龍東山  西楽寺

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T 伝;朝鮮半島銅製器

そもそも当山の元祖は元は当地の地侍にして,武士として豊臣秀吉号令の朝鮮の役(文禄・慶長の役)に家之子郎党引き連れて出征し,おそらく毛利家軍陣にあって立ち働くも,戦(いくさ)利あらず,戦況は日に日に辛酸を極め,ついには遠い異郷の地にて多くの家之子郎党を戦死せしめた。このことを悔い,生還の後,自らの家屋を寺となし,自身も出家得度して,仲間の菩提を弔い,以来数百年に亙って仏門に仕えることとなった。

先祖,まさにかの地にて,戦陣のさなかにて入手せる,あかがね(銅)の器もの。何に使用したかは不明ながら,由来書きを記した桐箱に篭められたまま数百年を閲しています。まさに,当山,珍品中の珍品。

 

古典文学や絵巻物の世界で,宮中女房たちの定番の遊具,「双六」がほとんど無傷のまま残されています。

盤上の白線は鯨骨をもって作りなし,コマ(一部紛失)も鯨骨で精妙に細工されたもの。江戸時代,当地の藩主浜田松平家の大奥で使われていたものが,何かの縁で当山に譲られたものという伝聞もあります。


U 宮中様式双六道具



V 白磁円型蓋付香炉
ちいさな木製塗りの蓋が載っておりますが,用途は香炉と思われます。銘はありますが,はっきりと何者かは判別できません。白磁の地肌もつややかで,形もしっとりとして,なかなかの物と思われますが,本邦のものか,唐ものかもわかりません。

仏典の一節(観無量寿経?)をサンスクリットと漢字でそれぞれ書した珍しい掛け軸で,これもいつからとは知れぬ昔から当山に伝えられておりますが,高名なインド哲学者の書であるということだけが語り伝えられています。

おそらく,先々代の住職が何かの交友から,当のインド哲学者から直接か,もしくは人を介して間接的にか譲られたもののようです。



W 梵字・漢字併記掛け軸

 

X 鉄製五重塔置物

 

 

戦前に中国大陸で手に入れた置き物で,今となっては多少は珍しくはあるでしょうが,そもそもはまったくの無用の長物。細工も荒っぽい作りではありますが,部分部分がセパレイツ(分離)できるようになっていて,その小箱に元は小物入れの役があったのかもしれない。

年ふりてみると,まさに年を経てきたということだけに価値のあるらしい置物になりきっている。

当地は「石見瓦」の産地で,赤色の硬質な瓦はとりわけ耐寒性に優れるため,古来裏日本の寒冷地帯の高級瓦として名物となっております。その瓦土を利用して,昔から民生用の壷・瓶の生産も盛んで,そうした瓶のひとつです。いかにも田舎の民家の土間にありそうな,土臭い色合いや風合いが「味」で,民芸好きの人にはお奨めです。

 

Y 口付陶製水瓶

 

Z 大谷光瑞門主実弟(尊由)直筆書

「尊由」の落款は,西本願寺の第22代の門主・大谷光瑞猊下の実弟大谷尊由師のもので,西本願寺の門主家(大谷伯爵家)に生まれながらも,時の政財界に雄飛し,貴族院議員から拓務大臣,内閣参議,北支開発会社総裁を勤めた人物です。

まことに,雄渾闊達。精気と自負あふれる書です。

一方,その兄,大谷光瑞猊下とは,大正期,中央アジアの学術冒険家として,スタイン,ヘディンと並び賞される異例の西本願寺門主で,その一代においてまさにアジア全域に足跡を残した人物でした。実弟尊由師もまたその気宇の壮大な気質を分け合ったのでしょう。

大谷光瑞猊下から直接の薫陶を受けた当山先々代が直接拝領したものと言われています。

当山本堂の天井近い柱に掛けられた,アンティークそのままの大時計ですが,立派に現役として,年来の法座のお手伝いをいたしております。お参りのお客さん方を見守ってすでに百年近くにはなるでしょう。

一度は掛けっ放しのまま見捨てられ,忘れられていたけれど,十年ほど前にせっかくの珍しいものだからと修理に出したところ,見事によみがえって,今でも正確な時を刻んでいます。

[ 大正期大型振り子式掛け時計

\ 岩苔

当山裏庭に人知れず植生した岩苔。これは,本来深山幽谷の地を選んで生える蘚苔類で,とりわけ人の手の届かぬ岩壁の上などにあるので,人里に見かけることは稀です。まして造作をした庭などには,本来,どんなに工夫をしても根付かないと言われていますが,どうしたわけかここでは極自然に昔から密生しております。
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