What are little girls made of?
What are little girls made of?
Blade and magic circuit
And all that's nice,
That's what little girls are made of.





Fate after SS   交差点から空を見よう 〜俺と私の見た風景〜 2−2





 いつまでも寝間着のままで居るのも格好が付かないので着替えることにした。シンプルにジーンズとトレーナーを選択。ちなみに遠坂は調べ物のため部屋に戻り、セイバーはその手伝いをしているらしい。ここでもやはり、衛宮邸の一室は遠坂の私室と化しているようだ。
 しかし、改めて見回してみると、同じ部屋だというのに俺と違ってこちらの方は私物が多い。まあ俺と比較してと言う話であって、実際のところ普通の女の子と比べるなら遙かに物の少ない部屋ではあるんだろうけれど。小さな鏡台と衣装ダンス。そして、どう使うのかは分からないけれど化粧品と思われる小瓶や小箱、シンプルなアクセサリー類が整理されてあるカラーボックス。ただそれだけ追加されるだけでシンプルな俺の部屋がなぜか女の子の部屋になってしまっている。……まあ、実際女の子の部屋な訳なんだが。
 俺は視線を鏡台の姿見に移した。そこに写るのは赤い髪の小柄な少女。無表情に俺と見つめ合っている。セイバーと同じくらいかやや高いくらいの背は、同年代の少女と比べるならやや小柄な部類に入るのだろう。だとしたら彼女もまた、自身の身長にささやかな悩みを持っていたのだろうか。
 正直な話、この姿になってしまってショックを受けていない訳じゃない。十分に混乱しているし、いまだ現実を受け入れたくない気持ちだ。目が覚めたら夢だったのならどんなにいいだろうと思っている。ただ、状況に真っ白になっている間に遠坂に引っ張られて今を迎えてしまっているだけ。俺はまだ……困惑している。ただ、遠坂にみっともなく取り乱した姿を見せたくないだけだ。もっとも、状況に流されてしまって今更取り乱せないって言うのもあるんだが。
 それに遠坂には言っていないことがある。確かに俺は、いや、俺たちは確固として自我の核となるべきモノを持っている。それは士郎も志保も同じモノだ。俺たちは根幹を同じくしているが、性別の差違による環境の違いで裏と表に分かれてしまった同じモノ。だから俺たちは俺たち以外には変質しないだろう。
 けれど。
 それが俺たち自身に、ということならどうだろう。昨日目が覚めてから感じている違和感。ココロのなかでボタンを掛け違えているかのようなずれ。本当はこの状態こそが、俺が女の子であることこそが正しいと、ココロのどこかが認識してしまっているという異常。そう、俺の精神の何処かが現状を正常だと感じている。つまり、精神が肉体に影響を与えるように。肉体が精神を浸食し始めているわけだ。"衛宮士郎"の精神が"衛宮志保"の肉体に少しずつ塗り替えられていっている。性別以外は同じモノである俺たちにとってその塗り替え速度は早そうだ。自己分裂を起こさないというメリットが自己修復を誘発するという今の状況にとってのデメリットとなっている。
 問題は何処まで、どのくらいの速度で浸食するのか、だ。中途半端な浸食により、世間的に性同一性障害と認知されるようになる前になんとか解決して欲しいものだけれど……さて。
 俺は軽く息を吐くと鏡から視線をそらした。ああ、確かに遠坂は間違っていないんだよ。ここには俺を"衛宮士郎"として繋ぎ止めているモノがない。いったい、何時まで俺は"衛宮士郎"を繋ぎ止めていられるだろう。けれどまあ。
『心配、させたくないしな』
 慌てて元に戻そうとして無理をさせたくない。それに、
『また失敗して、次は俺以外の全員の性別が違っている世界になんて行きたくないぞ』
 それはきっと凄く怖い。うん、だから遠坂には確実に元に戻れる手段を取ってもらおう。きっと大丈夫だ。元に戻れば何とかなるさ。





