第9話〜 床暖房
(2004/01/02)

 昨年夏、古くて手狭になった築30年の自宅を取り壊し、3階建ての住宅を新築した。僕の年齢からしてこれが最後の家になるはずだが、僕より多 少は長く生きるはずの家内のために建てたつもりだ。その中で唯一自分の思想を通したのが床暖房。我が家ではガスを使った温水式の床暖房を採用した。1階の 僕の書斎、2階の居間、食堂、台所と、ちょっと贅沢なようだけど、たまたまガス会社のキャンペーン中で格安に施工できた。

 床暖房については思い出が有る。まだ結婚する前のこと、そう20年以上前のことだが、太陽熱を使った大規模ソーラーシステムの設計を依頼され た。建物の用途は老人ホームで、太陽熱を使って、やれるものはなんでもやってみようというプロジェクトだった。当時太陽電池はまだ一般的ではなく、太陽熱 でお湯を沸かしてその熱を利用するシステムだった。冷暖房、給湯に利用するのが当時の一般的な手法だったのだが、僕はそのうち暖房システムに床暖房を取り 入れることを提案した。居室の畳の下に温水パネルを引いて、それだけで暖房しようというもの。基本的な熱計算が終わり、さて具体的に何度の温水を通そうか と検討を始めたとき、困ったことに「設計法がない!」

 当時何社か床暖房システムを手がけているところは有ったが、問い合わせをしても曖昧な返事しか帰ってこない。「60℃程度あればなんとかなる んじゃないでしょうか」、「畳の下に敷いたのでは責任が持てません」、中には「我が社のパネルは高性能なので、他社より少ない面積で済みます!」なんて床 暖房の基礎的な概念すら理解できてない会社もあった。仕方ないから、自分でこつこつと計算を始めた。まだパソコンが普及する前だったので、当然手計算。温 水温度42℃で室温は18℃。断熱性能がきわめて高い建物だからこれで大丈夫なはず。ところがどのメーカーもこの条件では無理と尻込みしてしまった。前例 のない 低い温度での床暖房だったからだ。その中で一社、「やってみましょう!」と 名乗りを上げたところがあった。神奈川に工場があるF電工、その工場内に恒温恒湿の部 屋をつくり、真冬の条件を再現した。使用する畳のサンプルを3種類製作し実験開始。「42℃で大丈夫です!」メーカーの技術者が驚いたような顔で言った。 3種類の畳の上になんども座り直し「よし、これにしよう」。性能的にはもっと優れた畳も有ったのだが、日本人のなじんだ座り心地にもっとも近いものを選ん だ。

 建物が完成し、ほどなく僕にも結婚してもいいかなと思う女性が現れた。「どんな仕事をしてるのか見せて欲しい」と言うものだから、完成 したばかりのソーラーハウスに連れて行った。時はまさに冬、お年寄りが「えぇ あんばいですよ、冬でも夏布団で寝られるんですけぇねぇ」と言う。女性はこの 建物を見て「この人なら大丈夫!」と 思ったらしい。それが大きな間違いだったことに気づくのに、そんなに時間はかからなかったのだが(笑)

 それから20年が経ち、やっと自宅に導入した床暖房。実は自分の家ではまともな計算はなんにもやっていない。その必要は無いと感じたからだ。床暖房理論 はあれから国土交通省によって体系化され、誰もがその計算法を使うことが出来る。その内容は20年前に僕が覚え書きとしてまとめたものを、当時中国地方建 設局の技官にプレゼントしたものがベースになっている。自分の研究成果が世に認められるのは嬉しいのだけれど、どこかに小さく僕の名前を載せておいてくれ てもよかったように思う。


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