テント生活 食事
昭和40年ごろの俺たち山仲間達との出来事、装具などの思い出を語ってみたい。

 肉は雪原で拾え
 剣岳の合宿をしていたある年の、夕方のことであった。
 俺達は岩壁の登攀から帰り、剣沢のテント場で、夕餉の準備をしていた。
 俺達が角コック長の指示で、玉葱をむいたり、人参を刻んでいるとき、ある男は悠然とパイプを口にくわえていた。
 パイプ男とニンニク親父が楽しそうに話し合っていた。
 何故、二人が食事の準備をしないかといえば、させない事情があった。
 闇鍋しか興味がない「ニンニク親父」
 味音痴で食べ物があればいい、パイプの煙にしか興味が無い「パイプ男」は、料理(?)の邪魔だった。
 俺は、二人がテン場に近い雪渓の上を歩いているのを見た。
 しばらくして、パイプ男がテントに帰ると傍にあったピッケルを手にして、雪渓に帰っていった。
 夕餉が始まった。
 ご飯に野菜炒め、味噌汁の食事だった。
 剣本峰や源次郎の峰々を眺めながら食べる食事は、豪勢とはいえないまでも至福の時間だった。
 ニンニク親父とパイプ男が小声で話した。
 「俺達が、先ほど雪の中から凄い物を発見した」
 パイプ男が「明日は肉が食べれるぞ」と、なにやら秘密めいたことを話した。
 翌朝4時半、何時ものように俺が一番先に起き出して、コンロに火をつけてインスタント・コーヒーを作っていると、普段は起きてこないニンニク親父とパイプ男がそろって起き出して来た。
 二人は昨日のようにピッケルを持つと、雪渓の中にいった。
 俺はその後を付けて行った。
 二人は、黙々と雪を掘り始めた。
 深さ50センチ幅30センチ程に広げると、そこから10m程離れた所の雪を掘り、ビニール袋を取り出して、雪の中に埋めた。
 その上に印の石を置くと、静かなテント場に戻った。
 俺は、彼らに付き添っていたが、二人は一言も言葉を発しなかった。
 その姿は盗賊や山賊・海賊、烏賊(?)の雰囲気があった。
 冷めたコーヒーを差し出すが、二人はテントの中に入っていった。
 そして冬眠した。
 俺は一人で石の上に座り込みながら、剣の本峰がモルゲンロートに染まり、ゆっくりと下ってくる荘厳な時を楽しんでいた。
 テン場の中が賑やかになり、登山者の生活が始まった。
 ようやく俺達のテントの中に動きが始まった。
 起きだすと、黙々と準備を始めだした。
 ザックに登攀の用具を詰めると、ニンニク親父を先頭に出発して行った。
 岩壁の登攀が終わり、三々五々テン場に帰ってきた。
 パイプ男は、ザックを降ろした俺にピッケルとコッフェルを待たせ、付いて来いと小声で言った。
 朝の現場に行くと、目印の石の下を掘ると20センチ程でビニールの端が出てきた。
 周りをコッフェルで掘るとビニール袋が出てきた。
 3キロ位の重さが伝わってきた。
 中を見ると、牛肉か豚肉らしい肉が入っていた。
 その夜は、野菜炒めが、肉の入った焼肉炒めに変身した。
 勿論 その翌日も肉料理と続いた。
 雪の中を冷蔵庫代わりにして、忘れたか、回収しないまま次の場所に移動したものだろう。
 それとも回収する前に俺達に盗まれてしまった。

 真実は、「忘れて次の目的地に移動」した。
 すなわち「ゴミを残し、そのゴミを俺達が処置」した。

 格言 「雪の中に宝物あり」
     「落ちているものは拾って直ぐ隠せ、あとでゆっくり確認」
     「早起きは、三文の徳」
     「巡回は、こまめに丁寧に」