 昼飯は遠坂が作るということだったので、俺は土蔵へと足を運んでいた。
「……凄ぇ……」
 何て言うか……別物のように見事に片付いていた。
「マジですか……」
 向こうではごちゃ混ぜにがらくたが積まれていた場所には棚やら古びた箪笥やらが置かれ、そこに小物などが分類整理されてある。大きい物は一カ所に纏められ、邪魔にならないように置かれていた。一段高い、中二階部分には文机と本箱、がらくたっぽい実験機器なんかも置かれている。俺がいつもがらくたいじりをしているスペースも広く空けられ、その隅には工具専用の棚が作られていた。
「そっか。そもそもがらくたの類がほとんど無いんだ」
 隅に積まれているのは暖房器具など、今の季節には使用しない物が大半。藤ねえが持ち込む正体不明の物品なんか一つも存在していない。
「けれど、どういうわけだろ?」
 がらくたの類がほとんど無いわりに、工具類が異常に充実している。やたら丈夫に据え付けられた小さな作業台にはクランプが取り付けられ、電動式のグラインダーまで備え付けられている。
「うわ、これって溶接機じゃん。何だってこんな物まで……」
 俺のようにがらくたを修理している様子もないのにこの工具類の充実ぶり。
「……どういうことだろ?」
 見た限り、工具類はきっちりと手入れされてあり、日常的に使っている様子がある。
「ピンバイス……ヤスリ、これは金属用、か。んー。こっちはグリス?」
 ざっと見たところ、金属を細工するためのモノが多い。しかも細かい作業向けの。
「で、これは……金庫? 冷蔵庫か?」
 作業台の横に置かれている頑強な扉がついた金属製の箱。そのノブ部分は中身を完全に密閉するための大仰しいものだった。脇にはダイヤルやらスィッチやらが付いている。
「中身は……からっぽか」
 がっしゃんと音を立てて金庫のようなものの扉を開けてみた。中にはなにも入っていない。それこそ間仕切りすらないがらんどう。そこで気が付いた。これは金庫でも冷蔵庫でも無くて。
「……窯、いや、この場合は炉、か」
 電気式のこういったものがあるのは知っていた。家庭での陶芸や金工なんかで使うという話なんだけれど。
「でも作品っていうか、作った結果のモノが無いんだよな」
 工具と同じ棚に置かれた段ボール箱の中に入っていたのは様々な大きさの短冊状、あるいは定規のような形の鉄板。こんなものを作るための設備じゃないだろう。ということはこの鉄板を使うのか、あるいはこの鉄板が余るようなものを作ったのか。
「どっちにしても分からないな。結局何だろ、これ?」
 土蔵の中の違い。これが今までの中で最大の差違だった。ここまで来てしまうと全くの別物だ。つまり、この土蔵の中の違いこそが"士郎"と"志保"との差の象徴なんだろう。この直感は……多分間違っていない。間違っていないんだろうけど……。
「うーん、分からない」
 分からないものはしようがない。後で遠坂にでも聞いてみよう。俺は土蔵の外へ出た。
 空は晴天。初夏の日差しがくらりと眼を眩ませる。まるで土蔵の中が白昼夢でそこから醒めてしまったよう。
「……麦茶でも沸かすか」
 のどの渇きを覚えた俺は夏の定番を作るため台所に向かうことにした。





