Fate/Trigger Point 第四話 劫尽童女





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 深夜、新都にある薄暗い雑居ビルの一室にわたしとアーチャーは居た。
「……ビンゴ、ね」
「ああ、そうだな」
 視界がほとんど効かない闇の中、その一室は異界だった。人形のように転がっている四、五十人ほどの人間。床は彼らが吐いた血と胃液で酷い有様だ。
 澱んだ空気は魔術に使用された香と吐瀉物のせいだろう。
 わたしは歯を食いしばって吐き気と呻きを噛み殺した。少し前に切った唇に痛みが走る。
「―――酷い臭いね。何を使ったか、貴方分かる、アーチャー?」
 窓という窓とドアを開けながら、わたしは背後に尋ねた。
「魔女の軟膏という奴だろう。呼吸不全、嘔吐の症状を見るならドクニンジンがベースだろうが……吐血しているところを見ると他にもかなりいろいろ混ざってそうだな」
「……サイテーね。とりあえず蘊蓄はいいから窓を開けて。床の連中は……生きてるようね。この様子なら今から連絡するのも朝になって発見されるのも大して違わないわね」
 一面の窓を開け、危険域にある人間には手当をしてから、わたし達はこの部屋を後にした。

 ここ数日、新都で起こっている謎の昏睡事件。これが聖杯戦争絡みだと感じたわたしは、新都に調査に来ていた。結果は見事に黒。完璧に魔術によるモノだった。そして、
「それで、やはり流れは柳洞寺か?」
「……そうね。奪われた精気はみんな山に向かっている。確定したわね。柳洞寺には"居る"わね。でも、これだけの仕掛けは人の手には余る。こんな事が出来るのは……」
「キャスター、か」
 わたしはビルの屋上から柳洞寺の方角を睨み付けた。昏睡事件の被害者からは、軒並み精気が吸い取られていた。そしてその吸い取られた精気の残滓は柳洞寺のある方角へと流れている。
「ク……」
 ここまで派手に、第三者を巻き込む。分かる人には分かる魔術の痕跡をも残して。ああ、これは怒りだ。この相手はわたしとは相容れない。ここまでルールを破ってくれた相手をわたしは許すつもりは無い。
「しかし、キャスターが柳洞寺に陣取ったとなると厄介だな」
「……ええ、しかもここまで時間を与えちゃったのもね。攻め込むにはちょっとばかり不利……ね」
 もともと、柳洞寺自体がサーヴァントにとって特殊な土地である。この冬木に存在する"霊地"の一つ。特異な結界に守られ、サーヴァントは正面からしか進入出来ないという。そこを陣地作成のスキルを持つキャスターに押さえられ、さらには現在進行形で街の人間から精気を集めている。地の利を持ち、しかも力を貯め込んでいるキャスターの陣地に馬鹿正直に攻め込むのはさすがに無策にすぎるだろう。となるとマスターを狙うのがセオリーだが、そのマスターの正体も分かっていない。
「まったく、柳洞寺といい、学校の結界といい、どうしてこう頭が痛くなるような事ばかりを……」
 知らず愚痴も出ようというモノだ。
「それが戦争というモノだろう凛。しかし、これで動きにくくなったな。これだけ広範囲な網を張っているとなると街中での戦闘はまず覗かれていると考えるべきだろう。下手に手の内を晒せなくなったわけだ」
 軽く肩を竦めるアーチャー。
「それでどうするねマスター? 引くか進むか、だが。先ほどの戦闘のこともある大事を取って引くか、それともキャスターの気配を追うか、あるいはいつものように夜の街を巡回するか……」
 先ほどの戦闘。あの部屋に行き着くまでに蹴散らした骨で作られた自動人形。たとえその材料がつい先日まで生きていたモノだったとしても、わたしは一切の躊躇もなく、後悔もなく、容赦もなく、破壊し尽くした。こちらの負傷は無い。ただ一つ、噛みしめた唇から滲み出した鉄錆の味以外は。
「追うわ。気配はまだ残っているんでしょう。柳洞寺に逃げ込まれる前に何とかしたい」
「ほう、出来ないと思ったことはやらないのがキミの流儀だと思っていたのだが?」
「ええ、わたし、結果が分かっている事は出来ない。これど、これは別。せめて尻尾くらいは掴みましょう」
 わたしは柳洞寺のある方角へと駆けだす。
「アーチャー、お願い!」
 そしてわたしはアーチャーに抱えられ、ビルの屋上から夜の街へと飛び出した。





