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1.はじめに
イオン・クラスター・エアー、聞き慣れない言葉かと思う。真気と呼ばれることもあり、むしろこちらの方が一般的に用いられている。
近年クリーンルームなどへの応用が進み、またこのところの健康ブームもあって、このイオン・クラスター・エアー(真気)が注目を集めてきているところである。
筆者と真気との出会いは、数年前人工飼料を用いた蚕の無菌飼育施設を手がけたことに始まる。蚕は卵から孵化してさなぎになるまで4回の脱皮を行い(4眠蚕の場合)、そのうち稚蚕と呼ばれる1齢から3齢までの間、恒温多湿の状態で飼育しなければならない。冷却運転と加湿を同時に行うため、一般の空調システムでは十分な温湿度条件を保つのが困難であった。この条件を満足させたのが、これから紹介する真気を用いた空調システムであった。
2.「真気」の語源
「気」という言葉は元々漢方医学で用いられている言葉だが、現在でも我々の生活の中で普通に用いられている。「元気」「病気」「天気」などとともに、「気が滅入る」とか「気に入った」とか。
真気という言葉は、中医学(中国の漢方医学)の古書「黄帝内経」(こうていだいきょう、こうていだいけい、BC3世紀頃)に最初に登場する。
黄帝曰く「余は聞く、真気があり、正気があり、邪気が有ると。何を真気というか?」
岐伯は曰う「真気とは天より受けた所、穀気とともにあわせて身(からだ)に充ちています。*1)
後世の日本の漢方医学の考え方では 「真気」とは「先天の気」と「後天の気」(水穀の気)及び「宗気」(清気)の結合したものをいい、全身に栄養を満たす作用があり、臓腑経絡の生理活動を行い、生命活動の根元をなす。*2)
この稿では、マイナスイオンを大量に含んだ清浄な活性空気を「真気」(イオン・クラスター・エアー)と呼ぶことにする。このような空気が真気と呼ばれるようになったのは、元国立長野病院院長 小口喜三夫先生の命名による。小口先生は真気を喘息治療に用いて大きな効果を挙げておられる。 「イオン・クラスター・エアー」という言葉が使われだしたのは、ごく最近のことで、真気の持つマイナスイオン効果と、その水クラスター構造の特異性から命名された。
3.清浄空気としての「真気」
水が微細水滴に分裂する際に、付近の空気が電離する現象をレナード効果と呼ぶ。滝壷の近辺でマイナスイオンが多量に発生するのはこの原理による。
マイナスイオン発生量 (個/cm3)
対象条件 | マイナスイオン | プラスイオン |
神奈川県厚木市 | 210 |
240 |
浄蓮の滝 | *1 5,000 |
300 |
真気発生器 | *2 80,000 |
200 |
*1:滝壷から約10m
*2:吹出口付近
マイナスイオンには、除塵、除菌、脱臭、ガス成分除去効果などがあることが確認された。真気によって供給されるマイナスイオンを、水分子付加マイナスイオンと呼ぶ。
イオン・クラスター・エアー(真気)の発生原理を紹介しよう。円筒形の容器内で空気を高速に旋回させ、ノズルで水を噴霧する。ここで水は金属板との衝突によって微細水滴に分裂し、大量のマイナスイオンを発生する。この時、空気中の汚染物質が水によって洗い落とされる。この後サイクロン式の気水分離機によって、余分な水滴が除去され、マイナスイオンを大量に含んだ清浄空気が供給される。
写真1 真気発生機外観
メカニズム的には、エアワッシャー空調機によく似ているけれど、旋回流の中で水を噴霧させ、金属板との衝突エネルギーを利用し、マイナスイオンを発生させるところに特徴がある。空気線図上ではエアワッシャー空調機と同様の動きをする。
また水で洗い流すことにより、従来のフィルターシステムでは除去が困難であった、匂いの成分(アンモニア、アセトアルデヒドなど)の除去が可能となっている。高湿度空気を安定的に供給できるのも一つの特徴である。喘息治療に用いられて大きな効果を挙げているのもこの事による。
イオン・クラスター・エアー(真気)のもたらす効果について
真気のもたらす効果については、理論的解明が遅れていたが、ここ数年の研究によって少しずつ全体像がつかめてきたようだ。主に医学、生物学分野での研究が進んでいる。これまで明らかになった、真気とマイナスイオンのもたらす効果について、いくつか紹介しよう。
4−1 医学的な見地から
マイナスイオンの人体に対する影響
・血液の浄化作用
マイナスの電位を全身に負荷すると、血液中のカルシウム、ナトリウムのイオン化率が上昇し、血液の弱アルカリ化が進む。
・細胞の腑活作用
マイナスイオンの増加は細胞膜の電気的物質交流が促進され、新陳代謝が活発になる。
・抵抗力の増加
マイナスイオンの増加は、血液中のガンマーグロブリンを増やす。ガンマーグロブリンの増加は、病気に対する抵抗力を高める。
・自律神経の調整作用
