大胆でのびやかな、流れるような筆触で描き込まれた蠱惑的(こわくてき)な微笑を浮かべる「マハ」の姿は、二点の「裸のマハ」と「着衣のマハ」として世界的に知られております。
意外なことに「裸のマハ」は、神話に題をとったベラスケスの「鏡を見るヴィーナス」を除けば、スペイン絵画史上はじめての裸体画でございます。
ヴィーナス、マハ、マノーラ、ジプシー女・・・と、さまざまな愛称で呼ばれていますが、ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」と同じく、この絵のモデルが誰なのかは不明で、注文主宰相ゴドイの愛人だったアルバ侯爵夫人であるとかペピータという女性であるとか、さまざまに憶測されています。
「マハ」の姿を描いたとき、ゴヤは既に聴覚を失っていました。しかしながら、生涯、どの流派に属することもなく、世の中を冷徹とも言える筆致で描き続けた(彼は、社会を風刺した銅版画の連作を手がけています)孤高の画家にとって、それは彼の持つ「見る」力を、より際だたせていったように思われます。単純な構図でありながら、見るものをはっとさせる程、匂い立つように艶めかしく、そして優しい「女」の姿をその内面まで映し出しているような気がいたします。