思   い   出

この頁は、俺の山に関する思い出を綴ったものです。
昔の仲間、ゴメンナサイ。

 RCCのグレードとその後の登攀者
 RCCの岩場の格付け(グレード)は各登山者や各会で多用され、山の報告書や山岳雑誌の中で使用されそれが評価した。
 そのシステム(格付け方法)を利用し、「○岳の△壁を始めて登りました。1ピッチ目は3級でした。4ピッチ目は5級A1」として発表した。
 RCCのグレードは、易しい、難しい、難しい非常に難しいを、1級〜5級、6級(A1〜A3)と判りやすく表現した。そのお陰で、困難(より高く、より難しく)を追い求めるクライマーに次の目標を与えた。
 難しい山(壁)を追い求め、開かれたルートは時代の流れか、ハーケンが抜かれルートが改ざんされ始めたようだ。あの壁のあるルートを登りにいったら、ハーケンが抜かれボルトが壊されていた。という話を聞くが。それでいいのかと疑問を感じる。
 自分が登れれば他の人の楽しみを奪っていいのか。人が開いたルートを完全に壊してしまうのは、登山界の発展にはつながらない。そんなにしてまで(ハーケンを抜く)ルートを壊してしまうのなら、利用しないで登ればいいのだ。そしてそのルートを登らないで他のルートを開けばいいのではないか。
 ○○壁の○○ルートの傍に、完全フリーのルートを開きました。「どうだ他の人は登れますか。」と自己主張すればいいと思う。
 岩登りにも階段(段階)がある。一歩一歩登っていくことでより難しい階段を追い求め登っていくことで、アルピニストやクライマーが育っていく。伝統的なアルパイン・クライミングを否定するなら、そこには、スポーツクライミング(インドアクライミング)から出発した極端な世界しか残されない。
 われわれの時代は、色々な価値観を共有しあってきた。だから、人のハーケンは利用しても抜くようなことはしなかった。抜くときは、整理するときだけだった。冬季に打ち込んだハーケンを、必要以上に打たれたものだけを、整理しただけである。たとえば、縦走路を通過出来ないようにはしない。
 ところが、昨今の方達はハーケンを抜いてしまい、自分たちだけの道を作ってしまっている。確かに、岩場のルートは、初登攀の人のものではないが、苦労して開拓し、当時の技術でなされたものが多い。それを否定するのは許されない。先ほども書いたが、自分のルートを開拓し、それを登るか、100本のハーケンの内、10本しか使わない登攀をすればよい。ロッククライミングのことをフリークライミングと呼ぶこともある。
 強固なボルトやハーケンを打つことは、否定はしない。それは必要に応じてなされたことだから。
登山は、大衆のスポーツであり、大衆が支持するから発展していく。かといって百名山的な登山は好きではないが、それが登山の発展につながっていくのなら、大賛成である。
 主だった山の主役は、熟年者の世界である。その熟年者達だけでは登山の発展にはつながらない。若い人たちが登り、攀じる。そして熟年者達も楽しむ総合的な山が、登山全体の発展につながる。
 道楽的な世界は遊びの世界とは違う。道楽は身を滅ぼし、遊びは明日への生きがいに繋がると考える私はおかしいのだろうか。遊びの心が残る登山には、楽しい山があっていいのでないか。ゆったりとして余裕のある山、燕から常念をへて蝶へ。太郎から黒部五郎そして双六へ。滝谷のクラック尾根、前穂の北尾根X峰から前穂の頂、剣の八ツ峰縦走など。
 極端な世界だけが閉める登山は、俺たちの時代のグレードだけの世界に成ってしまう。
 しかし、極端な世界を作った人もいた。谷川岳のハーケンを抜いてしまう事件もあった。それが今の人たちの、ハーケンを抜いてしまう原点だったとしたら、時代は繰り返すのか。