内容更新日:   2000/10/15 日曜日 20:53

 

[果てしなき雑感]

 

2000/9/17
日曜日
 いきなり秋の日和が落ちて来た。
 台風一過だろう。先週は東海地方に大きな被害をもたらした台風だが,それがスッパリと消え去ったら,たちまち秋が来た。
 透明な光,木々の梢の輝き,まだ夏葉のままだが直に黄葉するだろう。
 長らく蒸し暑い残暑が続いたから,パリッとした乾ききった大気に久しぶりに包まれると,まるで他所の国へ行ったような錯覚をもよおす。
 しかしこれは心のときめくような「錯覚」だ。日常に居ながらにして旅情を味わえる。贅沢な惑乱だ。
 日曜日,ウォーキングシューズで歩いて中心街まで出た。日の光を存分に浴びて,高く澄んだ秋空に恩寵を感じながら・・・
 こんな日にこそ孤独な思いは癒される。胸の底から生きていたことは悪くは無かったとも思えるし・・・
 どうせどこかに行こうと思っても行くことは出来ないのだがら,せめていきなり訪れた錯乱のような旅情で間に合わせれば・・・
 そうか,この光の具合,乾いた大気,周囲の景色の類似(実際には似ても似つかないのだが)・・・そんなこんなで,ここは,この歩いている道は中国大陸のどこかではないのかと思うのか,思いたいのか。
 重ね合わされた幻想の映像の中を・・・歩く。帽子のひさしの向こうに,夢の去来のようにありとある中国の風景画が現れては消える。幻影なら幻影でかまわない。このまま幻影の中を歩いて散歩を続けよう・・・
 久しぶりに身を入れて散歩をするような気がする。炎暑の時期にはとてもじゃないが歩く気にもなれなかった。
 汗は出たが気持ちよく歩いて,大きな本屋に至った。パソコン雑誌を一冊買い求めて,それをぶら下げて,また歩き始める。理髪店に達する。理髪。
 店を出ると,すでに日は暮れかけている。上空は青々としているが,街は薄暗がり。歩き出す。爽やかな夜気が身も心も包む。
 好い休日だった。しかし好かろうと悪かろうと・・・

2000/9/18
月曜日
 勤めに出るが感興なし。自らの倦怠,草臥れ,怠惰,諦め・・・すべては己のせいではあるが,自分ほどの不運はまたとあるまいとはいつも思うことだ。
 米代を稼ぎ,明日の釜の蓋を開かんがためにのみ,こうも行き詰まったタツキの生き暮らし。誰も同じことだが,わずかの米代のために不条理なこの屈従。
 生活・「生」はこの世での人間の苦の根源。苦に耐え切れねば,人間を辞めるしかない。
 
 しかしいっさいを,合財をぶち投げてしまいたい心の奥底の情念・・・心は心でスッポリと空洞のように抜けてしまっているのに・・・

 この日も皮肉なほどに美しい秋日和だ。
 なぜこんな至福の静寂な日和が,沈滞し,不如意に萎縮した心の向こう側に広がるのか。
 あこがれ出る心の先さえ見通せぬ。
 ビルの屋上の植木の葉は金属のように日光の中に揺すれる。
 至高の時間だな・・・しかし苦悩は肉に食い込んで膿みつづけている。


   のがれ出でたる屋上で
     赤き夕日(ひ)にあう
       その秋は乾きつづける


2000/9/19
火曜日
 秘書が略式起訴になって,森田健作議員の政治生命は首の皮一枚でつながたったようだ。自民党に復党して欲しければ向こうから頭を下げて頼みに来るべし,などとはまさに「虎の尾を踏む」に等しい。口は災いの元。権力者にはこの世のことで出来ないことなんてないのだ。若手の無役の政治家を破滅させるくらい朝飯前だろうに。

 シドニー五輪で女子水泳ががんばっている。平泳ぎの田中選手は100メートルでは負けたが,その態度物言はたいしたものだ。美人だし,二十歳ちょっとの人だが人間的にすこぶるしっかりしていると感じさせる。勝ってキャアキャア騒いでる娘(こ)もいたけれど,それから比べると田中選手の落ち着いた態度はそれだけで感動もの。オリンピックのメダル数なんてどうでもいいけれど,こんな若者が日本にもいるのだと思うと頼もしくなる。(オヤジくさい感想だな)