「残念だがタイムアップだ……気配が途切れた」
 わたしを抱えたまま人ならぬ速度で移動していたアーチャーは、新都と深山町の境目を流れる未遠川のほとりで足を止めた。少し下流には冬木大橋の灯りが見える。
「撒かれた……のかしらね」
 わたしは自分の足で道路に立った。高速で移動するアーチャーにしがみついていたせいかちょっとばかり体がこわばっている。わたしは軽く体を伸ばしながら対岸の方へ視線を向けた。
「ああ。一瞬で気配が消えた。気配を完全に遮断出来るのか、気配を残すことなく移動する手段があるのか、あるいは……」
「最初から陽動だったか、か。気配の痕跡を残すなんて使い魔でも使えば簡単に出来るしね」
「……で、どうするかね凛。君さえやる気ならこのまま柳洞寺に突入するのも手だが?」
「ずいぶんとやる気みたいだけど……今日の処は止めておきましょ。行くときは万全の準備を整えたいわ……さすがに手持ちの宝石だと戦力に不安があるし」
 遠坂の魔術は宝石を使用する。現在手持ちの宝石でも十分に戦闘に耐えうるのだけれど、さすがにキャスターの陣地に突撃するには心許ない。備えなく罠の中に突っ込んでいくのは愚か者のすることだ。
「だがキャスターにこれ以上時間を与えるのも拙くはないか、マスター?」
「ええ、出来ればマスターの方を狙いたいわね。……柳洞寺か。ん? 柳洞寺?」
 柳洞寺といえば、うちの学校に一人関係者が居る。そいつはちょっとばかりわたしの事を敵視しているのだが……しかたがない、そこから辿ってみるしかないか。
「まあ、その辺りはなんとか調べてみる。とりあえず今日のところは深山町に戻りましょうか。巡回ついでに衛宮邸の方も調べましょ」
 そしてわたしは冬木大橋に向けて歩き出した。





 霊体となったアーチャーを伴って冬木大橋の歩行者道を歩く。さすがに深夜ともなればこんな処に居る物好きもなかなか無いようで、現時点で歩行者道を歩いているのはわたしだけだった。
 前方の橋のたもとの灯りは海浜公園のものだろう。昼は多くの人々が憩う公園もさすがにこの時間にもなれば人一人居ない。と思ったのだが、
『……人影?』
 歩くにしたがって近づいてくる公園の街灯の下に何か居るような気がした。
「ねえ、アーチャー……下の公園の街灯のところ……誰か居る?」
 弓兵であるアーチャーならわたしには見えない距離、明るさでも見ることが出来る。
「む……ああ、居るな。少年と少女か。それと……ほう、これはこれは。凛、我らはついているようだぞ」
 クククと嗤うアーチャー。
「サーヴァントが居る。髪の長い長身の女だ。まだこちらには気が付いていない。……さて、どうするね凛?」
「……確かにラッキーね」
 髪の長い女性のサーヴァント、か。未だ出会っていないサーヴァントはライダー、バーサーカー、キャスター、アサシン。そのうちキャスターは柳洞寺に撤退したはず。となると、
「ライダー、バーサーカー、アサシンのいずれかかしら」
 一緒にいる少年少女のどちらかがマスターと言うことか。どちらにせよ好都合だ。ここでケリをつける。
「ギリギリまで近づくわよ。アーチャー、可能な限り気配を消して相手に悟られないように。もし気が付かれた場合、サーヴァントをお願い。その隙にわたしがマスターを相手にするわ」
 わたしは足を速めて歩道から公園へと降りる階段へと急いだ。階段の手前で足を止める。ここまで来たら、わたしの眼にも人影がかろうじて確認できる。
「合図とともにここから飛び降りましょう。アーチャー、着地は任せるわ」
 人影は長身、中間、小さいの、か。
「一番背の高いのがサーヴァント?」
「ああ、そうだ。真ん中のが少年。小さいのが少女……ん?」
 ここから見ている限りでは少年が一方的に少女に向かってなにか喋っているように見える。サーヴァントが立っているのは少年の後ろ。ということは、
「男の方がマスターって事かしらね」
「……」
「……」
「……」
「……アーチャー?」
「あ、ああ、すまない。その、凛。少女の方なのだが……」
「……ッ!」
 いきなりだった。髪の長いサーヴァントが一瞬で少女の方に間合いを詰め……次の瞬間、少女の体は数メートルも弾き飛ばされていた。
『蹴り?』
 滞空して落下、そのままごろごろと公園の石畳の上を転がっていく少女。追加で数メートルを転がってからようやく停止した。しかしその身は伏したままピクリとも動かない。その少女に向かってゆっくりと歩き出すサーヴァント。そしてその様子を見ている少年は、
『嘲笑ってる?』
 腹を抱え、体を震わせて、狂ったかのような動きで嗤っていた。

