エルヴィス・プレスリーである。 私たちの世代には「プレスリー」が身近な呼び名だった。今は「エルヴィス」の方が身近に感じる。 1935年1月8日生まれ。1977年8月16日死去。享年42歳。 私たちが知っているエルヴィスは、「ビラビラの服を着た太った歌手」(...すみません)というイメージでしかなかった。歌は知っているようで知らないような。そのイメージゆえに、却って聞くことがなかった、と言った方が正しいだろう。 それなのに、今はどっぷりエルヴィスの音楽にはまっている。毎日、彼の音楽をシャワーのように聞いている。一体、今ごろ、なぜかしら? 思えば伏線はあった。 ひとつ目は、1970年代後半〜1980年代前半にかけてイギリスで制作されたTV番組「特捜班CI-5」。主役の一人、ドイル役のマーティン・ショーにはまった時期がある。彼が1985年にロンドンで舞台"Are You Lonesome Tonight?"に晩年のエルヴィス役で出演した。しっかり当時の2枚組サントラLPを持っている(しかし、聞いたことはない)。 2つ目は、バリー・マニロウ。実はファン。彼が一時期、ライヴでエルヴィスの"If I Can Dream"をクロージングナンバーで歌っていた。曲が良かったので、エルヴィスバージョンが収録されている"68 Comeback Special"のCDを買った。エルヴィスの野性的な歌い方にびっくりしたものの、CDを聞きこむまでには至っていなかった。 3つ目は、敬愛するアメリカのジャズシンガー、ジミー・スコット。現在、私たちが彼の歌を聞けるのは、ドク・ポマスの献身的なサポートのおかげだ(詳しくはこちらへ)。ドクは、エルヴィスに曲を提供していた。 そして、とどめが昨年に公開された映画「エルヴィス・オン・ステージ・スペシャル・エディション」。1970年のラスベガスライヴとリハーサルシーンを丹念に記録したドキュメンタリー映画。なぜか気になって初日に観に行った。軽い気持ちだった。 オープニングの1曲目でびっくり。「え、お腹出ていないじゃん!」。白いジャンプスーツがはえるスリムな姿態。何より歌が魅力的だった。声がとてもいいし表現力も深く豊か。独特の間を持つリズム感がいい。 リハーサルシーンの茶目っ気あふれるエルヴィスもとても魅力的。屈託のない笑顔でリラックスした雰囲気の中、リハーサルが進む。ステージ用の歌を作っていく過程が描かれていて、エルヴィスが主導権を持っていたのにはびっくりした。歌をクリエイトしていたのだ。 完全にノックアウトされたのが映画中盤の「ふられた気持ち」。ライヴならではの荒削りさがいい。静かなオープニングから一転、パイプオルガンのような重厚な編曲になるけど、エルヴィスはそれに負けないドラマチックでグルーブ感あふれる歌を披露する。 この映画は4回観た。映画館なら大画面と大音響をライヴ感覚で堪能できるから。なぜか観る度に涙が出てくる。 この映画のエルヴィスには屈託がない。エルヴィスのその後の人生は離婚・病気・肥満・マンネリズム・スキャンダルと行き詰まりを見せ、やがて突然の死で終わる。この映画の後、7年しか生きていない。「42歳で死んだのよ」と話すと、皆さん一様に「え、50歳じゃないの!?」と驚く。彼は人の何倍もの濃密な人生を送ったのだ。映画の中で輝くエルヴィスのライトブルーの瞳に、なんとも言えなくなる。 映画だけではあきたらず、DVDも買った。"68 Comeback Special"(1968)と"Aloha From Hawaii"(1973)。 エルヴィスの活動時期は3つに分けられる。 1:1950年代のロックンロールが革命を起こした時代 2:1960年代のハリウッド映画時代 3:1970年代のステージ時代(この時代に何と1000回以上のライヴをこなしている) 両方とも3の時代に属するだろう。 "68 Comeback Special"(1968)はクリスマス用のTV特別番組だった。しかし、ハリウッド映画での人気も下火になり起死回生を狙うエルヴィスサイドと当時のテレビ局プロデューサーの企画で、激しく野性的なエルヴィスが前面に出てくる番組となった。この番組で、スタジオの観客の前で歌う、黒レザージャケット+パンツに身を包んだエルヴィスはメチャ格好よかった。「誰?これ」。私が今まで知っていた(つもりでいた)エルヴィス・プレスリーって何だったのかしら? 頭の中のプレスリー像がガラガラと音をたてて崩れていった。 "Aloha From Hawaii"(1973)。1973年1月14日、衛星放送で世界中に中継されたハワイでのライヴ。この頃のエルヴィスは、私たちが知っているエルヴィスに近づいてくる。この頃から健康問題を抱えていたらしく、全盛時代の声はなかった。パワーが少なくなった分(といっても普通の歌手の何倍ものパワーで歌っている)、彼の人生そのままが声に出てきているように思える。そして愛する人を失った嘆きの歌を多く歌っている。愛妻プリシラは既に彼の元を去っていた。このライヴを見るのは、正直に言って少し辛い。彼の救いようのない痛みが伝わってくるから。 私はまだまだエルヴィスの全体像を知らない。知り合いからは「エルヴィスか。大変よ〜」といわれている。それ位、幅広い活動をしていたのだ。エルヴィスの音楽は、アメリカ南部のブルース・ゴスペル・カントリーがベース。その中で、世界に革命を起こしたロックンロールが生まれ、エルヴィスの音楽も変貌していく。しかし、常にどこかにアメリカ南部の土のにおいがしていると思う。 エルヴィスのアルバムはたくさん出ているが、彼のエポックメイキング的なアルバムや魅力的な企画アルバムは、実は手に入りにくい。輸入盤という方法もあるが、その膨大な数に溺れそうになる(いやほんと)。 生誕70周年を記念して、もっと身近で分かりやすくエルヴィスの魅力を確実に伝えてくれるアルバムの発売を願っている。 エルヴィスの音楽は、この混沌とした時代にも、力強く優しく響くことだろう。 生きていれば、この1月8日でエルヴィスは70歳になる。 ハッピーバースディ エルヴィス。 (2005/01/10) (C) HETAUMA HONPO 2005
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