪を撫で付けていた手を空に伸ばした。何も掴めない、何にも届かない。小さな、衛宮士郎のものと比べて一回り以上小さな手のひら。細く、繊細な手。それでもよく見ると細かい疵なんかがあり、使い込まれた手。他の女の子の手と比べるならやっぱり無骨な手なんだろう。それがひどく馴染む。
「そっか、俺の手と似ているんだ」
 使い込まれた手。モノをいじったり料理をしたりすることによる歴史の蓄積が刻み込まれた手。性別こそは違うけれど、それでもやっぱり俺の体だと、俺のあり得るべき可能性の一つの体だと思える。それがとても嬉しかった。
「うん、大事に使わせて貰おう」
 伸ばした手の向こう、何処までも広がる蒼天の向こうで、やっぱりもう一人の俺も空の下、こんなことを考えているのだろうか。

 その後、再び暑い思いをして帰宅した。麦茶を沸かしておいた自分の先見の明を自賛しつつ、まだ冷めていない生温い麦茶を飲み干した俺に遠坂が一言。
「……電話してセイバーを呼べば良かったんじゃない? 暇そうだったわよ」
「……」





 夕食は桜と遠坂の手によるものだった。初めてこの二人が家で顔を合わせたときはどうなることかと思ったけれど、今はとても仲がいい。まるで実の姉妹のように思えるときすらある。なんにせよ仲良きことは良きことかな、と一成みたいなことを考えてしまった。
 何時もと変わらない日常、何時もと同じ変わりばえのしない時間が流れていく。そして「じゃあサクラを送ってきますね」とセイバーと桜が出て行き、藤ねえも自分の家に帰っていった。で、居間でお茶を飲んでいる俺と遠坂。
「どうしたの志保? 変な顔して」
 いつから観察していたのか、対面に座っていた遠坂が俺の顔を眺めながら尋ねてきた。
「……変な顔、してたか?」
 自分では全く意識していなかった。むー、とばかりにぺたぺたと自分の顔を触ってしまう。
「クッ、くくく」
「? 遠坂?」 
「あははは、うん。いいわ、志保。貴方のそんな可愛らしい仕草が見られるなんて、プッ、くくく、あは、あははははは」
 何が遠坂にウケているのかは分からないが……分からないが非常に、なんというか、面白くない。
「ククッ、ご、ごめんごめん。……中身が違うってのは判ってるんだけれど、ね。――士郎、貴方はまっすぐなのね。……それはいいことよ」
「……?」
「ごめんね、気にしないで。こっちの話だから。……話を戻すけれど、別に顔に何か付いている訳じゃないわよ。ただ、嬉しそうっていうか、幸せそうっていうか……なにか満ち足りた表情でほにゃっとしてたから、ね」
 どこか優しげに、俺を通して別のモノを見ているかのような表情の遠坂。
「ん、ああ、そうかもしれない。やっぱりさ、桜は桜で、藤ねえは藤ねえで、セイバーはセイバーで、遠坂は遠坂で……そんな変わりのないことが……多分俺は嬉しかったんだ。"志保"も、もう一人の俺の世界でもみんな変わらない日常を過ごしているっていうのが、幸せなことなんだろうな、って」
「……そっか、そうよね」
「うん、変わらない日常があるっていうのは……いいな。お陰で普通に……っていうのは分からないけれど、元に戻るまでくらいならなんとか生活していけそうだよ」
「あら、十分適応しているじゃない」
 苦笑する遠坂。
「いや、でもさ。それはこの家の中だけの話だろ。それに正直、俺は"志保"の普通を知らないからな。何がこっちでの普通なのかが分からない」
「いいの」
「……?」
「いいの、貴方は貴方の普通で過ごして、士郎。志保の真似なんかしなくていい。……お願いだから、貴方で居て。多分、その方がいい」
「……遠坂?」 
 俺を通して遠坂が見ているモノ、それは多分……。
「……ごめん、変なこと言ったわね。部屋に戻るわ、……気にしないでね」
 立ち上がり、居間を出て行く遠坂。
「……衛宮、志保……か」
 一人残った俺の呟きだけが宙へと消えた。