 長野県知事選に立候補する作家・田中康夫氏のことが世上を騒がせている。
 女の口説き方を妙に入り細に入り描いて,読者の劣情を刺激して業としている人物が何を思って地方公共団体の首長選に出馬するのかいまひとつわからないが,彼を取り巻く状況はかなり明らかになって来たようだ。彼を担ぐ側の政治的な動機にはまたそれなりに深刻なものがあるようだ。
 要するに保守政治体制内に分裂があって,一方が負けを覚悟でとにかく抵抗を表わそうと田中氏を引っ張り出したらしい。県庁出身者による知事の継承,と言っても正確な意味での県庁出身者ではない。自治省からの天下り官僚の県庁幹部による「世襲」が実態で,いわゆる県採用の職員上がりというわけではない。天下り官僚と地生えの職員ではまったくの身分的な相違があって,それはどこでも同じことだが,その区分よりはやはり保守政治勢力内部での対立が根本原因であろう。
 ひとつの安定した体勢が長らく続くと,それを覆して自らの利を求める勢力が必然的に発生してくる。冬季五輪の一応の成功で固まっていたはずの体制にひびが入りだしたのだろう。ダメだとわかっていても抵抗を示すということは,それだけ相手に無言の圧力を与える。そのための使い捨ての泡沫候補として採用されたことを田中氏はもっと真剣に自覚しなければならない。
 なんぼ作家が知事になれる時代でも,「女の口説き方」ではちょっと無理なんではないのかぇ・・・

 

2000/9/21
木曜日

 世俗世界では人は,這い上がれる時にはどんなことをしてでも這い上がらねば,生涯惨めな立場にズルズルと落ち込んで行くことになる。チャンスは決して多くはないのだ。
 這い上がるべき時に,わき目も振らずに一心不乱に努力して,世俗社会における「立場」を奪い取ってしまえば,後はその余禄で満足の行く人生を送れるということは,いっさいの可能性を失ってからでないと本気には理解できないことだ。
 組織内における勤め人の地位はもちろん,資格,事業実績,経歴,すべて人生のある時点のガムシャラな目標達成意識と実際の努力なしにはものに出来ない。
 世俗世界の競争はそのくらいに厳しく,引き返しの効かない「修羅」だ。
 しかし負け犬としてホザかせてもらうんだが,修羅の競争だけが人生のすべてでもあるまい。そう考えた時が,まさに競争から進んでリタイヤしたことになるだが・・・。競争を諦めれば,人は自分が本当に好きなことに向かう。そこに暇や熱中や努力を傾注する。「出世」に使えば十分に地位や収入を増やせるはずの労力を,自分の趣味に蕩尽し尽くすバカというものがあるのだ。
 しかし所詮趣味人の数寄事はそれだけのこと,それでついでに世間でも好い目を見ようなどとは虫が良すぎると言うものだろう。
 世俗の出世には一片の役にも立たぬことを知って,しかも好きだからやり続けるというのでなければ本当の「バカ」ではない。バカでない者はケチな「出世」に血道を上げていればいいのだ。

 金はなんとか食って行けるだけのものを稼げばよい。地位はなくても,少なくとも渡世人にならなければよい。そんなレベルで趣味の何事かに没入して,そこから未曾有なものを導き出せればそれでよしとするべきなのだ。
 フランスの現代抽象画家のアンリ・ルソーのような例は極端にしても,少なくとも税関の使い走りの仕事をしながらでも人は歴史に名前を残せるのだ。しかし初めからそんなことを図ってする「スケベ根性」でそんな仕事(歴史的な画業)をよく成し得るだろうか。ルソーの心は無心だったという。無心に絵画が好きで,無心に創作し続けた。後にそれが世界中で評判になっても彼は税関職員の頃となんら変わることなく無心に描き続けた。
 趣味に生きようと,仕事に命を賭けようと,どっちも究極は「バカ」であることに変わりはなくて,同じバカに違いはないんだけど・・・



