着つけというのは?

きものの舞台裏


 着つけという言葉は、どうも着物を人に着せるということが主体になっているように思いますが、
みなさんはいかがですか?
 着物を着ていると多くの人が「私も着付けができます」と話しかけてこられます。
どうもその人たちは着付けの学校に通われたようです。

 たくさんの道具や紐を使って、着崩れをしないように、決まった形であることが美しい
という価値観が、学校では教えられるようですね。
 そして現実にはその方たちは、着物を着ていらっしゃいません。
 それは一体どういうことなんでしょう?

 わたしにとって着物を着ることは日常着であり、衣服ですから、着崩れして当たり前。
紐はどんどん少なくなりますし、動きやすくと工夫していくことは当たり前。
汚れるので洗いやすようにとか、汚れないようにカバーするという考えも当たり前なのです。
 私は、自分がきものを着ているのであって、着付けをしているのではないと思ってしまいます。
親が幼い子供が着るものを一つ一つ袖に手を通したり、しながら習う着る方法だと思っています。
だから学校で習う着付けというのは、私のしているものとは違うように感じられるのです。

 お茶もお花も、もちろん系統付けられた歴史がありますが、それはしらなくても
家でお茶も飲みますし、花も花瓶に飾ります。
 きものも、早く何とかしないと家で着る方法はなくなってしまいそうなそんな気がしてきます。

 私はいまそういうことをしようと思っています。
家で親が教えるようにきものの着かたを広めることです。
日常通用することだけなので、たくさんのことは必要ありません。
下着ときものを順番に着ることができて、半幅帯が結べること。
ちょっと出かけるときの名古屋帯、袋帯が結べること。
道具は少なく、安いこと、自分で工夫し、他人と共有する楽しみを知ること。
それだけで着る方法としては十分です。

帯の結び方はいろいろありますが、一度にたくさん覚える必要はないと思います。
なぜかというと忘れてしまうからです。
率直に言って、使わないものは忘れます。
ただでさえ着ることが少ないと嘆かれる着物で
帯の結び方をたくさん覚えても、結ばなければ忘れてしまうのです
素敵な結び方を見たら、そのときそれを習えばよいのです。
一番オーソドックスなお太鼓は、簡単で、ぶつかったりしても形が崩れにくく、帯をいためず
そして帯の美しさを表現するのに、最適な結び方だと思います。

私自身は名古屋帯や袋帯で他の帯結びをしたいと思いません。
遊びの結びなら半幅帯が値段も手ごろですし、遊びの雰囲気が演出しやすいと思います。

 冠婚葬祭の服装に関する常識は、そのとき(時代)その場所(家や地域や続き柄)でずいぶん違います。
そのときそのときで、ご一緒する方たちに相談することが大事だと思います。
学校で習ったから、本にこうかいてあったから、では通らないのが人との付き合いです。
私の実家も父方母方で違いますし、夫の実家も違います。
呉服屋さんに聞いても、地域や家族が違えば、またそれも、正しいとは言い切れなくなります。
親戚があれば、その数ほどやり方は異なるのです。それが当たり前です。
それを一律に教えることは無理ですし、それぞれ、家族のやり方を無視しているように感じられるからです。

早くそれをアップできるよう準備しているところです。


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