先生は、冷たい。 私が目の前で泣いても、表情ひとつ変えずに平然として居る。 何時だったか、余りに恨めしくて、言った事がある。 「 先生、女の子が目の前で泣いてるんだから、少しくらい優しい言葉かけてくれたって いいじゃないですか・・・。 」 ―― そうしたら先生は、やっぱり表情を変えずに、答えた。 「 ・・・泣くな、と言った処で、泣き止むものでも無いであろう。一体どう言えと? 」 「 どう・・・って、そんなの・・・ 」 「 口先だけの優しい言葉を期待して泣いて居ると言うのなら、尚更、 かける言葉など持ち合わせて居ない。 」 「 ・・・・・・・。 」 それ以来私は、先生の前で涙を見せる事の無いよう努めた。 先生に鬱陶しいと思われるのは、嫌だったから。 冷たい人だと思っても、やっぱり、好きだったから。 その日も、夕食が済んでから消灯までの数時間を、何時ものように先生の研究室で過ごして居た。 特に何をするでもなく、ソファに座って本を読みながら、先生の仕事をするのを見て居た。 時折、先生が、思い出したように口を開く。 「 ・・・ 」 「 はい? 」 「 ・・・寒くは、ないか? 」 「 ・・・いいえ。大丈夫です。 」 「 そうか・・・。 」 何の意味も無いような会話。 でも、先生なりに、気にかけてくれているのだと、嬉しくなる。 先生らしいなぁ、と、思わず可笑しくなってしまう。 そうしてまた、沈黙が戻る。 聞こえるのは、先生がペンを走らせる音と、私が本のページを捲る音、 そして、ランプの炎の微かな音だけ。 ふと、テーブルの上に、見慣れない、白い封筒を見つけた。 先生宛てに届いた手紙の様だけれど、封を切った様子は無かった。 「 ・・・先生、 」 「 ・・・・・何だ。 」 「 これ・・・お手紙、読まれないんですか? 」 「 ・・・手紙? ―――― ああ・・・・ 」 先生は、面倒臭そうにペンを動かす手を止めた。 「 済まぬが、燃やしてくれ。 」 「 ・・・・・え? 」 「 読む気は元より、この手で始末する気も起きぬのでな。 」 「 ・・・・それは、どういう・・・・ 」 余りにも唐突過ぎて、先生の言っている事の意味が掴めない。 「 どういうもこういうも、言葉通りだ。 」 「 でも・・・手紙を燃やすなんて・・・・ 」 「 我輩が、そうしてくれと頼んで居るのだ。 」 「 ・・・何で、そんな・・・・・ 」 「 だから、読む気も始末する気も起きぬ、と言ったであろう。 」 「 そんな・・・・そんなに嫌な手紙なんですか? 」 「 ・・・・・・父親から ――― だ。 」 先生は、溜息をついて苦笑すると、吐いて捨てるように、そう言った。 何も、言えなかった。 どうしていいか、分からなかった。 父親からの手紙を、読みもせずに 「 燃やせ 」 と言い放つ・・・。 「 親は子を慈しむもの、と相場は決って居るらしいが・・・・・例外も存在する。 」 私が返事に困って居るのを見て、先生は更に続けた。 「 あの者達は、我輩を道具か何かとしか考えて居ないのだろう。 」 「 ・・・そんな・・・ 」 「 ・・・誰よりも、我輩の死を、望んで居る者達だ。 」 「 っ・・・先生!! 」 思わず、大声を上げた。 何が何だか分からない。 私の知らない、先生の過去。 どんな事が起こっていたのか、全く知らない。 先生の言葉が、冷たくて、悲しくて、 だけど私は何も知らない事が、苦しくて、 涙を堪える事が、出来なかった。 次から次へと溢れて来る涙を、どうする事も出来なかった。 「 ・・・っ・・・めんなさ・・・い・・・・ 」 どうにかして泣き止もうにも、一度泣き始めたら止まらない。 泣かれる事の嫌いなこの人の前で、 どうしよう、どうしよう、 そう思えば思う程、涙は止まらない。 ――― と、不意に目の前が暗くなった。 顔を上げると、先生が立って居た。 「 ・・・・せん・・・ 」 言い終わらないうちに、先生はしゃがんで、私の髪をそっと撫でてくれた。 黙って、撫でてくれた。 そして、ますます堪え切れなくなって、先生のローブにしがみついて泣きじゃくる私を、 先生はずっと、抱き締めてくれて居た。 漸く落ちついた時には、もうどれくらい時間が経ったのか分からなかった。 「 ・・・・・先生、ごめんなさい・・・・。 」 「 何が。 」 「 先生、泣かれるの、嫌いでしょう? 」 「 ・・・・まあ、場合によるな。 」 「 ・・・・場合? 」 「 只、甘ったれて泣いて居る様なのは、同情する気にもならぬが・・・ 」 「 ・・・・・・・・ 」 「 今のの涙は、そうでは無いであろう。 」 「 ・・・そう・・・ですか・・・? 」 「 ・・・・・済まないな、泣かせてしまって。 」 「 ・・・・っ 」 ――― また、何も言えなくなってしまった。 そんな顔で、微笑わないで。 訊きたい事も、言いたい事も、たくさんあるのに。 そんな風に、悲しい顔で、微笑わないで。 先生は、優しい。 そんな先生が、好きで好きで、どうしようもない。 好きで好きでどうしようもなくなると、悲しくなる。 何時か、聞かせて欲しい。 私の知らない、先生の過去。 先生の気持ち。 そして何時か、聞いて欲しい。 悲しいくらいに先生が愛しい、私の気持ち ―――― 【back】 |