 その歪な姿に
 わたしの中の何かが
 音を立てて切れた

 後から思い返してみるに、その時点でわたしの沸点は限りなく低くなっていたのだろう。学校の結界、新都での昏睡事件、遅々として成果のでない聖杯戦争、そう言った諸々のせいで決壊寸前だったわたしの理性は、サーヴァントに人を襲わせている奴を前にしてついに弾けた。
「アーチャー、着地任せた! 着地後はサーヴァントの足止め! 倒しちゃっていいわ」
 返事を待たずに手すりを乗り越え、橋から地面に向かって身を躍らせた。耳元でごうごうと風がうなりをあげ、凄い勢いで地面が近づいて来る。
 着地の直前、ふわりと落下速度が低下した。そのまま落下の衝撃も無く、すとんと地面に足が付く。と同時に、わたしは耳障りな笑い声を立てている奴に向けてダッシュを開始した。
 わたしの着地に気が付いたのか、相手のサーヴァントが歩みを止めた。
『? 眼帯?』
 ソイツは長身長髪の女性の姿をしていたけれど、奇妙なことにその顔の上半分、具体的には両目をガッチリとした黒い眼帯で覆っていた。おかげで正確な顔立ちは分からない。
 わたしとアーチャーの走り込む姿に、素早く彼女のマスターの方へ戻ろうとしていた。
 だが遅い。すでにわたしの左手の魔術刻印は起動している。
 ようやく自分のサーヴァントの反応に気が付き、嘲笑を止めた馬鹿に向けて、わたしはガンドを連発で打ち込んだ。わたしと馬鹿の間に割って入ろうとする敵サーヴァント。だけどその動きは実体化したアーチャーが投擲した短剣に阻まれる……筈だった。
「う、嘘!」
 その長髪のサーヴァントはアーチャーの短剣をその身に喰らいつつも、少年をガンドから庇ったのだった。
 所詮は対人用の呪詛でしかないガンドを受けたところでサーヴァントには傷一つ付かない。けれども、致命傷になりうるサーヴァントからの攻撃をわざわざ食らってまで、もともと牽制目的で放った低威力のガンドからマスターを守るなんて行動を取る理由はなんだというのだろう。
「な、なんだよライダー! 何が起こったって言うんだよ!」
 肩口をばっさりとアーチャーの短剣に裂かれつつもわたしと少年の間に立ちはだかるサーヴァント・ライダー。けれど、そんなことよりも、
「……間桐、慎二。そう、どういう手段を使ったのか知らないけれど、そう言うことなのね」
 ライダーの後ろに居る少年はわたしの顔見知りだった。間桐慎二。間桐桜の兄にあたる。マキリの血筋ではあるがすでに血筋としては衰退し、その身に魔術回路を持たない人間。とはいえ、マキリは元々は聖杯戦争のうち令呪関係の術式を提供した家系だ。なんらかの裏技を使って魔術師では無い人間を参加させることも出来るのかもしれない。
「なんだ、遠坂じゃないか。奇遇だね、こんなところで会うなんてさ」
 わたしに気が付いた慎二がにやけた笑みでわたしに声をかけてきた。その反応が酷く癇に障った。
「……間桐くん、一つ聞くわ。そのサーヴァント――貴方はライダーって呼んだけど、貴方がそのライダーのマスターということで良いのかしら?」
「当然だろう。ボクはマキリの後継ぎだからね」
