フラ・アンジェリコに代表される画家たちの『受胎告知』が静の美しさであるなら、エル・グレコの『受胎告知』の美しさは、ドラマティックな力強さを持った動に在るのだと言えましょう。
右手に天を仰ぎ、左手に純潔のシンボルである白百合の花を携えた天使と、書見台の前から半身を捩って告知を受けるマリア。その視線は、たじろがぬ揺るぎ無いものであり、これから始まろうとしている新しい時代の予兆を感じさせます。
画家の本名はドメニコス・テオトコプロス(Domenikos Theotokopoulos)といい、クレタ生まれのギリシア人で、ローマ、ベネツィアで修行の後、スペインで活動しました。(よく知られたエル・グレコという名前は「ギリシア人」の意)余人に真似のできない、幻想的な神秘性も、東方の影響を持つギリシア文化によって、彼独特の感性が育まれたことに起因するのかもしれません。