2000/9/25
月曜日

 勤め先で休暇をもらって,一日ぼんやりと過ごす。
 しかしぼんやりしていると,自分の人生の行き詰まりがむしろ先鋭に目立って,かえって神経が苛立たせられる。
 中原中也の詩ではないが,「おまえは何をして来たのかと,風が問う・・・」わけで,かえってじっと落ち着いていられないのだ。こんな時は,あても理由もなくてもとにかく家の外へ出てしまうことだ。ジェームズ・ジョイスの「ユリシーズ」の主人公みたいに,街へ彷徨い出ることだ。そうすれば神経も別の方へ気が向く。
 日和も良し,微風も涼やかで,戸外へ出るのはありがたい。
 元宇品の海岸公園まで自転車で行って,海岸沿いの散歩道を往復して歩く。
 目の前に広がる内海の風景に気持ちが和む。夕日に変わりかけた日が,沖から波打ち際までをバラ色に染める。磯の匂いが肺に染み込む。人気ない遊歩道を黙々と歩む。歩むことだけでも心が落ち着く。
 そして遠い海の船影。近くを宇品港出入りのフェリーが通り過ぎて行く。バラ色の波が揺れつづける。海鳥が視界をよぎる。
 海岸端をわけもなくそうして歩いていると,またまた思いは遥かな自嘲と悔悟へ向かう。自嘲して悔悟する。悔悟してまたまた自嘲する。いづれにしろ空しくも,遠い思いだ。
 夕日がもっともっと色づいて,海と島の世界が黒ずむように暮れて行く。そうやってまた一日が自分の手元から零れて行く。痛恨が一皮重なる。自分の彷徨の意味がわからない。

 夜,またシドニー五輪のニュースを見る。女子水泳のチームが帰国した。やはり田中選手は美人だ。しかし彼女の母親は私より年下・・・

 

2000/9/28
木曜日

 最近は,じっと戸外の風景を見つめることに何のこだわりもなくなってきた。果たしもない時間,ただ漫然と意味もなく外界の光や風を見つめていることができる。
 こんなことがいくら出来たところで,何の自慢にもならないが,そんなことさえが生きているという実感につながる。
 別に肉体的に衰えたとは感じないが,精神だけはもういい加減に老いきってしまっているとは思う。老成なんかではない。
 心の疲労と,希望も展望もない人生への倦怠・・・いったいこれから先,まだ何十年も生きられるだろうか。
 そんな気持ちには秋の日差しに揺れる並木の葉叢のきらめきが何よりの慰めになる。

 ふと気づくと,半時間近くもボーッと眺めつづけていることもある。こんな半時間を何に費やせばよかったかなんて考えたくもない。誰に迷惑のかかるわけでもなし,一種の至福を得られたと思えるならば,そんなケチな「幸福」でもいいではないかと・・・
 いまさら動く必要もないと思う。旅行へ行かなくても,心の痺れたような陶酔の中で別の世界の別の風景を感じ取ることが出来る。「見る」ことも「聴く」ことも出来る。
 しかももうこの年だ。いまさらどこへどう身動きしようというのか。煩わしいだけの旅行。それよりは心を遠くへ飛ばせば世界中へ旅が出来る。簡単で,安上がりで,無難。
 昼休みの公園のベンチには,だから私のようなバーチャルトラベラーが寂しげな背中で樹木の日陰に留まっている。

 

2000/10/5
木曜日

 この世に生まれ出た「人」を人が本当に無条件で尊敬するなんてことはできない。この世で人を裏切らない人間というものは存在しない。それは人が時間の経過と共に変化して行くものだから,そしてその欲望・思念もまた変化して行くからだ。
「仏」ならば,人は無条件で尊敬し,崇拝することが出来る。仏の本質は不変ということだから,その慈悲にも変質はない。
 仏教は,人間に対する徹底的なペシミズムの認識の上に出来上がっている哲学だ。絶対に人間を信用しない,絶対に人間に希望を抱かない。よほどの人間嫌いな者が発祥させた「思想」なのだ。(それはたしかに「仏説無量寿経」を読めばよくわかる。)


