浅尾法灯が書いたという掛け軸

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現代社会には物があふれ、人々の価値観は物によって左右されています。こころではなく物によって幸せをはかるときこころは荒廃して、人は幸せの中にいながら幸せをあじわえなくなります。信仰はこころのオアシス、荒廃したこころに一点の光明をもたらす救いとなります。しかし、見識に導かれた信仰は救いですが、盲目的信仰はアヘンとなります。

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大難が小難に、1千万円の価値がある

会員は100万円「まごころ」をするともらえる「光自在」の掛け軸を宝もののように思っています。それは浅尾法灯が講演会の中で「1000万円の価値がある。嫁入り道具はこれ1本でよい、この掛け軸を掲げていると、大難が小難に、小難が無難に、問題が解決する」といっていたからでした。会員にとってこの掛け軸が家にあるかどうかで熱心な素晴らしい会員かどうかが評価されるのですから、誰もが「光自在」の掛け軸を手に入れようと食べるものも食べず、「まごころ協力」をしたのでした。

講演中「いまから親光泉をいれてやる、身体の具合の悪い者はたて」と会員をたたせ、「親光泉が入ったら身体が熱くなるから手をあげよ」と指示し、いつまで経っても手をあげない会員がいると「おまえはいくらまごころをしているか、法灯の間参加カードは何券か掛け軸はあるか」と聞きまごころの金額が100万円にいっていない「光自在」の掛け軸をもっていない会員がいると「ばかたれが、100万円もだせんのか」と怒鳴りあげました。

浅尾法灯は講演中に「光自在」掛け軸「般若心経」遍額を書いた時の苦労談を語りました。「中学しかでていない法灯が書けるたのには、法灯自身が不思議でならないのです。もちろん何十日もかかりましたが、これも親さまが書かせてくださったとしかいいようがありません」といいました。

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「光自在」の掛け軸
「まごころ協力」を100万円以上するともらえる掛け軸。会員は浅尾法灯が書いた真筆と思っています。浅尾法灯はこの掛け軸を「1000万円の価値がある」といっていました。他に金額に応じて「般若心経」の遍額「色紙」「短冊」等の品物がありました。 

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原価は1万円

浅尾法灯「中学をようやっとでた法灯ですよ、よくこの掛け軸が書けたと法灯も不思議でなりません。大変なんです」と苦労談をかたり掛け軸の不思議さ、ありがたさを毎回壇上から語りました。「光自在」の掛け軸がない会員は、会員ではないような話ぶり、電話質問のときもはじめに「いくらまごころをしているか、法灯の間参加カードは何券か、掛け軸があるか」と聞かれ、「まごころ」が少ない、A券になっていないと「ばかたれ」とば倒され、ガチャンと電話をきられていましたから、誰もが法灯の間参加カードをA券にして「光自在」の掛け軸をもらおうと必死になったのでした。

浅尾法灯ははじめの頃は「一家に1本」といっていた「光自在」の掛け軸を、やがて「一人が1本」といい替えました。しかし、この掛け軸は山口県防府市にある斉藤印刷株式会社(のち倒産)のK氏の心配により、防府市在住の書家に書いてもらったものを印刷し、小倉駅前の表装店で表装したもので原価はせいぜい1万円程度のしろものです。「般若心経」の遍額も色紙も短冊も同様です。
毎日グラフが写真特集で浅尾法灯を紹介したさい、貝掘り、にわとりに餌やりなどの写真をだしました。これも浅尾法灯に書のたしなみがまったくなく、そのような写真がとれず、なんとかページを創作して繕ったのでした。

浅尾法灯「中学をようやっとでた法灯ですよ、その法灯がこの掛け軸を書けたのは親さまの力としか思えません」と、まるで親さまの導きで自分が書いたかのごとくいっていますが、浅尾法灯が書いた書はどこにもありません。本部事務局にある「人生は行なり」、研修センターの「殿は馬鹿であった 家来は補うために精進した」はもとより、何ひとつないのです。

書家は書を見れば、書いた人が分かるといいます。書家には分かるはずです。

浅尾法灯が執筆したという書籍、新聞、月刊・週刊誌の原稿も同様です。

浅尾法灯が壇上で呼びかけた「まごころ」協力と現実の「般若の里」はあまりに大きな隔たりがありました。浅尾法灯の青年部員へのホモ行為強要による編集部員の退職、青年部員の脱会を機に、自然の泉を脱会した会員から「まごころ協力を呼びかけて約束したことはでたらめで、これは詐欺ではないのか」と浅尾法灯への非難がたちあがり、「まごころ返還請求」の平成10年裁判の告訴へとつながりました。
この裁判で浅尾法灯は証言台にたち、「まごころ」協力を呼びかけたことへの証言を原告弁護士から求められました。

山口地裁での浅尾法灯証言

原告弁護士の「百万円のまごころをすると掛け軸がもらえますが、あなたの自筆ですか」の問いにこたえて
浅尾法灯・いいえ、わたしが書いたものではありません。

原告弁護士の「会員は掛け軸はあなたの自筆だと信じているのではないですか」の問いにこたえて
浅尾法灯・(趣意書を指して)どこにも法灯自筆とは書いてありませんし、親印書と書いてあります。また、掛け軸にも法灯としか書いてありません。法灯書と「書」の字が書いてあれば自筆でないといけないが、法灯としか書いてないでしょ。

原告弁護士の「掛け軸が一千万円の価値があるとか、掛け軸のことをいいましたか」の問いにこたえて
浅尾法灯・一千万円の価値があるなどと、そのようなことをいったことはありません。