「一片の氷心」の日記サイト(MEMORIZE)での書き込み → 一片の氷心
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これは,中国の四大奇書のひとつ,「水滸伝」をこよなく愛してやまない当山院家がその古典を換骨奪胎させて,新たに作り直してみた「作品」でありまして,好漢の忠義を描いた「水滸伝」の作者に対して,わたくしはあくまでも「悪」そのものに魅せられて,破滅して行く人間の悲劇を描きたかった。1990年作品。
これはわたくしどもが地元の戦国武将,毛利元就についてのわたくしなりの「新解釈」でありまして,地方地頭から一代で西日本最大の領域を占める大大名へ成り上がった男の,その骨肉の謀略を考察してみたものです。嫡男毛利隆元の死は古来から謎とされておりましたが,これを毛利体制安泰のために父元就が謀殺したものとみなし,その過程をドキュメンタリタッチで淡々と描いてみました。骨肉の争いといってもそれは決して,憎しみ合いでも,激情でもなく,まさに自らの運命として流されて行き,やがて歴史に飲み込まれて行くことになる,そうした人間を描き,またそうした運命観も著したい。1992年作品。
応仁の乱後の混沌とした室町社会で,足利幕府管領として一時期権勢を振るった細川政元について,その奇怪な時代背景と自身の面妖な性癖との織り成す,摩訶不思議な「権力者」の半生を描く。 「管領を辞めたい」,「天狗になりたい」,「諸国漫遊に出たい」 そんな好き放題の「飛んでる男」の,うつけ果てた生き様。人界に紛れ込んだ「怪物」とも言えるし,浮世の粋人とも考えられよう。この時代には存外,こうした男が少なからず出現した,その集大成が織田信長であるわけだが。1992年作品。
諸子百家中の法家思想の大成者,韓非子は自身数奇な人生を経巡って,最期は悲惨な刑死を受けた思想家として有名であるが,このシリアスな(あまりにシリアスな)思想家の一端を,滑稽味に満ちた一種の「悲劇」として跡付けてみたい。思想的には冷徹な合理主義者ではあっても,所詮ウエットな感情を如何ともし難く,ライバル李斯の仮借ない合理の処断によって歴史の隅に追いやられた韓非子。では,李斯その人は歴史を制したのか。結構スイスイと読める軟性文体で書いてみた作品。1992年作品。
番外小説・地獄についてのお話。 結局,こんなものかという不思議な諦観をもって行ってください。
作品は,古典落語「地獄八景亡者戯」を下敷きにして,どうせ参らせていただく我らの「故郷」をそれらしく描いてみたものです。どう描いてみたところで,所詮は寂静以外に浄土はなく,浄土ならざればこの世もあの世も,地獄そのものという作者の硬い「信念」も隠されているわけ。1993年作品。
T.ミッシェル氏への手紙
T.ミッシェル氏は,フランス系日系人の国際ビジネスマンで,当山院家とはかねてから御昵懇にしていただいておりますが,現在は米国はロサンゼルスに在任されてご活躍されております。
その氏に向けて,わたくしが時節毎にお送りした通信文をここに掲げることには,多少の抵抗がありましたが,むしろ「死と終末」の主題に係って真剣な考え方を吐露したものであり,また氏も公表するについてこの志を諒とされましたので,あえて掲載することといたしました。
まずは,平成9年の中国旅行の次第について。華北の奥域,山西省大同市の雲崗石窟寺院まで旅行したおりの記録です。
| サイバー寺院・西方極楽寺院家紹介(塞婆山・西方極楽寺)
@今生での姓名 : 伊藤 節(いとう たかし) |
サイバー空間,すなわちサンスクリットで「スカーバティ」(漢語で「極楽浄土」と呼び習わされている仏国土)に
おける当山については,この穢れ多く,苦悩に満ちた穢土(サハー世界)に本地垂迹したる精舎がありますので,
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