 昨日も市民プールで夜の水泳をした。日中どんなに世俗仕事で草臥れていても,プールサイドに立つと気持ちが昂揚して,身体も軽く感じるのはどういう作用なのか。もう年も若くはないし,目標や向上心があるわけでもない。(いまさら速く泳いでどうなる?)
 それでも身体を動かすのは嬉しいし,意気が上がる。水泳をやると,本当に心底からの快感を覚えられる。
 それに夜の屋内プールというのは,明るくて,広くて,どこか別世界じみている。その雰囲気自体になかなか捨て難いものがあるのだ。ガラス天井やガラス壁,青白の,あるいはオレンジの電光,水面の揺らぎ,水音,よく響く人々の声・・・少なくともそんな場所に参加しているということは,死の床にあるのではないという自己満足の保証にもなるだろうか。


 先週NTTフレッツISDNへ申し込みしたので,明日は設定されるはずだ。
 さすがにインターネットの月々の料金にネを上げていたので,定額の料金制度はありがたい。HPの保持のために元のプロバイダのアドレスも残すが,その二重費用を計算しても,定額なら経費が半分以下になる。それでも外国から比べると2〜3倍の料金だ。
 インターネットのホームページは基本的にはボランティア精神によって支えられているものだから,そのへんは社会全体で十分な理解を頂戴したいものだ。HPを運営するのに個人に,月々数万円を負担させるなんて惨い社会ですよ・・・まぁ,好きでやってんだから,只の愚痴ではありますが。


 織田無道とかや,芸能人の「坊さん」について,テレビでやっているのを家人が見ていたので,つい私も。
 この人も一応臨済禅僧らしいのだが,そして坊さんがきちんとした堅気の生活や,ましてや戒律一途の暮らしをせねばならぬということはないと,私も思います。肉を食らおうが(痛風にはご用心・・・),ランボルギーニに乗ろうが(羨ましい・・・),遊ぼうが(しかし女性はなめるなよ!),そんなことは仏教僧の価値とはなんら関係はないが,しかしそこから仏教の思想にとっての何を汲み取ってくるかということが問題になるだろう。
 仏教者としての真剣な問題意識がないのなら,それは坊主の行為ではない。ただのダダケ者(遊び人)のノウテンキな道楽に過ぎない。
 古来,破天荒な個性に事欠かぬのがこの種の人間(坊さん)の特徴で,なかなか面白い人間を世間に提供して来たものだ。
 一休禅師などもまさにそうした代表的な人間で,お世辞にも堅気とは言いかねる。しかしそれは出世間の心意気を生きたということで,決して金儲けや人気取りになさったことではない。生死の出離をぎりぎりに問い掛けた上での破天荒であった。
 しかし織田無道師がなぜ「除霊」などという反仏教的な言説を弄するのか。霊を否定するために,釈迦は2500年前に成道したのではないのか。
 もちろん本人は十分わかった上で,有名になるための「方便」としてあえてそんな「冗談」をやっているのだと内心では言いたいのだろうが,その属する宗派はなぜそんな基本的な脱線を黙認しているのか。もし浄土真宗の本願寺派であれば,僧が「霊」で儲けようなどとしたならば,即刻除籍処分になるはずだが・・・

 

2000/10/7
土曜日

 この世の生き道は,「欲」と愚痴との三人連れだ。
 やがて一人で渡って行く道は開けるだろうか。

 二河白道とは浄土への往生の謂れを説く概念だが,それは一本の白い道が我々の汚辱に満たされた現世の人生から延びているとする。
 その道はふたつの河に挟まれている。一方は紅蓮の炎が燃え盛っている河。炎は道を焼いている。他方は暴流の水の河で,その激しい怒涛は道面を舐めている。凄まじい構図である。
 しかも背後からは凶悪な山賊どもが追いかけて来る。止まれば,殺される。行けば,道の途中で炎や怒涛にやられてしまうかもしれない。行くも地獄,止まるも地獄である。
 しかしこの道は浄土へつながる道だから,そのことを信じてやはり勇気を奮って進むべきなのだ。通り抜ければ,寂静の安楽世界が待っている。そのように比喩される。それが「往生」ということの生々しい現実相だ。

 二河の炎や怒涛は結局おのれの欲望(煩悩)そのものだろう。煩悩を怖れれば,結局背後から山賊の群れに囲まれて殺害される。山賊とは俗世間そのものだ。俗世間がワイワイと喚き立てながら追いかけて来る。
 みな,刀や槍を振りかざした悪意の塊たちだ。彼らを待って,彼らに妥協して,従順にその意に従ったところで,結局最後は吊るされて,皮剥ぎにされる。どんなに甘言を弄して抱き込もうとしても,彼らは弱い者から順番に殺してゆく他にはないのだ。
 目の前の恐ろしい火と水の風景にたじろぐことなく,浄土への道を信じて突き進め。そう弥陀は呼びかけるわけですが,寓意は実に生々しい。

