ジャケットの中のアーティスト
(2006/11/08)

 LPジャケットには古今東西の名画が多く用いられてきた。LPジャケットギャラリーをご覧になった方ならご存じだと思うが、クリムト、アンリ・ルソー、ボッスなど、音楽ファンの耳だけではなく眼も楽しませてくれた。今回はそういった過去の巨匠ではなく、そのレコードが作られた、まさにその同時代に活躍したアーティストの作品を紹介してみよう。

Oedipus Rex まずはフランスの詩人(劇作家、画家)ジャン・コクトー(Jean Cocteau 1889-1963)。今風に言えば”トータル・プロデューサー”とも言うべき存在で、特に20世紀前半のパリで活躍した音楽家たちと親交があった。「フランス六人組」と呼ばれる、オーリック、デュレ、オネゲル、ミヨー、プーランク、タイユフェールをはじめ、サティ、ストラヴィンスキーとも深い関わりが有った。

 ここで取り上げるのはストラヴィンスキーのオペラ・オラトリオ”オイディプス王”。コクトーが台本を書き、1927年にパリ、サラ・ベルナール座でストラヴィンスキー自身の指揮で初演された。このレコードは1952年にパリ、シャンゼリゼ劇場において、同じくストラヴィンスキーの指揮で再演されたのを期に、それに先立ちケルンで録音されたもの。ジャケットデザイン、ナレーションともジャン・コクトーである。

 この後コクトーは、イーゴリ・マルケビッチが指揮した同じストラヴィンスキーの”兵士の物語”(1962年録音)でも、ジャケットデザイン、ナレーションを担当している。その録音は、現在でもこの作品のベストアルバムと言われている。

Beethoven Sym.9 続いては常設展示室でも紹介した、アメリカの画家ベン・シャーン(Ben Shahn, 1898-1969)。「サッコとバンゼッティ」、「第五福竜丸事件」などを題材とした作品を発表した社会派画家であるが、1950年代に多くのレコードジャケットのデザインを手がけている。

 このアルバムはフェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィルハーモニーのベートーヴェン交響曲第9番(1959年録音)。フィッシャー・ディースカウ、エルンスト・ヘフリガーなどの名歌手がソリストとして参加している。このアルバムは現在でもドイツ・グラモフォンより発売されている名盤だが、残念ながらこのジャケットではない。誇張され、単純な線で描かれたベートーヴェンのポートレートであるが、この音楽家のイメージをより特徴的に表しているように思う。

WestSideStory 次に紹介するアルバムは、どなたもご存じのミュージカル「ウエストサイド物語」。大指揮者レナード・バーンスタイン(1918-1990)の代表作で、もちろん作曲家自身の指揮でオーケストラによる演奏が残されている。ここで取り上げるのはオーケストラ版ではなく、ジャズのピアノトリオの編成で演奏されたもの。現在では指揮者として有名なアンドレ・プレヴィンがピアノを担当し、シェリー・マンのドラムス、レッド・ミッチェルのベースで1959年の録音である。私が購入したのは1975年だった。ジャケットはニューヨークの下町の様子を描いたもので、写真の様にも見えるリアルな表現だ。

 それから30年あまり経ち、ある方から「ベン・シャーンの作品は、こんなアルバムにも使われてますよ。」と教えて頂いた。紹介されたリンクを開いてみると・・・"Andre Previn & His Pals Play West Side Story"

 
言い訳をせざるを得まい。このレコードを購入した1975年は、美術好きの家内と結婚する前であり、もちろん学芸員のへんりーは未だ幼児で私の前には現れていない。当然ベン・シャーンの名前など知る由もない。愕然としてアルバムの解説を読んでみると、英語で「アメリカで最も有名な画家の一人、ベン・シャーンの"Handball"(1939)という作品であり、紙にテンペラで描かれている。ニューヨーク近代美術館の所蔵である。」とちゃんと書かれている。(汗)

 これらのアルバムが発表された1950年代は、LPレコード創世記ということもあり、多くの音楽家やアーティストが意欲的に作品を発表していた。現在のように消費の対象としての音楽ではなく、大きな創造性をもって音楽が産み出されていた時代のように感じる。それに触発されて著名な画家、イラストレーターがジャケットに作品を提供した。音楽文化にとって最も幸せな時代だったと言えるのかも知れない。


参考資料:「12インチのギャラリー」沼辺真一 著 美術出版社

WEB美術館館長
Summy

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