旅行記

ポサーダに泊まる ポルトガル8日間
2018.5.18〜25

 今回飛行機が早朝発のため、人生初体験夜行バスにて前日広島を夜行バスにて移動、早朝大阪に到着、リムジンバスにて関空から旅のスタートとなった。  機内食の前に、初めてシャンペーンを頂いた。
 関空からポルトガル(リスボン)までは直行便がなく、パリで乗り継ぎ時間が4時間半でした。 2日目
トマール市内観光
キリスト修道院への道中、道端のポピーが可愛かった。。
 トマールのキリスト教修道院
12世紀にテンプル騎士団により建設。
14世紀にキリスト騎士団に改編され、彼らが管轄することとなった。
キリスト騎士団は、大航海時代のポルトガルを支えた。
ロマネスク建築、ゴシック建築、ムデハル様式、マニュエル建築、ルネサンス建築が融合した建築物である。
ジョアン3世の廻廊
テラスの上部には、有名なマニュエル様式の窓(下の写真)がある。
 ゴシック様式の墓の回廊  マニュエル様式の窓
コインブラ大学
ポルトガル中部の古都コインブラ。
リスボンに遷都するまで首都がおかれていたこの町にはポルトガル最古、ヨーロッパでも屈指の歴史を誇るコインブラ大学です。
 
校内には黄金に輝く豪華な図書館があったが、写真撮影が禁じられていたので、代わりにパイプオルガンを撮影した。
コインブラ大学から展望したコインブラ旧市街
昨年行ったチェッコのプラハに似ていた。
シティオ地区からナザレの海岸線を展望
夕食は、パエリア(これで2人前です。)  ナザレ海岸にあるレストラン(ここで夕食を頂いた。)
 
3日目 
ポルトガル発祥の地と言われるギマランイス。
それは初代国王アフォンソ・エンリケスが、この地で生まれたことに由来する。
写真はギマランイス城
 
町の広場の一角に「ポルトガル、ここに誕生す」の一文が記されている。
4日目
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼の道の一つに歓喜の丘があり、
そこで日本・スペイン交流400周年の石碑があった。
なぜか、石を入れた登山靴が置かれていた。
サンディアゴ・デ・コンポステーラは、エルサレム、ローマと並ぶキリスト教三大
聖地のひとつであり、9世紀に聖ヤコブ(サンティアゴ)の墓が発見されて以来
巡礼者がヨーロッパ中から引きも切らず訪れる。
 ポルトはドウロ川沿いにあるポルトガル第2の商業都市で坂の多い美しい
街。写真はドン・ルイス1世橋を渡っているところ。
この橋はエッフェルの弟子によって作られた、珍しい二十構造の橋(上が歩行者と電車、下が歩行者と車)
ドン・ルイス1世橋から見た船着き場の風景
 
電車もアズレージョ(青いタイル)して可愛いかった。 旧市街の中心にあるサン・ベント駅構内には、2万枚ものアズレージョ(青い
装飾タイル)でポルトガルの歴史が描かれている。
5日目
バターリャ修道院
ポルトガル語で戦いを意味するバターリャ
スペインとの戦いで勝利した約束として建てられた修道院です。

城壁に囲まれた中世の村 オビドス
城壁をくぐると、そこには花で飾られた白い壁の家々があり美しい村でした。
写真は村のはずれにあるお城です。
今はポサーダとしてホテルに変身していました。
 
ロカ岬
ここはユーラシア大陸最西端の岬
ここには、ポルトガルの詩人ルイス・デ・カモンイスの叙事詩の一節「ここに地終わり海始まる」を刻んだ石碑が立っている。 
 6日目
ベレンの塔
リスボンに出入りする船を監視する水上要塞
大航海時代に活躍した帆船型のモニュメント。
ポルトガルの英雄エンリケ航海王子を筆頭に約30人の像が立ち並ぶ。
中央広場の地面には世界地図が描かれ、大航海時代にポルトガルが新しい国に到達した年が刻まれている。
日本は1541年、スペインより50年前から交流があったことになる。
 ジェロニモス修道院
大航海時代の富によって建てられたポルトガルで最も豪華な修道院。
マニュエル1世が16世紀初頭に建築を開始、完成したのが19世紀。
バスコダガマと詩人カモンエスの石棺がある。
 クリストレイ(巨大なキリスト像)から見たリスボンの風景。
橋は4月25日橋。
サンフランシスコ橋と同じアメリカンブリッジです。
 2本の巨大な煙突が特徴的な「シントラ王宮」は、14世紀にエンリケ航海王子の父ジョアン1世が夏の離宮として建て、16世紀にマニュエル1世が莫大な富をつぎ込み増築。内装には高価なアズレージョが多用され、大航海時代の繁栄を偲ばせます。