 おのれの煩悩も,恐れることはない。そういうことなんだろうと,考えています。
 命尽きようとする者には,それはあちら(浄土彼岸)への飛躍を促すでしょうし,まだまだ生きねばならぬ者には心の置き所を暗喩するでしょう。


 まさに,そんなことを考えていた昨日,中国地方で大地震。我々の今生の存在自体が,天変地異の真っ只中にあることを思い知らされます。
 しかし,ひどい揺れでしたなぁ・・・

 

2000/10/9
月曜日

 体育の日。市営プールはこの日だけ無料になっていた。お客が多い。無料だからってこの日だけ運動しても,たいして効果はないんだろうけれど・・・
 まあ,死生出離の道を本気で模索する人にとっては,結果的に運動で一年二年長生きするなんてのはナンセンスな話で,また運動したからって本当に寿命が延びるという保証もない。
 蓮如はしきりと人の命の「定命」ということを言うが,それは結局人間は死ぬべき存在だということを謂っているのだ。60年の定命とか,70年の定命とか言って競い合ったって無意味だ。百年後には誰もいないんだから。
 人は死ぬべき存在,そしてこの世に生まれ出たその瞬間から自分の「死」に向かって歩みつづける存在。そのことをいつも,いつも考えていればいいのだ。
 だから身体の健康さは是非にとも思う。これは矛盾していようか。
 いや,そんなことはないでしょう。複雑な病気を抱えて,生きながら半ば死にかけているような生存の仕方は,まさに死ぬべき存在だから嫌だ,忌諱したいというのが正直な心理ではないだろうか。
 身体の当面の健康に運動が良いというのは科学的には常識だから,それを信じてやるだけだ。


 しかし運動をやって健康を保てる(保っているつもりの自己満足でも)ということは,たしかに現代でも贅沢なことだろう。人にはやらねばならぬことが山ほどあるから,それらの障害をすり抜けながら,運動のための時間と機会を確保するのは実は並大抵のことじゃない。
 運動そのものよりも,そっちの心労の方がはるかにシンドイのだ。時間の調整,施設への移動,自分の体調・・・とにかく運動を義務化した時から,心配事は倍になりますよ。(笑)
 他の趣味ごとや道楽は,まずすべて犠牲にするだけの覚悟がいるでしょうね。
 私も,最近は映画なんてすっかりご無沙汰になってますが,これもひとつには運動をしなければならないという「義務」のためです。
 そのくらいやはり病気というものは恐ろしいし,長生きはしたくなくても,とにかく健康で暮らしたいという欲求が変な,矛盾した考え方とは思えないくらいに,現代では病気についての情報が過多になっているんです。病気の恐ろしさの情報の豊富さによって,かえって我々は何かに追い立てられている。特に生活習慣病なんかのありとあらゆる症状の恐ろしい有様・・・
 やはり我々を真剣に動かすのは「恐怖」だけですかね。

 

2000/10/10
火曜日

 秋の明るい夕暮れには,「浄土」を覚える。これが,そうか浄土なんだと・・・
 ひとりっきりで公園のベンチなんかに腰掛けていて,周囲の木々の枝葉の光るさまを見ていると,いやでもそんな気持ちになってくる。
 その明澄さ,その静寂,その大気の心地よさ,すべてが浄土だと語っているみたいだ。
 思いは先走って,このまま息絶えてしまえばいいのにと考えもする。
 生かされているはずの命,そんなにやけになってしまっても始まるまいに,生きていることよりもむしろこの美しい瞬間に消えてしまいたいという思いはどうしても強い。
 