すべての内臓・腺・血管など、我々の意志とは関係なく反応する器官をコントロールする不随意神経である自律神経の機能を向上させる。このため内分泌の働きもよくなり、造血作用も改善される。 このような作用から、マイナスイオンは鎮静、催眠、制汗、食欲増進、血圧効果、爽快感、疲労防止、疲労回復など全身に有効に作用する。*3)
4−2 質量分析学的見地から
現在真気中の水クラスターについての研究が進んでいる。クラスターとは、分子や原子が2個以上結合した集団のことで、水の場合水素結合によってクラスターを形成している。空気中の水分のクラスターは100゚Cの場合でも70%近い水素結合が残っている。真気の場合、水分子付加イオンの形でマイナスイオンが供給される。真気の場合、一般の湿り空気よりも水クラスターの大きさが小さいことが確認されている。室内を高湿度に維持しても、さほど湿り気を感じないのは、このあたりが影響しているのであろうか。 真気には除塵、脱臭効果のほか、生理活性があることがわかっている。食品の鮮度維持などに効果があり、これはマイナスイオンの効果によるものと考えられていたが、ここにきて水クラスターが影響しているとも考えられるようになった。
5.真気システムの空調分野への応用
さて、これまで述べてきた真気の特性を生かして、空調分野への応用を考えてみよう。真気には大きく分けて二つの特徴がある。
・除塵、脱臭効果
・マイナスイオン発生効果
5−1 除塵、脱臭作用を生かして
この特性を生かして、まずクリーンルームへの応用が考えられる。真気システム自体でかなりの除塵性能が期待できるため、後段のHEPAフィルターの負荷を軽減することが可能となる。食品加工のような、無菌度を重視する分野の場合、HEPAフィルター無しで構成することも可能かもしれない。
医療面への応用としては、手術室に採用すれば、高湿度を維持しながらの空調が可能となるため、手術野の環境改善に大きく寄与しうる。一般の手術室の場合、おおむね乾燥状態にあるため、患部を生理食塩水で浸しながら手術が行われることも有ると聞く。
除塵性能を生かした例として、浜松医科大学付属病院の集中治療室(白血病治療)に採用された真気バイオクリーンルームでは、クラス100の清浄度を35回/h程度の循環回数で達成していると聞く。
外気処理ユニットとして採用した場合、除塵、脱臭性に優れているため、外気環境の悪いエリアでも、粗塵フィルターを設けるのみで高清浄外気を供給しうる。構造上加湿機能を有することは言うまでもない。また空気中のナトリウムイオン除去効果が優れているので、ソルトフィルターとしても利用可能なことが確認されている。
工場の作業環境改善のための、給気ユニットとしての応用も可能である。20゚C程度の井戸水が利用可能であれば、冷熱源なしで冷房可能となる。また逆に排気側に用いれば除塵、脱臭装置として機能できよう。
近年パチンコホールへの採用例が増えてきているようだ。言うまでもなく喫煙対策として用いられているのであるが、結果は顕著な効果を示していると聞いている。喫煙によって空気中のプラスイオンが急増するとの報告があるが、真気発生によってイオンバランスが改善され爽快感を増しているのも好評の原因かも知れない。
5−2 マイナスイオン効果を生かして
この特性を生かした使い方としては、まず食品加工、保存の分野が考えられる。無菌状態が容易に得られることとあわせて、マイナスイオンの持つ生理活性が、生き物に好影響を与えることが最近の研究で明らかになってきている。高湿度環境を容易に実現できることも、食品分野での応用が進んでいる理由のひとつである。この技術を解凍に用いれば、食品に着霜させたまま解凍させることが可能となる。このことは食品の旨味を保持したままの解凍が可能であることを示す。最近の研究では、切り花の保存にも大きな効果を示すことが証明されている。
マイナスイオンの人体に与える影響について
医学分野での研究が進んでいることからも、医療分野への応用は大きく期待されるところである。筆者は自宅に真気発生装置を設置している。(ヒートポンプとその応用No.38「談話室」参照)妻の花粉症対策にと導入したのであったが、その他の呼吸器、循環器にも意外な効用が現れていることに驚いている。現在ある大胆な仮説を立てて実験を行っているので、その結果については、また別の機会に報告することにしたい。
6.おわりに
これまで、われわれ空調技術者は、空気の質について、温湿度が一定であるとか、炭酸ガス、粉塵の濃度が低いとか、定量的ファクターにのみ目を向けてきた。西欧技術のコピーであった以上やむを得ないことではあるが、大量のエネルギーを投入して、力任せに空調を行ってきた感は否めない。ここにきて真気技術に接してみると、それとは一味違った空調が可能なような気がしてきている。これまでの空調技術が、空間を対象としてきたのとは違って、生き物を対象とした空調が可能となったのである。われわれがこれまで目指してきた高精度空調ではなく、空気の定性的な質に目を向けた高品位空調を可能とする技術ではないかと感じる次第である。