16世紀のスペインはフェリペ2世の統治下における「太陽の沈まぬ帝国」でございました。無敵艦隊(アルマダInvincible Armada)を有し、イスパニア・ナポリ王国・ミラノ公領・ネーデルラント・アメリカをも含む大領土を支配した時代です。
この絶対君主フェリペ2世の王宮エル・エスコリアルに、ティツィアーノと同様に飾られていたのが、ヒエロニムス・ボッスの作品でした。宗教画では、マリアの慈愛やキリストの苦難を描き、そこから魂の救済を求め得る作品が多いのですが、ボッスの視線は実に皮肉的で、人間の愚かさを、高みから冷ややかに見つめるように、世界を表現しています。(右側の絵の中央でシニカルな薄い笑みを見せて振り返るたまごおじさんはボッス自身の肖像だと言われております)
快楽に身を投じる罪深い喜び。
冷笑にも似た絶望感。権力への欲望は、本来罪を購うべき場所であった教会機構さえも、権謀と術数の一手段とし、そこでは多くの血が流されました。
熱心なカトリック擁護者であったフェリペ2世は、ボッスの作品の前に立つ時、自分自身の中に有る「矛盾」を、いわば自虐的に感じさえしながら絵を見つめていたのではないのでしょうか。
比類無き、偉大なる帝王ではなく、無力な一人の人間として。