ダカール・ラリー車が来た(2015年)

カミヨン(トラック)部門優勝車

「ダカール・ラリー」とは
ダカール・ラリーとは、1978年にティエリー・サビーヌによって創始された、ラリーレイド競技大会の一種である。
「世界一過酷なモータースポーツ競技」とも言われている。
このラリー競技大会は、コース設定が徐々に変わってきたことでその名称も変化してきており、
かつては 「 パリ-ダカール・ラリー(パリダカ)」と呼ばれた。
もともとフランス人が始めた大会であるため、大会の公式語はフランス語であり、フランス語では
一般に「ラリー・ダカール」と呼び、さらに短縮して 「ル・ダカール」と呼ぶこともある。
日本語では英語風の語順で「ダカール・ラリー」と呼ぶことが多い。

例年1月1日にフランスの首都・パリからスタートし、スペインのバルセロナからアフリカ大陸に渡り、
セネガルの首都・ダカールまで12,000kmを走ることで知られていたが、
2009年からは南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスからチリを回る周回コースに、
2012年からはペルーを加えた3カ国を通るルートとなった。
1981年より国際自動車連盟(FIA)と国際モーターサイクリズム連盟(FIM)の公認レースとなっている。
ヨーロッパ-アフリカ大陸時代は、途中ほとんど集落や救護施設のないサハラ砂漠を縦断する
過酷な競技なため、出場者の5割以上がリタイアする大会も珍しくなく、時折死者や負傷者も出た。
競技区間には、西サハラなど政治的に不安定な国が入っていることもあり
「世界一過酷」と呼ばれる、「全ての完走者が勝者である」という言葉が出場者全員の共通の認識となっている。

広島市安芸区に見慣れない
車があった。
説明を聞くとビックリ・ポン

2014年出場車

優勝
2号車  bT18
 ドライバー
  菅原照仁(次男)
 ナビゲーター
  杉浦博之



1号車 bT32
 ドライバー
  菅原義正(父)
 ナビゲーター
  羽村勝美
メカニックリーダー
鈴木誠一氏は
「2号車に搭載している
J08Cエンジンは、昨年
コモンレール化し、今年
は485馬力にパワー
アップしました。
新1号車には600馬力を
誇る新しいA09Cエンジンに
あわせ、新型のトランス
ミッションとトランスファーを
換装し、2号車よりも格段
に戦闘力があがりました!
1978年12月26日に第1回大会
が開催、この時の名称は
「オアシス・ラリー」。
ラリーの創始者はティエリー・
サビーヌである。
下記の言葉は1978年の
第1回開催の時に彼が言った
とされ、ダカール・ラリー創設
の精神を語る言葉として有名
である。

私にできるのは、“冒険の扉”
を示すこと。扉の向こうには、
危険が待っている。
扉を開くのは君だ。
望むなら連れて行こう
コース

開始当初より1991年まで
元日にパリをスタートし、
アフリカ大陸に上陸後、
サハラ砂漠を経由して
ダカールをゴール地点とする
レースフォーマットで運営
されていた。そのため、
日本国内では「パリ・ダカ
と言われた。
2008年2月4日、ASOは
中止になったダカール・
ラリーの代わりに中央
ヨーロッパを舞台にした
ラリー「ダカール・シリーズ」
を創設、ハンガリーの首都
ブダペストからスタートし、
途中ルーマニアを通過、
同国西部のバラトン湖まで
4800kmを走る。

2009年のダカール・ラリーは
南アメリカのブエノスアイレスが
発着点となる。
この地が舞台となった理由
として、ダカール・ラリーの
特徴である砂漠や難コースを
持ちながらテロの脅威がない
ことが挙げられている。
1日の走行距離は500kmから800kmにも及ぶ。

また、マラソンステージと呼ばれる区間が全コース中1度ないし2度設けられる。
これは競技車が到着後、通常はその日のビバーク地で行う事が出来る整備を一部禁じ
(具体的にはエンジン、駆動系などの部品交換が禁止される)、
そのまま翌日のステージを走行するものである。
2日にわたるステージをタイヤ交換などの軽整備のみで乗り切らなければならないため、
ステージ内でのエンジンや駆動系の深刻なトラブルは即リタイヤに繋がる。
車両を壊さない。速く走る。
2つの相反する要素が求められるステージがある。

  現在、競技に使用される車両は
   モト(オートバイ)   オート(自動車)   カミオン(トラック)   3つに分類される。
   それ以外の参加車両として  バギー、  ATV 等がある。
日本との関係
 カミオン部門で、日野自動車がレンジャーで参戦して17年連続完走、
 1997年にはカミオン部門1-2-3フィニッシュを達成しており、サポートカミオンとしてではあるが
スーパードルフィン・プロフィア(2013年まで)→700シリーズZS(プロフィアの海外仕様。2014年から)も参戦している。

1981年 第3回にはすでに根本純と久保田勝の計2名が参加した。
菅原義正
1983年から参戦。日本人で唯一、モト・オート・カミオンの全部門に参戦。
本田技研工業→三菱自動車→日野自動車。
2008年1月、ギネスにダカール・ラリーの最多連続出場(25回)記録保持者として認定された。
菅原照仁
父の菅原義正のコ・ドライバーやチームメカニック、サポートカミオンで経験を積み2005年?カミオン部門で参戦。
日野自動車

2014年1月4日
南米のロサリオ・シティセンターで、ダカール・ラリー競技者ら全員が受ける車検・人検が3日にわたって行われた。
車検・人検をパスし優勝への切符を手にした競技者は全部で431台。
オート147台、モト174台、クワッド40台、カミヨン70台。
50万人の観衆が9,000km彼方のバルパライソを目指してスタートする競技者らに声援を送った。
日本時間で1月5日、夜7時より、ダカール・ラリー2014、第1ステージが始まります。