トンデモナイ夢を見た。
もう、ともかく支離滅裂で、
トンデモナク楽しい夢だったのか、トンデモナク恐ろしい夢だったのか、
それでさえも確かじゃないぐらい、ごちゃごちゃした夢を見た。

……夢じゃなかった。





Fate after SS   交差点から空を見よう 〜俺と私の見た風景〜 2−1





 いつもよりかなり早く目が覚めた。
 トイレで一瞬だけ戸惑った後、歯磨き、洗顔。そして鏡に向かい合い、昨夜の遠坂を真似て髪にブラシを入れていく。
 そういえば昨日は色々ありすぎたため、、こうして女の子である自分の顔をまじまじと観察するのは初めてだ。
「……自分で自分を可愛いって思うのって……妙な気分だ」
 セイバーよりやや高いくらいの背にセイバーと同じくらいの長さの髪。顔立ちが童顔なのは"衛宮士郎"と一緒だが、性別が違うとむしろ長所に感じられる。
「……止めよ」
 なんだかおかしな感情が湧き上がりそうになったので撤退。手早く髪を梳かし上げて朝食の準備に向かうとしよう。君子は危うきに近寄らないのだ。
 昨夜の宣言通り、今朝は少々気合いを入れてみた。セイバーと藤ねえを計算に入れてはいるが、今の俺は男の時ほどは食えない。ということで、量はいつもよりほんのちょっと控えめ。その分手を加えた。
「先輩、おはようございます。わ、今朝は気合い入ってますね」 
「おはよう、桜。今朝はセイバーと凛が居るからな。ちょっと頑張ってみた」
「ああ、だから玄関に靴が多かったんですね」
 調理があらかた済んだところで、桜がやってきた。こちらの桜とは初対面だが、さて、これで良いんだろうか。
「でも駄目ですよ。一昨日は遠坂先輩の家でお酒飲んで倒れたんでしょう?」
「……あ、ああ。心配かけて悪かった」
 ……そういうことになってたのか。もうちょっと理由は考えてくれ、遠坂。
「私は良いですけど、後で藤村先生に怒られてくださいね」
「う……怒ってたか?」
「さあ、どうでしょう……何か手伝うことはありますか?」
「ん、こっちはもう終わる。とりあえず、遠坂とセイバーを呼んできてくれ。……どうせ遠坂は寝てると思うが」
「はい、分かりました。でも先輩、今日はなんだか、いつもより……その、男前というか、ワイルドですね」
 ――桜、その台詞は良くない。その熱のこもった視線も良くない。なんだか、俺の第六感が警報をならしているくらいに良くない。ちょっと頬を染める桜はとても可愛らしくて、だからこそ背筋になにやら悪寒が走る。
「あ、ご、ごめんなさい。変なこと言っちゃいました。二人を呼んできますね。でもさっきから気になってるんですけど……」
「んー?」
「先輩、何で寝間着のままなんですか?」
 ――それはね、女子の制服を着る踏ん切りがつかなかったからだよ、桜。





