筝(こと)をならう5

箏と三弦


前へ  次へ

家に筝がやってきてきょうで4日になる。
毎日朝夕筝に触れるようにしている。楽しいことはとても楽しい。

だが、なかなかの難関である。
先生からは「調弦が狂っていないかしら」とわざわざお電話いただいたが
それが狂っているかどうかが判断つかないと苦笑するしかない。
爪をつけて譜面を読みながら練習するが手元と目元がなかなか一致しない。
やはり譜面は覚えて演奏するべきだと納得。
しかし若い頃のようにはさっさとものが覚えられないのが悲しいところだ。
手と目の上に歌が入るとめちゃくちゃである。
しっかり手元を見るためにも根本は暗譜であると実感する。
地唄の発声は西洋の声楽の発声とは違うが
地声で歌うことになれていないのでつい
学校で習って十数年の馴染み深い発声になってしまう。
学校教育の恐ろしさを垣間見たような気がした。

私たちは子供の教育をつい学校や塾に任せがちになっていて
進学や成績には興味があるがどんな教え方なのか、内容はどうなのかには
少し関心が薄いと思う。
いつも子ども達に関心をもつべきだと本当に心から思う。
でないと一律画一的な教育のみを施された人間がどんな状況を引き起こすか、
今の社会情勢を見ても納得がいくような気がしてならない。
恐ろしいことである。
筝の練習一つしてみてもそういう考えが浮かぶようになってきた。
筝は奥深い探究心を呼び起こすのであろうか。

筝の譜面は私の習っている先生は日本式のたて譜(よこ譜もある)をお使いである。
私のような西洋音楽一辺倒のものにもわかりやすいように
音符の長さ、休符の長さを西洋音楽に例えて教えて下さる。
ありがたいことである。
五線譜になれていない場合には日本式の譜面はとてもわかりやすく合理的な楽譜であると私は思う。
五線譜では音の状態を示しているが、日本式では音の出し方を示しているからだ。
ただ五線譜では同じ楽譜で楽器の種類が違っても同じ音を出せるが
日本式の譜面では楽譜を書き換えないと同じ音は出ない。
違う楽器の楽譜では譜面が読めないという事態が起こるかもしれない。

ただいろいろな国との楽器との合奏をする場合には
五線譜が読めてそれで演奏できる方が便利だとおもう。
しかしどんな音楽でもそれぞれ演者の耳がよければ
楽譜なしでそれぞれの楽器の音を合わせることは可能であろうし
すばらしい演奏者であれば耳のよいことは条件のひとつだから
問題ないかもしれない。

今一番問題なのは私の記憶力と調弦があっているかどうか判断することだ……。

でもできない(>_<)

前へ  次へ


箏と三弦