レ−ニン廟と片山潜のレリ−フ


           

 赤の広場(ロシアでは赤には美しいという意味があるそうです)にはレ−ニン廟が撤去されずにありました。
 写真左はレ−ニン廟正面です。
 写真右は、岡山県のうんだ先駆者、片山潜の墓(レリ−フ)です。
 これまで「クレムリンの壁に葬られている」ということは知っていましたが、そのどこのどれなのかという”特定”をした記録を見た覚えがありませんでしたので、今回ぜひ確認をしたかったのです。
 レ−ニン廟うしろのクレムリンの壁下部に四角いレリ−フが並んでいますが、その中央部の白(ブレンニ−)と黒(チェルネンコ)の2体の石像の間にある2枚のレリ−フのうち、向かって左側・白い石像の右のレリ−フが片山潜のレリ−フです。(レリ−フの並びでは右端から22番目でした。)
 警備員に確認し、レ−ニン廟の公開時間にレリ−フ前までいって確認しましたが、残念ながらカメラ持ち込み禁止のためレリ−フそのものの写真は撮影できませんでした。

 なお、レ−ニン廟公開は極めて厳重な警備で、廟内外の角々に警備兵が立ち、金属探知器でなめるように身体検査もしてカメラの無いことを確認してから入場となります。(なんと入場料無料)
 黒御影石様の廟内は、しんとして話し声禁止で、ほとんど照明なく足下もおぼつきません。
 入り口すぐに左に曲がって5段ほど石段を降ります。
 私はここでも警備兵に所持品検査をされました。
 つづいて右に曲がりかなり急な石段を15段ほど降ります。
 また右に曲がり3mほどで、石室となります。
 そこで右に曲がりなだらかな石段を10段ほどあがると、レ−ニンの遺体の足下で、左に曲がると正面となります。

 遺体は、頭を今登ってきた石段の方向にむけて、ガラスケ−ス内にまるで「ロウ人形(死蝋)」の様に黒い服をまとって横たわっていました。
 足下を通り過ぎて、再度左に折れ、石段を下り、右に曲がって3m、もう一度右に曲がって20段ほど上がり、左に曲がると出口でした。

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