浅尾法灯が聞こえるという天の声

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現代社会には物があふれ、人々の価値観は物によって左右されています。こころではなく物によって幸せをはかるときこころは荒廃して、人は幸せの中にいながら幸せをあじわえなくなります。信仰はこころのオアシス、荒廃したこころに一点の光明をもたらす救いとなります。しかし、見識に導かれた信仰は救いですが、盲目的信仰はアヘンとなります。

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いま親声がでました

浅尾法灯は講演会を「親声開説」と名付け「私は親さまからの声を、皆さんに伝えるラッパだ」と語りました。浅尾法灯が自然の泉を「親さまからの親令法灯により自然の泉がひらけたのです」というように親さまからの声「親声」を会員に伝えることが親声開説だといっていました。

浅尾法灯はときには具体的に、「いつ親声が聞こえてくるか分からないのです。風呂に入っている時に聞こえてくるとあわてて風呂から出て親声を書き留めなければならず、夜寝ている時に聞こえてくれば起きてメモするのです。ゆっくりと風呂にもはいれず、寝ることもできないのです、法灯は皆さんのようにのんきに生活できないのです。これも世直しの使命を与えられた法灯の果たさねばならない業です」と、親さまからの声を聞きながら生活しているといいました。

時には講演中に「皆さん、いま親声がでました」と会場の会員に披露することも度々でした。これを黒板にかき、会員は忘れてはならないと書き写して持ち帰りました。

本を買うことが徳積み「おまえは何冊買ったか」

浅尾法灯はサンケイ出版と講談社から「人生に行き詰まりはない」と「人生汗と涙と情」を出版しました。このとき、「中学をようやっとでた私ですよ、仏教哲学をなにひとつ勉強したこともない私が不思議に古代インド哲学が書けるのです。これには法灯自身が驚きました。これは親さまが書かせて下さったとしか思えません。ですから、この本は仏教学者さえ書けなかったものなのです。学者がこの本を読んで『これはすごい』とうなったのです。この本を買うことが徳積みになるのです」といいました。そして講演会の最中、「いまから親光泉をいれてやる、身体の具合の悪い者はたて」と会員をたたせ、「親光泉が入ったら身体が熱くなるから手をあげよ」と指示し、いつまでた経っても手をあげない会員がいると「おまえはいくらまごころをしているか、本を何冊買っているか」と聞き「まごころ」の金額が100万円にいっていない、本を10冊程度しか購入していないとばかたれ、たったそれだけか、皆さんこれで分かったでしょ。まごころもせん、本も買わん、だから親光泉が入らないのです」と怒鳴り上げて、会員を罵倒することは毎回のことでした。

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会員が買わされた書籍の山

浅尾法灯「皆さん宗教は普通新聞でははとりあげないのです。他の宗教が新聞にででいるのを見たことがありますか、自然の泉だけです原稿の依頼が来るのは、これを見ても自然の泉の素晴らしさが分かるでしょう。法灯は各出版社からの原稿執筆で飯が食えるのです」といいました。
浅尾法灯は講演会で講演の言葉をメモすることを禁止しました。「頭に入れてはいけない、左の耳から入れれば右の耳から出せばいいのだ」といって、メモをとる会員がいると怒鳴り上げました。録音器等を持ち込んでいないか会員によりチエックされました。

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世界格言・名言集を参考に親声づくり
「親声」はおやさまからの声ではないのか?
出版局編集部員の仕事の一つに親声をつくることがありました。出版局長の奥田氏が出版局にはいる以前は会員の原田智子氏(故人)が法灯講話を書き親声をつくっていましたが、原田氏が肝硬変で倒れ急きょ出版局に引き抜かれた奥田氏が原田氏のあとを引き継いだのでした。奥田氏が編集を引き継ぎ、最初のあいだは原田氏が書き残していた原稿を利用して自然の泉機関誌の法灯講話をつくっていましたがやがて原稿のストックも底をつくと奥田氏が書くようになりました。

親声は原田氏が以前つくっていたものを期間をあけて順に使っていました。同じ親声を2年おきぐらいの間隔でつかうのです。しかし、これも何年もやっていると同じ親声が何回も自然の泉の新聞にでてきます。すると浅尾法灯は「会員が知らない新しい親声をつくれ」と、要求しました。

奥田氏や編集部員のM氏は世界中の格言や名言を参考にして、作製しました。ときには広告のキャッチフレーズなどなんでも参考にしました。気に入ればそのまま使いましたが、浅尾法灯はそれを自分流につくりかえました。

浅尾法灯の講演会前日、あくる日の講演会で使用する親声をえらびだしそれを側近の青年部員が講演会の合間に黒板に書きました。すると浅尾法灯が登場して「皆さん、今親声がでました」と披露しました。すると会員はそれをメモして持ち帰りありがたがったのでした。世界の格言や名言の本を読んでいれば、何を参考にしてつくられたかはすぐ分かりますが、会員のほとんどは、浅尾法灯の「本を読んで何の役にたつか、頭に知識をつめこんでも何にもならない」の言葉に、本を読んでいませんからまったく何も分からない、気付かないのです。

例えば「結婚前は両目を開いて相手をよく見、結婚後は片目をとじていたわりあえ」は世界の名言集にある言葉です。「強くなければ生きられない、優しくなければ安らぎがない」という親声は「強くなければ生きられない、優しくなければ幸せになる資格がない」のイギリスの作家の言葉をつくりかえたものでした。

p.jpg 自然の泉紙「親声」
初期の「親声」の説明にははっきりと「どこともなく聞こえてくる」と明記してありますが、やがて「どこともなく浮かんでくる」といい方をかえています。