 そこでふと気が付いた。間桐慎二は魔術回路を持っていない。ということは、サーヴァントに供給する魔力をどこから得ているというのだろうか? コイツはさっきサーヴァントに何をさせた? そして何をさせようとしていた?
 わたしの横手、離れたところに倒れている少女の存在。なんのために彼女を襲ったというのか。そしてさらに思い出したのだが……学校の結界の効果は何だったのか。
 確かに間桐慎二は魔術師ではない。あんな大がかりな結界なんかは作れはしないだろう。だけど、ライダーが術者というのならどうだろう? 実際魔術師でもあったというアーチャーの例もある。慎二から魔力の供給が無い以上、他人を襲って魔力を供給し、あの悪趣味な結界で一気に魔力の貯蔵を増やすのなら、マスターからの魔力供給が無くても戦えると言うことにならないだろうか。
「ああ、そうだ。どうだい遠坂。ここは一つ手を組まないか。ボクとしてはやっぱりこういった……」
「間桐くん、もう一つ聞くけど……」
 わたしはなにかくだらないことを喋っていた慎二の言葉を遮った。
「学校に結界が張ってあるのは貴方のサーヴァントの仕業なの?」
「……あ、ああ、そうだよ。学校に敵が来てもいいようにね。ボクが学校を守ってやっているんだよ。やっぱりさ、自分の暮らしているところくらいは守備を固めたいじゃん」
 ずいぶんと得意げな顔をしているものだ。アレが発動したのなら校内にいる一般人は全て対象になる。そしてそれは魔術師やサーヴァントには効果が無い。つまりコイツがやっているのは……捕食。自分の生活圏を餌場として、自分の知り合い達を餌として、サーヴァントに喰らわせる。
「はっきり言わせて貰うわね。――アンタみたいな身勝手な下衆と手を組むくらいなら一人で戦った方がましよ。間桐慎二、選択肢を与えてあげるわ、ここで令呪を破棄して教会に保護されるか……」
 ああ、桜は泣くかしらね。わたしはコイツを許せそうにない。
「ここでわたしに蹴散らされるのとどっちが良いかしら!」
 わたしの言葉と同時に、二刀を装備したアーチャーがライダーへと突進する。
「ッ! ライダー、ソイツを殺せ! 遠坂もだ! ……いや、遠坂は殺すなよ、痛めつけるだけ痛めつけてから連れてくるんだ!」
 この期に及んでまだ馬鹿な台詞を喚いている慎二。ライダーも悪いマスターを引き当ててしまったものだ。
 慎二は全く気が付いていない。ライダーがアーチャーの攻撃を凌ぎつつもわたしの射線を妨害していると言うことに。このまま続ければ動きが制限されているライダーはアーチャーの猛攻に捕まってしまうだろう。
 わたしの方も左手を慎二に向け、射線が空き次第、ガンドを打ち込む用意をした。ついでに幾つかの宝石を右手に握りしめる。
「ク! ライダー。何やってんだ! 早く倒してしまえよ!」
 わたしの姿を認めて焦りを見せる慎二。
「愚かね、慎二。アンタをわたしの魔術から守るためにライダーは動きを制限されているの、気が付いて無いの? いいかしら? もしライダーが射線を開けたならその瞬間、わたしはアンタに攻撃する。正直手加減する気も無いし……言い残すことがあるのなら今の内に言っておいた方がいいわよ」
「な、なにを……」
「もちろん、逃がすつもりも無いわ。アンタの聖杯戦争は此処で終わりなさい」

