北アルプスの登山

雲の平から涸沢
高天原温泉で一杯、何処でも一杯

  「友人と、雲の平で飲む」、「自由気ままに縦走」の予定で、2001年8月1日折立に着いた。
 雲の平のテン場で、満月を愛でながら、美人のお酌で飲む。
 薬師、黒部五郎、水晶等の幽玄な峯々と流れるたなびく霧雲を肴にし、語り酔い潰れようとする、全岳人憧れの壮大で、豪華絢爛、凶人的飲酒、食山魚、狂乱の奇想天涯 人生真っ逆様の夜を楽しみにしている。
 富山からバスに乗った時、何かしら視線を感じていた。朝飯として「鱒の寿司」を食べ、睡魔と戦いつつ揺られて着いたのが「降り立ち」ではない「折立」である。
 折立の休憩所横の水場でペットボトルに満水して23キロの荷物になった。
 今回の山行は、極力荷物を減らし、単独、天幕使用、12日間の縦走を計画した。富山駅前でバスの乗車前に計測したら調度20キロ。カメラ等は手にしていたからそれらが約1キロ、折立で水が2リッター計23キロである。
 30年前であれば、これ位の荷物では走るように歩けたのに、今では青色吐息である。
 折立から太郎の小屋までの道は良く整備されている。樹林帯を歩き、いつもの35分で5分休憩を繰り返す。私の場合は、このパターンでないと続かない。
 今日の天気は最高に良い。樹林帯を抜けると、有峰湖が見事な青色で美しく広がっている。こんなスゴイ有峰湖が見える時は時はイヤになってくる。この太郎小屋までの登りは、標高が低い地点で樹林帯を抜けるため、天候の良いときと、悪天候の時は特につらい。今日は、ガンガン照らされ体温調整が難しい。
 草原は高山植物が咲き乱れ、早く撮してとクネクネ、ナヨナヨと色香を振り向けてくる。弱いんだなーこんな色香は。カメラを取り出し、「こちらに向いて、微笑んで。」と、ささやいては撮しまくる。
 やっと太郎の小屋に着くと、若くて綺麗なお嬢さんが囁いている。「美味しい生ビールはいかが」誘惑の多いところだ。まだ、これから薬師沢の小屋まで行く私は、心を鬼にして誘惑と戦う。ついに勝った。「お嬢さんビールちょうだい。」
 太郎から薬師沢の小屋への道は急斜面を下ってからが長い。沢筋に着けられた道は、美しい草花で溢れ、また私を誘う。カメラを振り回していると、単独行の美しい女性が太郎小屋から下ってきた。その女性がつぶやく「私、富山から貴方を追ってバスに乗って来ましたの、美しいお花はお好き」とささやくと、木道を先に行く。
 正面に水晶岳が段々大きくなっていくる。沢沿いの道が尾根上になり下方に薬師沢の小屋の屋根が見えたとき、ポケットを探りビール代を握りしめた。前を歩く美しい女性も握りしめていた。
 小屋の周辺はキャンプ禁止なので宿泊となる。自炊となるわけだが、食料の運用上、今夕だけ食事を申し込み、宿泊の手続きをすませる。部屋へ上がるのに、小屋の中にフィックスロープが張ってあった。
   

 「ビールは、どうした。」て、そんなことを聞くな。わかっているくせに。
 彼女は自炊をする。私はビール片手にベンチで黒部の谷を眺める。「私、高天原の温泉に行きます。貴方は?」「雲の平で飲むだけです」「そんな−−−」と、涙ウルル−−。
 翌朝は、彼女のそばで自炊。彼女の涙を見ないうちに出来るだけ早く出発し、吊り橋を渡る。
 急な樹林帯の苔むした道を登っていく。風がなく、暑い登りは一番イヤな行為の一つである。
 道は傾斜がゆるくなり木道がでてくると、雲の平の一角に着いたことになる。視界が開けるとここは「雲上の天国」。周りは正面に槍、笠、黒部五郎、薬師、水晶等の名峰が私を取り巻いている。
 アラスカ庭園のベンチで小休止していると、2人の登山者が通りかかった。
 「ん、−−。」と、私は見た。