 ある有名な大学の先生で,世界中に旅するのが趣味であり,仕事であると書いていた人があった。マスコミにもよく顔を見せる,若手の,バリバリのやり手だが,一年の内の百日以上を外国旅行に費やすという。しかも滞在するのではなく,次々と国を渡って行くという。辺地も辺境もお構いなしに移動して行くという。
 勝手な想像だが,おそらくお金持ちなんだろう。大学の旅費ではこうは行くまいし,自分の行きたいところだけに旅行するなんてマネはできないだろうから,自費による旅行に違いない。
 それにしても費用は自分で賄うとしても,時間はどうするのだろうか。いくら大学の教授でも百日間も毎年休ませてくれるだろうか・・・余計なお世話だと言われれば返す言葉はないけれど。
 まあ,とにかく行かれるそうで,すでに世界の大半の国を周っておられるとのこと。まだまだこれからも世界中を巡り歩くという抱負を語っておられる。
 移動して移動して,動き回ることで「未来」が見えて来るそうだ。羨ましい限りだが,しかしそこまで熱中すると,かえって旅行も苦痛になるのではないかとも思います。
 たまに行くから物見遊山の楽しい経験になるのでしょうが,一年に百日間も出ずっぱりであれば,それが束縛になってかえって面倒くさくはないのだろうか。外国旅行というのも疲れることだし,危険も大きい。移動で未来が見えるというのもわかるような気がしますが,そのために大変なご苦労を背負われることになる。
 やはりよく考えれば,羨ましくもないか・・・

 公園で秋の夕暮れの日差しを楽しんでいる方が,よほど気が利いている?

 

2000/10/13
金曜日

 仏教の勉強は現代の一般教養科目にはない「特殊な」教養であるから逆に,それは面白い。しかも東洋人にとっては,それは直接歴史そのものでもあるので,いろんな方面からのアプローチが可能で,人それぞれに知的好奇心を刺激される。
 とりわけ現代は情報の量だけはとてつもなく大きいが,本気で接触してみるとさっぱり中味がないといったものが大半であるように感ぜられる。浮薄な情報ばかりが奔流のように流れ過ぎる時代には,朴訥なほど生真面目に本質論議を提供する「仏教」はむしろ例外中の例外で,それがかえって新鮮な印象を呼び起こすのだ。
 人はどんなに朴念仁であってもいつかは哲学宗教に関心を開かれる。ほとんどそれが自然の摂理でもあるのだろう。そうでもなければ,一銭の得にもならず,何の出世のタシにもならぬ仏教などというものが2500年も生き延びて来れるわけがない。
 おそらく人はふと哲学に心を向ける。身近な「哲学」を研鑚するとすれば,その体系の大きさと歴史的な親近感から,やはり仏教をまず攻略せねばならないといった意欲も湧くことだろう。
 そのため,書店でも「宗教,仏教」のコーナーは静かな人気サイトで,またマスコミでも硬軟それぞれに宗教を取り上げると結構視聴率が取れるらしい。
 個人の趣味教養の次元ではたしかに世間の止むことのない関心を集めつづけているのだが,では宗教教団の活動の趨勢はどうかというと,これは正直言って退潮の傾向にある。現代のサラリーマンや退職者,経営者や学生は仏教の本はちょくちょく読むが,お寺にまでわざわざ出向こうなどとは思わないようだ。まあ,それも時代の流れだから致し方ないし,私が詠嘆して見せるべきことでもない。
 しかしただ問題なのはこれが大乗仏教の「知恵」であるということ。すなわちそれは学んで,理解してそれで終わりという類のものではないということだ。それは人に還元して,他人の感情や思念や認識の中で再度練磨されて,そこから出てくる反応によって生きてくるものだ。
 大乗の知恵を「般若(プラジュニャー)」と呼ぶが,それは文言を読んで理解しただけでは完成しないものだ。それならば仏教は書物の中だけで終わっていただろう。それは終始,他者への受け渡しと,共感と,相互批評によって始めて生きた知恵となる性質のものだ。
 また仏教にはそもそもの性質からして,「達成」ということもない。何時間何年間勉強したとか,どんな点を取ったとかなんてことはまったく関係がない世界だ。おのれの生き暮らしの中から求める気持ちが自然に湧くし,取り合えず求める心が止めば一応それまで。しかしまた別の思いが苦を伴ってやって来るだろうから,その時にまた仏教が必要になる。その繰り返しというだけのことだ。本を熱心に読んで「受験勉強」しても,受けるべき試験なんてどこにもないのだ。
 それは何も,落雷のような衝撃的な認識の転換といったものである必要はない。ふと耳にした一言,片句によって何となく心が救われることもある。何かが見開かれることがある。そうしたことの「縁」を増やそうというのが大乗のサンガの意義なのだが,とまれそこでは取り合えずの「知恵」の交換がなされねばならない。
 他者が要件として加わらねばならない。それが大乗の知恵についての根本認識であり,自分一人の認識や達悟などは小乗の悟りであり,これを称して「独覚」という。独覚の自己満足では大乗の般若には達しない。
 大乗仏教とは自然なものだ。そして他者への影響の問題を抜きにしてはありえない。他者に還元し,他者から還元を受ける。そしてそれがたくさんになると,つまり「菩薩道」と言われるようになるかもしれない。