 普段は使わない一番大きい薬缶を引っ張り出してきて、埃を落とすためにざっと洗う。水をたっぷり入れて火にかける。
「たしか去年の残りの麦茶のパックが……」
 お、発見。乾物と一緒に密封してあった。三パック掴みだして薬缶に投入。後は沸騰したら薬缶ごと冷やせばOK。
 ついでに喉を潤すために冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注いだ。腰に手をあてて、一気に飲み干す。
「……」
「……」
「……なんだ、遠坂。見てたんなら声かければいいのに」
 何時から見ていたのか、居間の入り口のところに遠坂が突っ立っていた。……何故か微妙に殺気を感じる不機嫌そうな笑み。その視線はじっと牛乳に注がれている。
「……あー、なんだ。…………飲むか?」
「飲むわ」
 間髪入れずに即答。がしっと掴んだのはコップではなくまだ半分以上入っている牛乳パック。乱暴な手つきで注ぎ口を開くと、鬼気迫る勢いで……
「ンクッ…………ンクッ…………ンクッ…………ンクッ……………………プハァ!」
 一気ですか? 一息ですか? というか人の家の牛乳を我が物顔で飲み干しますか?
「いや、遠坂。牛乳ってそうやって飲むものじゃな……なんでもない」
 ああ、きっと遠坂家ではパックごと一気に飲むのが流儀なんだろう。決して遠坂の眼力に屈した訳じゃない。そう、多分これは決して触れてはいけない領域なんだ。
「まったく、これ以上差をつけられてたまるものですか。……で、志保は何してたの?」
「あ、ああ。そろそろ麦茶を準備しておこうかと。遠、じゃない、凛は?」
 とりあえず遠坂の台詞の前半を聞こえなかったことにして後半部分の問いに答える。
「ん、そろそろお昼の準備をしようかと思って。外に買いに出るのも面倒だし、冷蔵庫の中の余り物で炒飯でも作ろうかと」 
 遠坂は答えながらも冷蔵庫を開け、中から使えそうな食材を取り出していく。
「ああ、だったらご飯は炊かないと無いぞ」
 朝食分は綺麗にたいらげられている。もちろん、獅子と虎の仕業である。
「ん、だったらお願いー。あ、じゃこ発見。よし、和風炒飯にしよ」
「おかずはどうする?」
「んー、お味噌汁に漬け物? そっち頼んでもいい?」
「分かった、任せろ」
 俺は遠坂が選ばなかった食材を頭に浮かべつつ、まずはお米を洗うことにした。

「そういえばセイバーは?」
 洗米した米をジャーにセットし終え、大根のサラダ用に大根を細切りにしながら、炒飯用の具材をひたすら大量に刻んでいる遠坂に尋ねた。
「んー、家に資料を取ってきてもらっているわ。食事間際だとよく言うことを聞いてくれるから助かっちゃう」
 ……人、それを餌付け、と言う。
「で、どうなんだ?」
 大根終了、水に晒しておく。彩りを考えて、人参と胡瓜も加えるか。
「うん? レタスが無いのよね。最後に加えてシャキッとした食感を付け加えたかったんだけど」
「ああ、悪い。切らしてたか……後で買い物に行ったとき買ってきておくよ…………じゃなくて!」
「あはは。冗談だって。あんまりにも真剣に下ごしらえにのめり込んでるモノだから。うん、分かってる。およそ一ヶ月後、八月半ばにもう一回同様の実験をするわ。今回の目的は貴方を戻すことだからね。無茶はしない。月の位置、時間、地脈の調整、全て整えた状態で貴方と本来の貴方の世界を繋ぐ……後は世界の修正力が勝手に修正してくれるでしょ。向こうのわたしがわたしと同じ思考なら同じ日に同じ実験をすると思う。それなら成功率はさらに上がるはず。……士郎、貴方には悪いけれど、わたしは……わたしたちはわたしたちの志保を取り戻す。そのかわり、向こうのわたしに貴方を返してあげる。……正直、向こうの貴方を見てみたい気はするんだけれどね」
 包丁を動かす手を止めて、真面目な顔で俺を見つめる遠坂。
「ゴメンね、士郎。多分貴方のことだからわたしが謝ることなんか無いって言うんだろうけれど、それでも一度だけ謝らせて。"わたし"のミスで迷惑かけたわね」
「……ああ、そうだな。こっちの凛が謝ることなんかじゃない。大丈夫、俺は向こうの遠坂に謝って貰うから、だからいいんだ」
 俺の台詞に苦笑いを浮かべる遠坂。軽く首を左右に振って、
「いいえ、士郎。わたしは志保には素直に謝れないだろうし、貴方の遠坂凛も多分貴方に素直に謝らないと思うわ。だから今謝っておくの。やがて居なくなるもう一人のわたしの親友に……ね」






「……ところで志保? 貴方エプロンつけないの?」
「オマエが俺のを使ってるからだろ、大体どっから持ってきたんだよ、このフリル満載の奴は!」
 わざわざ予備のエプロンとか桜が使っている奴を隠してまでこんな悪戯をするのか。……というか何時の間に。
「……チ、可愛いのに」





2−1へ  2−3へ

前へ戻る