   

 「山さん。」相手も見返す。
 「どうしたんです。」と、私が訪ねると。
 「食料が切れた。黒部の源流で、岩魚を釣って食料にするつもりが−−。」
 奥さんが「全く釣れていないのよ。腹が減って助けて。」と、涙声。
 「また 雲の平のテン場は暑くて居れない−−。」
 弱いなー美人の涙。薬師沢で振り切りったが、ここでも涙。
 友人は、これから、太郎のテン場まで帰り、明日薬師岳を登るという。
 私の無垢で純粋で壮大な、あの夢はどうなるのだ。「雲の平のテン場で、月を愛でながら、語り酔い潰れようとする、全岳人憧れの壮大で、豪華絢爛、狂飲、食山魚狂乱の奇想天涯人生真っ逆様の夜を楽しみにしていた。」他人の酒と、他人の釣った魚を食べ、酔うことを楽しみにし、生きている俺の人生が、音を立てて崩れていく。

   

 これだけを、楽しみに人生50数年生きてきた。
 ここまで来てしまっては、富山駅前に帰り「枡天」のカウンターに座ることが出来ないので、他人の酒を求めて前進することにした。
 でも、心優しくて天女のような奥さんが、そっと高級ウイスキーらしきものを差し出してくれた。「これでも飲んで許してネ。」
 「許す、絶対に許しちゃうモンネ。」俺は、何でも貰うモンネ。ゴミでも、腐った食べ物でも、何でも下さい。
 美人で天女のような、優しい奥さんとお別れして一人トボトボと木道を歩きいた。
 私は露天風呂に浸かり、源泉で薄めたウイスキーを飲んでいた。すると隣の美人が「こちらは如何ですか、お飲みになって。」と、熱燗をお酌してくれる。随分飲んだのか酔ってしまい、足を滑らせお湯の中でもがくと、目が覚めた。
 従業員らしき人が肩を揺すっている。気が付いて見ると、雲の平山荘のベンチで微睡んでいたようだ。
 ご夫妻と別れた私は雲の平を、彷徨い、まるで「死の彷徨」ではなく「酒の彷徨人」と、化してしまった。雲の平山荘までようやく辿り着いていたようだ。

   