 

2000/10/15
日曜日

 少し暑いけど,秋晴れの静かな日曜日だ。
 午後から呉に出向く。
 呉市立美術館で開催の「ジャポニズム展(USA,ジェーン・ジマーリ美術館蔵)」の招待券をもらっていたので,午後から一人でJR呉線に乗って行った。
 呉線からは広島湾の内海の景色が一望できる。このローカル線だと,こんな隣町に行くのに半時間もかかるが,それでも秋の日差しにきらめく海や島を車窓から見れるのは嬉しい。最近しばらくご無沙汰していたし・・・
 呉に近づくと,沖合いに黒っぽい軍艦の姿がちらほらと見える。かつて戦艦大和を生んだこの海軍基地の街は,いまでも海上自衛隊の最重要な基地で,ちょっと普通の田舎町とは雰囲気が違う。私は嫌いではないが,人によっては忌む者もあるだろう。
 かつて海軍鎮守府長官官舎敷地であった入船山が,市立美術館のある市民公園になっている。東郷平八郎も山本五十六もその官舎に住んでいたらしい。この呉基地は,首都圏を管轄する横須賀海軍基地よりも上位に位置付けられていて,ここの長官に赴任することは完全な出世コースだったらしい。
 私は駅から健康のために歩いてそこを目指した。と言っても,せいぜい十五分ほどだが。
 鬱蒼とした樹木に囲まれて,小ぶりな近代的な美術館はひっそりと佇んでいる。もう辺りは夕暮れが始まっているのだ。海からの照り返しで空ばかりはまだ明るいのに。
 七時までの開館なのでゆっくりと見れる。いつものように,まずさらっと見回って,それから改めて出発点に戻ってゆっくりと気に入った作品を堪能するというやり方で鑑賞に取り掛かった。
 テーマは要するに西洋人が描いた日本風(珍奇な日本風も含めて)の絵ということで,結構面白かった。19世紀に日本の絵画が西洋に大きな影響を与えていたのはもちろん知ってはいるが,こんなにも広範囲に無名有名問わずに多くの画家たちに何ものかを与えたというのは意外だった。決してフランス印象派だけの問題ではなかったのだ。そもそも絵画手法の根源が発想転換を迫られたということかもしれない。
 それまで西洋人は身近な自然をそのままに描くなどとはしなかった。草木,花鳥,虫,四季折々の風物風景,雨の様子,風の様子,月光の気配・・・しかも要所だけを極めてデフォルメして。浮世絵でも何でもそれは日本ではありふれた技量だが,それが西洋画家の衝撃であったのはよくわかる。
 とまぁ,そんなありがたい知識と鑑賞を多少得させてもらって,美術館を後にする。黄昏の公園を抜けて,海自の共済施設(かつてはこれも海軍将校の由緒あるクラブだったらしいが)の建物の前を通り過ぎ駅へ向かう。
 19世紀の西洋の画家は日本に憧れたかもしれないが,一方その頃のこの街はむしろ西洋に憧れていた街だった。当時は日本でも珍しい機能的な洋風建築の工場やビルがあった。東洋でおそらく最も進んだ海軍基地であったろうし,また海軍という組織自体も最先端の輝かしい先進文明の象徴だった。
 しかしそんな一時の繁栄も意気込みも昔日の記憶の彼方で,今は斜陽著しい地方都市になりきってしまっている。そうした少しすがれたような街の黄昏を用もないのにテクテク歩いているのは,なんとなく楽しい。