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●国産コンピュータ

国産コンピュータの黎明

戦後間もなくアメリカからコンピュータに関する文献を入手し、コンピュータを製作した技術者がいました。

FUJIC 

日本で始めて半導体を使ったコンピュータは富士フィルムで1956年完成されたFUJICといわれています。自社使用のために完成させたので市販はありませんでした。プロジェクトの開始は1949年でした。
富士フィルムは当時光学レンズを製作しており、膨大な計算を必要としていました。
1939年に東京帝国大学物理学科卒業された岡崎文治と言う技師がほとんど独力で完成させたマシンです。
科学朝日にIBMのSSECというリレーと真空管を使った電子計算機の記事が掲載されていたのをみて、自分たちで作ってみようと研究を始めました。

FUJICはストアドプログラム方式(プログラム内蔵方式)で動作しており、プログラムは機械語でパンチカードにコーディングしていました。

完成したFUJICはさっそくレンズ設計の現場に投入されました。FUJICの登場により、計算速度は人手でやっていたときに比べ1000〜2000倍ほど上昇ししました。 しかし完成から2年半後、会社がレンズの自主設計中止を決定。これにより富士写真フイルムでのFUJICの任務は終了し、その後は早稲田大学に寄贈されました。 現在は国立科学博物館が所蔵しています。

FUJICの仕様
論理回路:2極管約500本、3極管など約1200本
インメモリ:水銀遅延管、容量255word(1word=33bit)
入力装置:カードリーダ
出力装置は:電動タイプライター
動作周波数は30KHz
加算時間は0.1ms、乗算時間は1.6ms

岡崎氏は後日本電気から専修大学経営学部の教授に迎えられています。

TAC (Tokyo Automatic Computer)

戦後(1948年頃),東芝のマツダ研究所研究部副部長であった三田繁は,欧米における電子計算機の発展とその将来性にいち早く注目し,個人の研究テーマとして電子計算機の研究(勉強)を始めました。1950年11月にマツダ研究所研究部に松隈良材,八木基と共に電子計算機の研究チームを立ち上げ,EDVACを題材にした勉強会を開始しました。

三田繁は1904年生れ.1928年(昭和3年)東京帝国大学工学部電気工学科卒業.同年,現在の株式会社東芝の前身である東京電気株式会社(1939年芝浦製作所と合併して東京芝浦電気株式会社となる)に入社しました。

1951年に,東大山下教授を班長とする文部省科学研究費による「電子計算機の研究」としてTAC開発がスタートしました,この時三田繁らの研究が認められ東芝も参加することになりました。

東大が主としてソフトウェアを,東芝がハードウェアを担当してTAC開発が進められたましが,東芝は完成を見ることなく1956年に開発から撤退し,東大の研究として引き継がれ,1959年にシステムが完成しました。

TACの仕様
メインメモリ:ウィリアムス管、容量512ワード(1ワードは35ビット)
外部大容量メモリとして磁気ドラムを開発
論理回路は真空管:7000本、ダイオード:3000個 を使用
入出力装置:紙テープ読取装置、電動タイプライター
動作周波数:330kHz。加算時間は0.48ms、乗算時間は5.04ms

ブラウン管メモリによるコンピュータは日本で「TAC」のみで、読出し書込みが高速で、当時の輸入コンピュータIBM650が、8時間かけても出来なかった計算を2時間で終了しました。 「TAC」開発に携わった人々が、その後のコンピュータ産業を興し、現在の基礎を築きましたた。高速性能の「TAC」は順調に稼動し、3年後の1962年(昭和37)7月に任務を終え廃棄されました。

ETL MarkT MarkU MarkV

また、通産省工業技術院電気試験所(ETL:Electro Technical Laboratry 現在の産業技術総合研究所)が日本の最初のデジタル式コンピュータとしてリレー式のETL Mark Iを1952年に完成、日本初のトランジスタ・コンピュータとして ETL Mark III を1956年にそれぞれ完成させています。

ETL Mark I はリレー式自動計算機で電気試験所でリレーを用いて1952年に試作された我が国最初のディジタル式自動計算機です。完全な非同期式で,当時は将棋倒し方式と呼んでいました。各処理が順番に実行されるようになっていてお互いに同期を取る必要がなかったのです。

当時真空管の信頼度は悪く,トランジスタはまだ実用化されていなかったため,電話自動交換などに多数使用され実績のあるリレーが部品として選ばれました。研究室員のみの努力によりETL Mark I は1952年に試作され良好な結果を得ました。この成果を受け,同一の理論・方式に基づき実用機ETL Mark IIが開発されました。

1956年に完成したETL Mark IIIは、FUJIC(これは真空管式)に続く国産2台目の電子計算機、トランジスタ式としては我が国初の成果です。  
これに力を得て、1957年11月にはMark IVが完成。さらに、磁気ドラムの改良や、開発されたばかりの磁心記憶装置の採用により演算速度を数十倍に向上させたMark IV Aを完成させました。
東京大学のパラメトロン計算機PC-2が出現するまで国産最高の演算速度を誇り、我が国での電子計算機の商業化の見通しをつけました。

ETL Mark IVの概要
記憶装置 高速磁気ドラム 回転数 18,000/rpm  回転アクセス時間 1.65ms
記憶容量 1,000語
平均演算時間 加減算 3.4ms 乗算 4.8ms 除算 6.4ms 比較 1.7ms
出入力装置  機械式紙テープ読取器 10字/sec
光電式紙テープ読取器 200字/sec プリンター 8字/sec
紙テープパンチ 30字/sec
主要部品 接合型トランジスタ 470個
消費電力 計算機本体 60w
記憶装置・入出力装置 500w
サイズ 計算機本体 140×20×120cm

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