スカーレット・ウィザードを読み終えて(長文・覚悟して読んでね)

(大好き!スカーレット・ウィザードへ)


 スカーレット・ウィザードは怒ったり笑ったり、泣いたり、
とても人前で読むのがはばかられる本である。
人前で読んだら変人扱いされるかもしれないので覚悟が必要だと
いう意味である。
 設定にはSFに詳しい人に言わせるとかなり無理があるそうだが、
それを無視してもとても楽しめる本である。
 
 スカーレットウィザードの主人公ケリーはとても格好がよくてまあ、
何をやってもさまになる男だとおもう。
 全巻終了後もちゃんと覚悟を決めてあたりはもうどうしようもないくらい
格好がいい。重い過去を背負いながら生きているというのも
そのひとつかもしれない。なんでもそつなくこなし、人好きがして、
でしゃばらない。こんないい男はそうはいない。

 私にとっては女主人公とも言うべきジャスミンはもっと素敵で
可愛い存在だとおもう。大富豪のお嬢さまが生来の体の弱さを、
おきて破りの遺伝子操作で克服したのはいいけれど、
他の人より随分短い期間しか生きられないという時限爆弾つきと
言うところは見事に少女小説の王道といえるのではないか。
 最初はとっても奇抜な格好と申し出、財閥の後継者争いの変な条件に
疑問を感じるけれど、これで、父マックスがジャスミンに
年齢制限をつけたこと、大財閥のお嬢さんが一兵卒からの軍隊生活を
何故目指したかがはっきりして、納得できる。
 つまり、幼い頃にであったケリーへの思いを持ちつづけて軍隊に入り、
ケリーのやったことで自分の生きていることを実感しようとした事も。
生きたあかしとしての生殖活動に対する気持ちは自分勝手と
言えない事もないけれど、まあ生殖というもの自体が
そういう意味を持つのだから、それはジャスミンに限ってのことではないだろう。
そして、軍隊生活に入る前も入ってからも、きっとどんなに苦しい時にも
あの時のケリーの後姿が脳裏にうかび離れなかったのだろう。
 「25歳になって種馬を本格的に探し始めた」とき、探していた相手が
あのケリーだったというのは本当に複雑な気持ちだったと思う。
死んだと思っていた相手なのに生きているわけだから。
しかし期限が迫り、自分にもそうチャンスは多くない
(一年に一回くらいの排卵)から「必死だった」というのもうなずける。
 クーアキングダムの中のケリーの部屋でシャワーの後「やるか」と
言ったときのジャスミンはここで出来なければという覚悟と、
思い続けて来た相手との行為への期待が込められていたんだと思うと、
胸がつぶれそうになる。今後の自分がどうやって生きていくか、
戦闘開始といったところか。
 多分明日にはこの男と法的にも夫婦になれる。
しかしその後のことはわからない。うまく妊娠できれば私の子供は
この男にとっても子供になるのだ。口ではただの種馬と言いながら
その選定にあれだけの苦労をしていたのだ。
本当に思い入れがないわけでないのだ。
 妊娠発覚のあとケリーに乞われて
「お前の子だから産むのではない。お前の子を産むのだ」とついに言う。
ケリーには理解不能とうつったようだがこれは私に言わせれば、
他の男など考えていないという意思表示だ。
私はこの命で、お前の子しか妊娠する気はないのだという壮絶なものを感じる。
 ダニエルが誘拐されたときのジャスミンの描写の割に、
死ぬときに全くでてこないというのが疑問と言った人がいた。
だがジャスミンにとってダニエルは既にゆだねてしまった後だったと
いう気がしてならない。故意にか不可抗力にか、
ダニエルは最初から直接的な育児は養育係の手にあずけられていた。
ガーディアン脱出のときのケリーの口説きは一般社会ならプロポーズだ。
契約だった結婚がお互いの間でそれだけではなくなったということを
お互いが認識しあった一瞬。そのときに、ジャスミンの中では
ダニエルも信頼できる人たちの中へ押し出していったところではなかったろうか。
そして、自分にも甘えを許したのではないか。
例え今死ぬにしても、ケリーがいてくれるという状況の中で、
死んでもいいかと。一人きりで何もかも背おわなくても、
愛するこの男に託してもいいかなという甘えではなかったか。
まだ言わなければいけないことは残っているけれど……と。しかし
実際、夫婦であっても本当に重要なこととはなかなか言葉に出来ないものである。
その為多くの夫婦がすれ違いに悩みながら生活している。
これを考えると、怪物夫婦と言われるジャスミンとケリーの夫婦も
ごく普通の夫婦であったかもしれない