 とりあえず、盛りつけがすんだものから食卓へ回していく。そうしていると、まず身支度を整えたセイバーが、その後、凶悪な顔立ちの遠坂がやってきた。そして、
「おはよー、志保ー。お姉ちゃんのご飯の準備は出来てるかなー」
 と乱入してくる虎。自分の席に座りつつ、セイバーにも挨拶している。うん、いつもと変わらない食卓だ。……なんかいつもと変わらないって言葉が使える異常さがおかしい気もするけど。まあ、藤ねえが大人しい世界なんて想像も出来ないか。やっぱり"衛宮志保"も虎には頭を抱えさせられてるんだろうなぁ。
「でもさー、どうして志保はパジャマなままなのかな? まだお酒が残ってて頭がいたいのかなー。だめだよ、二日酔いで学校休むなんて、お姉ちゃん認めませんからね」
「まったく、洋酒の一杯程度で倒れるとは思いませんでした。おはようございます、藤村先生」
「あ、遠坂さんおはよー。昨夜はこっちに泊まったんだ。一昨日は志保のお世話ご苦労様ー。でも駄目だよー、未成年が倒れるまで飲んじゃ」
 見事に猫をかぶってきた遠坂とピントのはずれた台詞を言う藤ねえ。倒れなかったら未成年が飲んでもいいのかよ。……この人の頭の中ではOKなんだろうな。高校時代から飲んでやがったし。
「ええ、志保があれほど弱いとは思ってませんでした。」
「まったくねー、どうしてあんなに弱いのかしら」
「まぁ、その話はもういいだろ。ほら、藤ねえ、ご飯」
「わーい、いただきまーす」
 猛烈な勢いで食べ始める藤ねえ。負けずにセイバーもスタートを切った。ハイペースな二人をよそに、こっちはマイペースで朝食を取る。
「でもさ、志保。貴方なんでパジャマなの?」
「……あ、ああ、ちょっと朝食に気合い入ってさ。後回しにしてた」
分かってて聞いてくる遠坂に当たり障りのない返事を返す俺。
「うん、志保のご飯は美味しいけど、今朝は特にねー」
「はい、今朝は手が込んでますね。ちょっとびっくりです」
「……(コクコク)」
 よし、勝った。……でも、勝って良かったのか? 勢いに任せて気合い入れて作ってしまったけど、今更ながら違和感が沸いてくる。本来なら"志保"が居るべき食卓、"志保"が作るべき朝食、"志保"が受けるべき賞賛のはず。それを"士郎"が奪っている現実。
 ああ、そうか。――最低だな、俺。これは罪悪感だ。気が付いてしまった。ここがどれほど似ていても"士郎"の日常では無いことに。
「ごめん、藤ねえ。やっぱ俺、調子悪いみたいだ。今日は学校、休むよ」
「志保ー、女の子が俺って言っちゃ駄目って昔言ったでしょ。それにお姉ちゃん認めないって……志保、顔色悪いわね? 大丈夫なの?」
「ん、大丈夫。ちょっと休めば直ると思う。とりあえず少し寝るわ。食器は流しに漬けておいてくれ」
「片付けくらいは私がやっておくわ。貴方はさっさと休みなさい」
「……ああ、頼む。凛」





