上品な色香を漂わせた女性が、清涼な青い湖面を背景にたたずむ『湖畔』。
言わずもがな、『近代洋画の父』黒田清輝の代表作です。
旧と新とが交じり合い、変遷し、別れていった明治という激動の時代。同じ流れを担うように、あるときは体制と反駁し合いながらも、西洋画の啓蒙とアカデミズムの確立を通し、自由な眼差しと表現により、新しい表現、新しい可能性を日本の美術界に投げかけました。
「安芸の宮島とか、それから天の橋立とか云ふ名高い景色を、似た様に習た様に書くのが、旧派です。景色なら景色の形を記すのが旧派、新派と云ふ方は先づ其景色を見て起る感じを書く、或る景色を見る時には雨の降る時もあり、天気の極く宣い時もあり色々ある、其変化を写すのです」(「洋画問答」)形ではなく、印象をうつす彼の技法は『新』です。
しかし私たちがこの絵画を前にするときに
寧ろ感じるのは、懐かしい穏やかな既視感。例えば、「しっとり」とした
例えば、「はんなり」とした
この言葉を翻訳する上で、翻訳者ならどういう外国語を充てていくのでしょうか。
漠として曖昧な、感覚。
流暢に日本語を操り、或いはそれこそ日本の国籍を有する人たちであっても、この国に長く住まうことがなかった相手には巧く伝えることが出来ないような気がします。砧で打った柔絹のまつわるように。
雨後の薄くけぶって、少しだけ冷えた大気のように。
匂い。
温度。
湿度。
その地に立って、皮膚を通して身体中で吸収する。
そんな、ことばだからです。けれどもこの絵は
視覚によって、それらをあますことなく伝えてきます。
匂い。
温度。
湿度。
そして、立ち上る『艶』西洋の技法であらわされた、東洋の感覚。
それこそが『黒田清輝』という画家を
一線を画した存在とならしめているのではないでしょうか。ご覧ください。
これが『しっとり』という美しさです。