鳥 取 県 の 歴 史

    平の将門
   平家と源氏の戦いも伯耆と因幡の国にも影響を与え、地方を二分して戦いがあった。
 文治元年(1185)壇ノ浦等の西海で滅亡した平家の武将達は、源氏の激しい追求を逃れ、鳥取県の各地に逃れ来て、平家部落として隠れ住んだ。
  美徳山近くの中津集落には、安徳天皇陵や二位の尼(平の清盛の妻)の墓がある。
 その中津には、平の将門の「将門」という姓があり、将門先生が東郷中学に赴任してきた。
  将門先生は「おなご先生」で、綺麗な体育の先生であった。
 私は、数回目の初恋をしてしまった。
 お元気でしょうか。
 私の姉の嫁ぎ先が、将門先生と親戚で、5年ほど前に鳥取県内で元気に暮らしているから、尋ねて見るかと聞いてくれた。
 先生は、今でも若々しく お元気に当時の美貌を保っておられるとか。