 そして状況三日目が終了しようとしている。俺は壁に掛かっているモノを凝視しながら、とりとめのない思考を巡らせていた。
 結局のところ、あと一ヶ月ほどはこのままの状態を続ける必要があるわけだ。一ヶ月後の遠坂の実験が失敗に終わったなら……いや、よそう。良くない想像は良くない結果を引き寄せる。きっと遠坂は成功する。だから俺がするべきことは、元に戻った後、不都合が起こらない程度には平穏に日常を過ごすことだ。戻った後に"志保"に迷惑が掛からないように。
「とはいえ、なぁ……」
 この状況に慣れすぎるのも実際のところは危険だったりする。"衛宮志保"としての自分が強くなりすぎるとこの体に縛られてしまい、再入れ替えが出来なくなるかもしれない。結局のところ、"衛宮志保"として女の子の日常を過ごしつつ、"衛宮士郎"として男の意識を確として保ち続けなければいけない訳だ。しかも気を抜けば意識は体に流されてしまいかねない危険性もあるおまけつき、と。
「きついなぁ」
 俺は溜息をついて、壁に掛かっている"ソレ"を眺めやった。俺が女の子としての日常を送るために避けて通れそうにない"ソレ"。ぶっちゃけてしまうと、明日の朝に間違いなく"ソレ"は俺の前に立ちはだかる。俺は恨みを込めて"ソレ"を睨み付けた。
 ピシリ、とアイロンがけされて、
 きっちりとハンガーに掛けられた、
 我が穂群原学園の女子制服を。
「……止めよ」
 さすがに女子の制服を眺めながら百面相しているところを遠坂辺りに見つかるとヤバイ。危険が一杯すぎる。地雷源にニトログリセリンを持って目隠しして歩くようなものだ。
 とはいえ、もうちょっと粘れば夏休みが来るとはいえ、さすがに何日も学校を休むわけにも行かないだろう。何より虎が許さない。何時かは着なくてはいけないのならとっとと覚悟を決めてしまうべきだろう。
「日常を、送らなきゃな」
 うん、それが"志保"の日常だというのなら、俺はそれを行わなきゃいけないだろう。
「よし、明日は学校に行く」
 そう決めた。
「……だから明日の朝、着よう」
 そして問題をほんのすこしだけ先送りにしておいた。……覚悟仕切れませんでした。





 翌朝。
 昨日と同様の手法で身だしなみを整える。そして朝食の準備に入ったところで桜がやってきた。
「先輩、おはようございます。あ、今日はちゃんと制服なんですね」
「あ、うん。……その……桜? ……どこか変じゃないかな?」
 俺は自分の姿を見下ろしながら、桜に尋ねてみた。正直な話、違和感しか感じない服装なのでまったく自信がない。
「……? えっと、いつも通り、だと思いますけれど……」
 きょとん、とした顔の桜。
「ああ、いや。いつも通りならいいんだ。悪かった、変なこと聞いて」
「あ、いえ、いいんですよ」
 そういってにっこりと桜は微笑んだ。そっか、いつも通りか。
「ああ、おはよう、桜。挨拶が遅れて悪かった。悪いけど遠坂とセイバーを起こしてきてくれないか」
「そっか、お二人ともしばらくこっちに泊まるんですね。……いいなぁ」
 最後の方は聞こえないくらいの呟き。それはどことなくうらやましそうで。ああ、そっか。間桐家には女の子は桜だけだっけ。女の子同士のお泊まり会のノリは……あの家ではキツイか。
「うん、桜も何時だって泊まってくれていいんだぞ、お、じゃない、私にとって桜は家族みたいなものだし」
 一人称は私、一人称は私、一人称は私、そう、一人称は私、よし、OK。
「本当ですか!?」
「ああ、桜が何時も使う部屋はちゃんと桜専用に空けてある」
「あ、ありがとうございます。……あ、そうだ、お二人を起こしてきますね」
 俺の言葉に上擦った声で返事をしながら、途中で顔を背けてきびすを返した桜は、ばたばたと慌てた風に走り去っていった。そんなに慌てなくてもいいのに。でも嬉しそうだったな……。
 窓から見上げた空は晴天。今日も暑い一日になりそうだ。
 さあ、平穏な一日を築き上げに行こう。
 ……足がスースーするのを我慢しながら、俺は料理を居間に運び始めた。こんなにも無防備な感じがするとは思わなかったよ、スカートって……。





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