 部屋で寝転がっていると、遠坂とセイバーがやってきた。
「辛気臭い顔してるわねー」
「シホ、大丈夫なのですか?」
「……ああ、大丈夫。ちょっと考え込んでただけだから。……で、凛、学校は?」
「私も今日は休むわ。色々調べなきゃならないしね……ごめんね志保」
 唐突な、遠坂からの謝罪。
「? なんでさ?」
「私の失敗を貴方に押し付けて面白がってた。あんな顔させるくらいなら、遠坂の家に居させた方が良かったわ。……ほんと、ゴメン」
「……いや、良いんだ。遠坂は間違っていない。いつまでこの状態か分からないんだから、"衛宮志保"の日常に対するフォローも考えるなら俺は……私は早めにこの状況に慣れたほうがいい」
 体を起こして、布団の上に座り、二人のほうに向き直った。
「気を使わせて悪かった」
「い、いいわよ。元はといえば私の失敗なんだから、あやまらないで」
 ぶんぶんと手を振る遠坂。そんな俺の様子を観察していたセイバーが口を開いた。
「……シロウ、貴方は不安なのですね」
「――ああ、多分そうだと思う。ここはさ、まったく"士郎"の居た日常なんだ。でもここには"士郎"は居ない。居るのは"志保"なんだ。ただそれだけの違いなのに、それが重いよ。俺にとっては異常、俺にとっての異常。でもさ、俺以外にとってはこれは日常なんだ」
「ああ、なるほど。異常を異常と認識しているけれど、その異常こそが正常という矛盾か。確かに、気が付いてしまうと厄介ね。最悪、自己崩壊するほどの状況ね」
 俺の言葉の意味を瞬時に理解した遠坂と不思議そうな顔のセイバー。
「良く意味が分かりませんが……」
「つまりね、セイバー」 
 講師モード遠坂が発動した。今日は眼鏡じゃないらしい。……ちょっと残念だ。いや、そうじゃなくて。
「異常者っていうのは、異常を異常と認識していないから存在できるの。自己の異常に気がついてしまえばその時点でその在り方は崩壊して裏返る。世界が自分の敵である状況ではなく、自分が世界の敵である状況に。今の"士郎"の状況はそれをさらに進めた状態に近いわね。異常を異常として認識していながら、その異常こそが正常。裏返っても表に辿り着くメビウスの輪ね。迂闊だったわ……貴方があんまり普通だったから思いつきもしなかった。何で平気なのよ?」
「何でって……何でだろ?」
「こっちには"衛宮士郎"は居ない。居たのは貴方にとっての代役。つまりここには貴方を確固として"士郎"足らしめるものが無いわ。記録も、記憶も、体でさえも、すべてが"志保"のもの。でも貴方はちょっと不安定だけど"士郎"として存在している。……まったく、気がついちゃったからには急がなきゃ。貴方は大丈夫でも、"志保"が大丈夫とは限らない」
 ああ、なるほど。遠坂の説明で自分の不安の根元が分かった。ここでは"衛宮士郎"は自分の存在を自身の記憶以外では確定できないということ。当然、反対側に居ると思われる"志保"も。……でも。
「……ああ、それなら多分大丈夫だろ」
 うん、そういうことなら大丈夫だろう。自己を確固として規定できるモノなら持っている。
「何でそう言えるの! 貴方だっていつ自己分裂とか起こすか分からないのよ?」
「まぁ、あっちにも遠坂が居るし。それになにより、凛が言ったんだろ。"衛宮志保"は到達するって。なら大丈夫だ。"俺達"には"俺達"だけの確かな世界が在る。気が付かなかったから不安だっただけだ。タネに気がつけば不安は解消される。理由が分かってしまえば大丈夫だよ」
 "衛宮士郎"を"衛宮士郎"足らしめる剣の丘。確固たる心の形。"志保"の方は到達していないとはいえ、向こうの"俺"は遠坂とラインも繋がってるし、フォローもしやすいだろう。
「……そっか、固有結界。確かに確固たる内面世界を持っているなら………………あ、そうだ。ね、ね、志保?」
 ――む、これは、遠坂お願いモードverブラックの方か。無茶苦茶な事を言ってくるんだろうなぁ。にっこりと満開に咲いた大輪の花の笑みの遠坂。
「固有結界、見せて?」
 ――無茶苦茶言いました。
「無理」
「えー、アンタは使えるんでしょー。師匠に出し惜しみしてんじゃないわよ」
「シホ、私も見てみたい。"無限の剣製"というからには剣が関係しているのでしょう?」
「属性"剣"だしね。武器限定とはいえ、あれだけの完成度の投影を可能としたアンタの本来の世界なんでしょ?」
 見ーたーいー、と両側からおねだりしてくる遠坂とセイバー。と言われても。
「だから無理なんだって。前にも言ったけど、この体の魔術回路は繊細なんだ。固有結界はおろか宝具の投影でも焼ききれるぞ、多分」
 どういう訳か、この体の魔術回路は魔力の通りがいい代わりに、強度に不満がある。下手なモノを投影したら、その瞬間に壊れてしまうだろう。
「? "シロウ"は宝具の投影もできるのですか!?」
「そういえば、前にそんなこと言ってたけど、できるの?」
「できるもなにも……アーチャーの双剣、あれも宝具だぞ」
「……ああ、そっか。そういえばそうだったわね。……それにしても残念ねー。固有結界の観測が出来たなら少しは第二に近づくかと思ったのに」
「なんでさ?」
「……あのねえ。第二魔法は平行世界に関するものでしょ。固有結界なんてのは世界の形の一つの縮図じゃない」
「ああ、なるほど。……まあ、その辺は今後の志保に期待してくれ」
「そうね。みっちり修行させましょ」
 ……すまん、"志保"。エミヤは遠坂には勝てないんだ、うん。だから頑張ってしごかれてくれ。





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