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親声制作エピソード
もと浅尾法灯付き人・若林伝氏の場合
平成5年に浅尾法灯のワイセツ行為が原因で3名の出版局員が退職したため、浅尾法灯の芝居見物の同行員がいなくなってしまいました。出版局の仕事は出版局長の奥田氏ともう1名程でできるのですが、浅尾法灯の芝居見物に同行する人間が必要で、そのため急きょ宇部市内にある会社(宇部セメント)に勤務する会員の若林氏を雇い入れることになりました、若林氏は熱心な会員で浅尾法灯を「釈迦、キリストの生まれかわり」と信じているほどで、浅尾法灯のいわれるままにすべてをしてきた会員でした。浅尾法灯は若林氏と芝居見物にでかけましたが東京でのこと、若林氏に「親声開説と親声のネタになる本を探してこい」と命じました。若林氏は東京駅前にある八重洲ブックセンターの中を走り回りましたが、なかなか見つかりません。「熊さん八っさんがでてくるような小話がよい。一休さんのとんち話でもよい」といわれましたがそう多くはありません。何冊かを手にして浅尾法灯に渡しますが「若林さん、悪いが何もとるところがない。なければ本屋に注文せい」という。若林氏はたまらず「先生本屋に注文するといっても何といえばいいんですか、もうこれ以上はここにはありません」と浅尾法灯にいったところ、浅尾法灯「ないじゃあ困る何とか捜せ」と怒鳴りだす。たまらず若林氏は「先生、講演で法灯は無から作るといっておられるではないですか、だから作ったらいいではないですか」といい返しました。すると浅尾法灯は若林氏に「そんな事ができればお前に頼むか」と怒鳴り返しました。若林氏は親声も法灯講話も親さまからの声で作られるものと信じていましたので仰天しました。

犬が逆立ちしてグッド

東京でタクシーに乗っていた時、浅尾法灯が若林氏に「若林さん来年の干支は何かの」と聞いたので「犬ですが」とこたえました。すると浅尾法灯「犬は英語で何というのか」と聞きかえし「ドックですが」とこたえました。すると浅尾法灯は「犬も逆立ちしてグッドと新年をよろこんでいる。ほらもう親声ができた。若林くん知恵をはたらかせよ」といったといいます。若林氏はすべてに失望していきました。ホテルのフロントで「ぐずぐずするな田舎もんが、こいつは田舎もんですからの」と大声で罵声を浴びせられました。東京からの帰りの夜行列車の中では「役にたたん、新聞でも切り抜け」とすごい数の新聞から講演に使えそうな記事を切り抜かされました。果ては小さなミスを見つけては「この百姓が」といたぶられました。ついに耐えられなくなった若林氏は自然の泉を退職しました。

法灯講話は平成9年2月に自然の泉出版局を退職した編集長の奥田氏が書いていました。奥田氏はそのために独学で宗教を勉強していました。そのための書籍はすべて自分が購入しなければなりませんでした。取材に使用するカメラも自分で購入しました。浅尾法灯は奥田氏が書いた原稿を校正するだけでした。自然の泉の会員は奥田氏の思想を学んでいたも同然でした。

平成9年2月に出版局員が退職した際、当然のごとく自分のお金で買った書籍やカメラを持って出版局をでました。すると、出版局員が退職した後、「出版局員が出版局の資料やカメラ機材を持ち逃げしました。いま告訴を考えています」と会員の集まりで公表されました

迷いの皆さんに良き導きになればと、法灯講話が製作された参考資料筆者を列記します。
大栗道栄 赤根恵諦 松涛弘道 山田無文 ひろさちや 加藤諦三 森本和夫 公方俊良 田中澄江 鎌田茂雄 
大林太良 市川白弦 大野達乃助 前田孝道 上田三四二 志村武 栗田勇 梯實圓 石田慶和 中村元 松原哲明
紀野一義 林村宗郁 山田恵諦 稲城選恵 影山春樹

日本教文社刊  「私はこうして祈る」 谷口雅春著  是非読まれるとよろしい、きっと驚きの発見があります。

t.jpegt1.jpg  編集部員が「自然の泉誌」や「親声」の製作につかっていた書籍
左・月刊「大法倫」 右・上記著者による出版物 

支払われていた原稿料

月刊誌・「主婦と生活」「ダイヤモンドBOX」「健康時代」 週刊誌・「週刊読売」「週刊女性」さらには「毎日新聞」スポーツ新聞等、浅尾法灯や自然の泉が取り上げられた随筆やエッセイがでる度に会員はその雑誌や新聞を大量に買いました。浅尾法灯は講演中に「皆さん宗教は普通、マスコミや新聞はとりあげないのです。他の宗教がマスコミや新聞にでているのを見たことがありますか、自然の泉だけですマスコミから原稿の依頼が来るのは、これを見ても自然の泉の素晴らしさが分かるでしょう。法灯は各出版社からの原稿執筆料で飯が食えるのです」と語り、これらの雑誌を買うことが徳積みであり、自然の泉の行といわれたからです。しかし、これらのほとんどの原稿はは広告のページを買い取り、広告と表示しないこと(月刊誌の新年号等はまとまった冊数の買い取り)を条件にしてライターに書かせた原稿を差し入れただけのページでした。そのため、浅尾法灯に原稿料が入るどころか、膨大なページの買い取り料、ライターへの原稿執筆料が毎月支払われました。

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月刊誌や週刊誌がでるたびにチラシがつくられ、浅尾氏の偉大さを宣伝する感泉行に使用され、会員は多量の雑誌を購入することが徳積みといわれました。

左から・月刊「健康時代」「ダイヤモンドBOX」「宝石」「主婦と生活」