 小屋の従業員が黙ってメモを渡す。「8月2日 雲の平らに三泊し、本日貴君と会う約束でした。食料が底につき、後の日程の都合上 本日太郎平へ下ります。」と、ある。俺は軟弱者は嫌いだ。食料が無ければ隣のテントを襲撃し、縛り上げ食料を強奪すればいい。ついでに酒も奪って飲めばよい。遭難したから緊急避難だ。生きるため、遭難した船から弱い人間を放り出す行為と同じだ。
 山荘から、彼女の待つ高天原温泉に行こうと決心し、重たいザックを軽々と担ぐ。お祖父さんとお祖母さんが笑って「頑張れ」と手を振っている。
 山荘の先から小高い丘を越え、お花畑の急斜面の道を下る。樹林帯に入りガンガン下ると薬師沢峠の分岐点に着いた。
 右に道を取り、樹林帯を進むと水平道のようになり、明るい河原に出る。火照った体を冷たい水で冷やす。 10m程の沢を渡り湿原の中の道を進むと、高天原山荘に着いた。
 山荘に宿泊手続きを済ますと、サブザックにタオルとウイスキーそして缶ビールを詰め込むと飛び出していった。 小屋の前の道を15分くらい下ると「新湯」の看板がある。そうだ「夢では、新湯には美人の女性が居た。」ことを思いだし、いそいそと歩き、走り出した。
 新湯には、誰もいなかった。仕方なく裸になり湯船に浸かり、缶ビールを飲む。飲んでいると湯船一杯に銀色の湯アカがキラキラ光っている。これは「銀」が隠されている、「黄金」の、いや「黄銀」の湯船だ。誰も来ないうちに自分の物にするため集めることにした。
 集め終わると美人が入って来るのを待っていた。30分位浸かっていたが、人の気配がしない。すると誰かが湯船に入ってきた。ポツン ポツンと、雨が入ってきた。いや、降ってきた。
 小屋まで走って帰る途中で雨がやんだ。気が付くと「黄銀」を忘れていた。
 小屋のテラスで、ウイスキーをチビリ チビリ、やっていると、あの美しい女性が温泉から帰ってきた。しまった、彼女は奥の方の温泉に行っていたのか。
 「アラ、こちらに来られたのですか。」「貴方を追って、北アルプスの最奥まで来てしまいました。」「ウフフ−−。」
 友人に逃げられたのは、この際、黙っておこう。
 「明日は、どちらに」「三俣から槍に−−−。貴方は」「僕も、三俣から槍、そして常念岳、燕または北穂から奥穂に−−」「出来たら北穂に連れてって−−。」青春ドラマのようになってきたゾ。
 山荘から水晶の岩稜が見える。自炊の準備をしつつ小屋の前でグビグビ飲む。今夜は「乾燥米(アルファ米)お吸い物まぶし」と「インスタントみそ汁」である。「乾燥米お吸い物まぶし」は、私の自信作で「乾燥米」に「インスタントのお吸い物」を入れてお湯を入れると、塩味の利いたご飯が出来る。
 「ウフフ−−。」の声で振り返ると、あの美人が微笑んでいる。「明日は何時に−−」「日の出が5時ですから4時起床4時半行動開始で−−」「ウフフ」と来た。
 満月が水晶の上に出た。またイケルぞ。グビグビ飲み酔っていく。       
 随分と出来上がってきたので、寝床の帰る。見ると、誰かが隣に寝ている。1時間前には私の周辺は誰もいなかった。
 「こちらに替えました。ウフフ−−」もう寝られない。大部屋で空いているのに、こんなスゴイ美人が。俺も「ウフフ」。今夜の月は真昼のように照らし、また「ウフフ」。月は小屋の中まで照らし寝苦しいのか、美人は寝返りしてはこちらを見る。可愛い寝顔に「ウフフ」
 翌朝 寝不足の俺は起床すると、欠伸をしつつ簡単な食事を済ます。岩苔乗越に突き上げる沢沿いの道を突き進む。樹林帯の道は、笹が露に濡れ下半身がグッショリ濡れてきた。
 後ろに、美人の姿が見え隠れする。