 その後の4年間、ジャスミンはケリーの姿を見、ダニエルの成長を見、
時限爆弾の作動を待ちつづける辛く楽しい時間であっただろう。
 脚にまとわりつくダニエルの描写は幸せそうな一家の時間をほうふつとさせる。
本当によく子供は脚にまとわりつく。
私も友人の子供たちがもぐりこんだテーブルの下で私たちの話を聞きながら
足にまとわりついて遊んだ想いでをたくさん持っている。
 ダニエルとのふれ合いの中でクイーンビーに乗せたとき、
ジャスミンはもう待てなかったのではないか。
本当ならこんな成長した姿は見ることが出来なかったはずなのに
思いもかけず4年間という時間が与えられた。
赤ん坊のままならクイーンビーに乗せることなど考えなかったかもしれないが
ここまできたなあという感慨と共に、記憶の端に残ること、
将来思い出してはくれなくても「海賊になれ」という言葉と共に
「おかーさんのあかいひこうき」に一緒に乗ったという事実を
残しておきたかったのではないかと思う。信頼の置ける人たちに
あすけたこの幼子の脳裏にすこしでも母の面影があっても
というあがきにも似た思いがあったのではないかと思う。

 毎日寝る時に明日は目覚めないかもしれない。
今寝てしまったら、この家族の姿は永遠に見ることが出来ないかもしれない。
そして、今やらなければこの仕事は出来上がらないかもしれないという
あせりとあきらめ。絶望の中の幸せ。辛いなあと私は思う。
私には怒ったりするときのジャスミンは泣いているようにも見える。
そして目覚める時の幸せ。私は今日一日生き延びることが許された。
またこの子と、夫と、愛する人たちと一緒にいられる。
私はこの期間のジャスミンのことを思うと涙を止められない。
しかしジャスミンにはそう思ったり、涙を流す閑さえ惜しかったのかもしれない。

 そしてこういう私の想像するような姿のジャスミンをそのまま書くことが
作者は出来なかったのではないか。あくまで勝手でわがままで
女王然とした姿のまま最後の時を過ごさせてやりたかったのではないだろうか。
 最後にダニエルが表に出たところを書けば本当にお涙ちょうだいにしか
ならない気がする。それにならずにジャスミンとケリーに焦点を
当てつづけたかったような気がする。
 現実に親が病気の時にその姿を見せたくないと子供を
側に寄せない親は多いし、葬式でも子供が
他人の目に触れるようなところにはおきたがらないものである。
愛する子供を興味本意の視線に当てたくない、
また、変に子供の感情を高ぶらせたくないと残された片親は思うのである。
そこに、出てこなくても、いつも慎重な養育係や
いつもジャスミンを見守ってきたイザドーらがきちんと監督しているに違いないと
感じさせる。何と言ってもクーアの家は大富豪であるのだ。
大事な後継ぎを混乱に乗じて何かしないものがいないとも限らない。

 イザドーといえば、幼い頃からのジャスミンとケリーを知っており、
誰も知らなかったジャスミンの妊娠も早くから知っていた唯一の人である。
(別にジャスミンは隠してはいなかったようだし、ジンジャーは気がついていたふしもある)
最後の時にあたってもジャスミンを看取り、ジャスミンの遺言に逆らって
冷凍睡眠処置を施してしまった実直な執事。
ジャスミンの計画を詳しく唯一知っていたんだろう。というか推測できたのかもしれない。
母を早くに亡くし、忙しいマックスを父に持ったジャスミンにとって、
父にも母にも感じることもある人間であったのだろう。この人の苦悩も察して余りある。
今後もケリーやダニエルの私生活をしっかり守ってくれる人なんだろう。

 ジャスミンが最後にダニエルと一緒のケリーを呼びとめた時、
その一瞬、ジャスミンは幼い「ミリィ」だったかもしれない。私にはそう思えてならない。

愛するジャスミンやその周囲の人へ愛をこめて 


(大好き!スカーレット・ウィザードへ)