二軒小屋から反時計回りで砥石郷山、恐羅漢山縦走を紹介します。

日時 05年6月19日 天候 晴れ  登山者 トリプルセブン山の会 9名
三角点 砥石郷山二等三角点  恐羅漢山三等三角点
地形図 1:25.000  三段峡  戸河内
コースタイム( )内は標高
二軒小屋8時00分(805b)→横川小学校跡8時40分(690b)→ヨビヤ峠9時20分(810b)→
田代集落跡9時50分(650b)→砥石郷山11時20分(1177b)→夏焼峠12時00分(1063b)→
恐羅漢山12時55分〜13時40分(1346b)→旧羅漢山14時10分〜14時20分(1334b)→
十方山登山口15時00分〜15時10分(963b)→二軒小屋16時00分(805b)

総行動時間 8時間     実行時間 約7時間 
距離約14キロM 平均歩行速度 約2`b/時間
累積標高約1100b (1100bの山を登り下山したことになる)

砥石郷山地図
歩いたコース カシミールから作成
砥石郷山展望図
内黒峠展望台から歩いた山の展望(05年6月27日11時撮影)

横川小学校標石 二軒小屋から横川小学校跡
二軒小屋に集まったのは9人でした。8時00分大規模林道の舗装された道路を歩き始める。
昭和45年3月に廃校になった横川小学校の残材が、平成16年春に完成した大規模林道路下に集められていた。その標石と残材を見学した後、8時40分ヨビヤ峠に向った。
小学校の残材
標石 学校の残材?
ヨビヤ峠 ヨビヤ峠9時20分通過
この道はかって生活道だった。田代部落から児童が小学校に通ったそうだ。道には木製の電柱が残っており、碍子も見られた。電気も通っていたのだろうか?
田代部落には今誰も住んでいない。田の跡、屋敷の跡だろうか?石組された跡地には杉が植林されていた。
碍子
ヨビヤ峠 碍子
横川橋 田代橋9時50分通過
橋は今日の最低鞍部で標高650bだ。登る山、砥石郷山は1177b、標高差は527bだ。平均勾配は23度、広島の山でこれほどの勾配で長い距離はここだけだろう。ほとんど直登の道をあえぎながら、休みながら、ササユリに励まされながら、90分かかり砥石郷山山頂に着いた。
ササユリ
田代橋 ささゆり
砥石郷山三角点 砥石郷山三角点11時20分通過
夏焼峠12時00分通過、ここで2名リタイヤして下山。腹は空いているが、恐羅漢山山頂まで頑張り昼食(12時55分〜13時40分)
14時10分旧羅漢山頂、ここにはオオヤマレンゲが咲き誇っていた。縦走路には更紗満天星躑躅の花が散りかけていた。
オオヤマレンゲを撮影
三角点 大山蓮華を撮影
十方林道を走るバイク 十方山林道に15時00分着、10分休憩
RV車でも通れないほど道は荒れていた。その林道を吉和までバイクで走るのだろうか? 5人の若者が私達に会釈をして走って行った。
石がゴロゴロ歩くのも、シンドイ道を50分歩いて出発点、二軒小屋駐車場に帰ったのは16時00分だった。
二軒小屋駐車場
バイクが走る 駐車場
恐羅漢山頂で記念写真 更紗満天星の花びら
完歩した7人 散った更紗満天星の花びら
 トリプルセブン山の会は私が現役で働いていた時、職場の山好きが集まり、Kさんの定年送別登山を、97年9月13日に深入山で実施したのが最初でした。以来、年に2回から4回旧交を温めながら続き、今回で33回目になりました。
 この度は恐羅漢山を中心とした歴史と古道に、興味を持っておられるHさんの紹介で歩きました。コースにはオオヤマレンゲ、サラサドウダンツツジ、ヤマアジサイ、ササユリなど多くの花と出会いがありました。横川小学校跡と田代部落を結ぶ道は、今は使われておらず藪になり、道が途絶えた所もありました。。田代の部落も何時まで人が住んでいたのでしょう、広い部落跡は杉が植林されて、完全に山になっていました。
 田代橋から砥石郷山に登る道は、県内最大の急勾配で長い距離と思います。標高差は527b、距離1.4kMを90分かかりました。100b登るのに17分です。砥石郷山、恐羅漢山、旧羅漢山からの西中国山地の山々の展望も抜群です。これだけ変化に富んだ山歩きは、他にないと思います。
                          05年6月吉日記