 その時、曇天の空から気まぐれのように月が顔を出した。

「ええ、そうね。二人とも終わらせてあげるわ」
 深夜には場違いなほどに幼い……声。
 鈴の音のように響いたその台詞と同時に突如現れた物理的圧迫感すら感じられるほどの濃密な気配。
「ッ!」
 わたしは声の方角に視線を走らせた。
 月の光を背後に従え、地面に伸びる長い影。
 そこに立っていたのは、月の光を移したかのように白い少女と……その背後に付き従う鉄の城塞のごとき巨大な影だった。
 ……アレは拙い。
 あの巨大な姿をしたモノは人じゃない。アレはアーチャーと同じモノだ。英霊、ヒトの理想の果て。
 けれど、この存在感は何だ。この威圧感は何だ。この恐怖は何だ。
 まさに圧倒的だ。ただ存在するだけで絶望的に感じる死の気配。桁が違いすぎる。
「……バーサーカー」
 それは直感。七騎のクラスのうちの一つ。だが、本来は能力的に劣る英霊を狂化させることで能力以上の力を発揮させるはずのバーサーカーのクラスにあれほどランクの高い英霊を召還してのける。つまり、あれだけの英霊をバーサーカーのクラスとして制御してみせている少女の方も普通じゃない。
「近くで魔力を感じたから来てみたらトオサカとマキリを見つけるなんて運がいいわ。二人まとめて叩きつぶしてあげるね」
 無邪気に、本当に無邪気にほほえむ少女。だからこそ怖い。
 気が付けば、アーチャーがわたしの横に立っていた。ライダーも慎二の横に戻っている。慎二は……バーサーカーの気配に当てられたのか蒼白な顔で放心していた。
「慎二! 死にたくなければ手伝いなさい。アレは普通じゃないってことくらいは分かるでしょ!」
 正直、慎二なんか戦力に数えては居ないが、ライダーの助力は欲しい。それでも、アーチャー、ライダー、わたしでどこまで戦えるのか……。チ、何て弱気なことを。わたしは戦うと決めたんだ。戦うからには勝つ。勝つためにわたしは戦う。
「な、何言ってるんだよ。ボクは知らないぞ。あんなのを相手にして戦えるわけ無いだろ!」
 裏返った声で慎二が喚き散らした。
「何だよ、何だよ、何だよ! 卑怯じゃないか、あんなサーヴァントが居るなんて。おかしいだろ。ボクは知らない、知ったことじゃない……」
「……今代のマトウのマスターはずいぶんと軟弱ね。いいわ、貴方は見逃してあげる。どうせいつでも狩れるもの。わたしの慈悲に感謝して残された日々をおびえて過ごしなさい」
 蔑んだ一瞥だけを慎二に与えた少女はわたしの方に視線を向けた。
「……慎二、さっさと逃げなさい」
 わたしは少女から視線を外さずない。
「……! ライダー、ボクを連れて逃げろ!」
「……しかし……」
「いいだろ、早くしろ!」
 ダン、と言う音とともに、気配が遠ざかる。すれ違いざまに「御武運を……」という台詞が聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。
「……ね、リン。さっきから気になってるんだけど? そこで寝てる娘、何?」
 わたしの背後、先ほどライダーが襲っていた少女のことか。
「ライダーが襲っていた娘よ。……生きているかどうかは分からない」
「……そう、見逃すんじゃなかったわね。その娘も運がなかったね。それじゃそろそろ始めよっか?」
 軽やかな動きで行儀良くスカートの裾を持ち上げる。場違いで、この上もなく優雅に一礼する少女。
「初めまして、この地の管理者たるトオサカの頭首にご挨拶申し上げます。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば……分かるでしょ?」





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