 水晶池の分岐で荷物を降ろし、池の見学に行く。「水晶岳が姿を落とす、水晶池。」を、期待したが水一滴もない平原の様な池が、そこにあった。残念、引き返し、乗越への道を登り直す。
 視界が開けてくると、傾斜が増してくると、お花畑の中を進むことになった。水が流れる綺麗な沢は、この世の「三途の川」の様である。先行している美人が、おいでおいでと呼んでいる。
 美しい彼女と相前後して乗越に着いてみると、薬師も槍も鷲羽も笠も−−−−。沢山の峯々が指呼の間に乱立し乱舞している。美しい青空、樹林の深緑、こんな世界が本当にあるのか。夢なら覚めないでくれ。
 乗越でしばし佇み、美人と「槍の小屋で会えれば、きっと北穂まで−キットよ−−」と、約束してお別れすると、美人は道標の陰で泣いている。
 水晶の小屋まで空中散歩を楽しみつつ空身で登っていく。水晶の小屋でジュースを購入し、いよいよ岩稜の道となり、気を引き締め、財布の紐も締めて進んでいく。水晶岳は黒岳が正式な名前だが、水晶が採れるため水晶岳となったようである。
 頂上からは360度見えると書いてある案内書を見たが、180度しか見えない。おかしい、何度も目を凝らしても、180度である。本当に360度見える人は居るのか。立山・剣を見ると、薬師とか後立山が見える。一回転して槍を見ると燕、常念、穂高、笠、黒部五郎が見えたが、薬師や立山・剣は見えない。
 先程の乗越に帰りザックを回収すると、鷲羽目指して進んでいく。鷲羽の頂から眼の下に噴火口が大きく口を開けて待っている。餌をくれ。
 噴火口の池は青く澄み、おいでと誘っているが、往復20分はかかりそうだ。 三俣山荘の小屋が見える大下りは、疲れた身体に応える。小屋の前の人たちは、楽しそうに遊んでいる。俺はこんなに苦しんでいるのに。何が楽しいのか「ふざけるな。」
 山荘に着くとテン場の申し込みと、ビールを購入。テントは次の日の行動に楽なように出来るだけ三俣蓮華岳に近くに張ることにする。そして、縦走路から離れない処に。
 翌朝は、風があり霧が出ていて悪い天候の兆しがする。
 三俣蓮華岳の山頂の道標を一周して、富山・岐阜・長野県を踏破する大事業を完成する。
 双六岳の山頂では周囲の景観は全く得られないでいると、5m程離れた頂上の道標も隠れてしまった。眼を凝らしたが、全く見えない。
 2分程遅れて50名程の集団が登ってきたら、全員で道標を取り囲み、休憩を始めた。リーダーの声で同じ職場の登山隊のようであった。
 休憩は悪いことではないが、頂上での写真撮影が終わったら、頂上の印くらいは他の登山者のために、万人のために解放して貰いたい。
 水晶の頂上では、二人の男女に引き連れられた30人位の登山者は、2隊に別れ、時間を離し他の登山者に随分と気を遣い、離合も適切に安全にしていた。
 頂上での記念撮影は、終わった人は逐次頂上から離れ、安全な地点で休憩に移行している。写真撮影も短時間にすませ、さすが立派な統率のもに行動していて気持ちが良かった。
  双六岳は、残念なことに写真も撮れないままに、下らなければならなかった。
 そして、もう一つイヤなことが発生した。登山道で雷鳥が砂浴びを始めた。登山道は、柔らかくなった土や、細かくなった砂があり、砂浴びに適している。 女性の登山者に、「雷鳥が砂浴びをしている。」と、注意喚起したが、「雷鳥を見ると天候が悪くなるから嫌いよ。」と言うや、ズカズカと踏み込んでいった。
 酷い行為である。雷鳥が天候を左右していない。たまたま天候の悪いときは、天敵から逃れることが出来るため、出てくるだけである。登山者が天候の悪い時に登っているのである。雷鳥は常にそこに生息している先住者である。入ってくる登山者の方が、お邪魔していることを認識して貰いたい。
 双六の小屋で名物「ラーメン」を食べ終わると、小屋の前から見える急斜面の道を登っていく。ゆっくりとそしてユックリと登っていく。ビィスタリーの精神で登っていく。
 高度が上がり、急傾斜となると呼吸が苦しくなる。、苦しいと吸いたくなるが、吸うことより、吐くことに重きをおくと吸うのが自然になってくる。吐くこと。吐くこと。
 尾根が岩稜になる頃、ついに雷鳴が私を包みだした。光って音がするまでの間隔が近くになってきた。雨もやってきた。雨具を取り出し、ザックにもカバーを付けたとき、強くなった。
 雷鳴の様子を伺いながら、ユックリと岩稜を登っていく。岩稜の陰で立ち止まって、様子を見る。光と音が遠のくと、岩稜に取り付く。
 岩稜からガレた斜面の登りになると、体力のなさを痛切に感じる。休憩の間隔が短くなってくる。でも、あと数百m程で槍の肩に着くはずである。岩の表示でも判断できるが、きつい。登りである。
 肩の小屋の着いてテン場の状況を訪ねると、午前中に一杯になっているという。これから、南岳の方に行くわけも出来ず、素泊まりで宿を取る。
 小屋の中は大混雑である。自炊棟に案内され自分の寝床を確保すると、売店に引き返し、高所用液体である、高所用強力エネルギー「麦の汁」を求める。「これが無くて何の登山かな。」、イヤ「人生かな。」
 小屋の中に美人の姿を求める。「槍の小屋で会えれば、きっと北穂まで−−−」の、約束を果たすためである。小説「氷壁」の魚津の心境である。
 しかし、混雑した山小屋での捜索は、吹雪の遭難者の捜索以上に困難さが増している。至る所二段ベット。
 人間の様で人間でない山男、山女は怪奇以外形容できない。
 まして地形は複雑窮まりない。ハングあり、臭いあり、湿気あり。もうイヤだ。私の上品さが壊される。
 自炊の準備をしつつ、上等なウイスキーをいただく。3000mの稜線上で飲む酒は、下界で飲む酒と随分と差がある。
 下界では酔えない程度でも、ここでは酔いが早い。回るが早い。呂律が回らない。目の前の人が双子になり、三つ子になる。美しい女性が多くなる。先程までは、蹴飛ばすに値する人だけだったのに。
 こうして、人生が狂っていく私。
 翌朝、槍の穂に登って、次なる目標は、中岳、南岳である。
 3000mの空中散歩と楽しむか。1食1日荷物は段々軽くなってくる。
 南岳の小屋で小休止をとる。キレット越しに見る北穂の北壁、滝谷、奥穂、前穂は、絵心を擽られる。一寸楽しんでみるか。
 小屋で休みすぎた。
 いよいよ、大きく下って北穂に行こう。最低鞍部手前で北穂から下ってくる登山者を待つ。こいつは石は落としながら下ってくる。随分と危ないやつである。年は20〜25歳であろうか。飛び跳ねたりしている。
 「君、登山者の最低のマナーは落石防止と注意喚起だよ。危険な行為は死に直結するし、飛び降りたりして、怪我をした時点で遭難者となるよ。君の体重を支えて歩ける人は居ないよ。へリでも飛ばすと何百万もの−−−。」
 北穂のテラスに着いて、南稜のテン場の状況を訪ねると、今日は一番乗りと聞く。 ここでも、定番の「麦の汁」購入となる。
 三十数年前の滝谷の登攀を思い出し、懐かしく感慨にふけっていると、年をとったと感じる。でも、北穂から見る槍の景色は昔のままである。
 テン場に移動し、昨日ぬれた物を乾かし、午後のコーヒーと、ウイスキーとなる。絶景の雲上の3000mの一人の昼間の宴のと、のの字が続く。
 最高のテン場となる。南稜は植村と過ごしたり先輩に連れられ登った滝谷思い出が、走馬燈のように巡る。景色も巡る。私のテントも巡る。ウイスキーはドンドン減っていく。
 翌朝は、常念岳の頂上から太陽が昇った。三十年前と同じ登り方である。涸沢岳の上には、500円硬貨の様な満月が輝いている。常念岳と涸沢岳。こんな所を早々に退散する必要はない。食料の続く限り過ごすことが、現在の日本人には必要である。と決め込む。
 南稜をあとにして涸沢に下り、岩小屋の上でトカゲを決め込む。大島亮吉の「涸沢の岩小屋のある夜のこと」の一説が思い出される。
 横尾の岩小屋に降りてみると、昔の面影は探さなければ見つからないほどに変わってしまった。青春を過ごした岩小屋の思い出は、心の中にしか生きていけないのか。
 後で聞いた話だが、小藤もそんな思いで眺めたらしい。
 いつか、横尾の岩小屋が使えるようになったら、教えてほしい。