■ Tears ■


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先生は、冷たい。

私が目の前で泣いても、表情ひとつ変えずに平然として居る。



何時だったか、余りに恨めしくて、言った事がある。



「 先生、女の子が目の前で泣いてるんだから、少しくらい優しい言葉かけてくれたって
 
 いいじゃないですか・・・。 」



―― そうしたら先生は、やっぱり表情を変えずに、答えた。



「 ・・・泣くな、と言った処で、泣き止むものでも無いであろう。一体どう言えと? 」


「 どう・・・って、そんなの・・・ 」


「 口先だけの優しい言葉を期待して泣いて居ると言うのなら、尚更、

 かける言葉など持ち合わせて居ない。 」


「 ・・・・・・・。 」




それ以来私は、先生の前で涙を見せる事の無いよう努めた。

先生に鬱陶しいと思われるのは、嫌だったから。

冷たい人だと思っても、やっぱり、好きだったから。











その日も、夕食が済んでから消灯までの数時間を、何時ものように先生の研究室で過ごして居た。  

特に何をするでもなく、ソファに座って本を読みながら、先生の仕事をするのを見て居た。

時折、先生が、思い出したように口を開く。




「 ・・・ 」


「 はい? 」


「 ・・・寒くは、ないか? 」


「 ・・・いいえ。大丈夫です。 」


「 そうか・・・。 」




何の意味も無いような会話。

でも、先生なりに、気にかけてくれているのだと、嬉しくなる。

先生らしいなぁ、と、思わず可笑しくなってしまう。



そうしてまた、沈黙が戻る。

聞こえるのは、先生がペンを走らせる音と、私が本のページを捲る音、

そして、ランプの炎の微かな音だけ。



ふと、テーブルの上に、見慣れない、白い封筒を見つけた。

先生宛てに届いた手紙の様だけれど、封を切った様子は無かった。



「 ・・・先生、 」


「 ・・・・・何だ。 」


「 これ・・・お手紙、読まれないんですか? 」


「 ・・・手紙? ―――― ああ・・・・ 」



先生は、面倒臭そうにペンを動かす手を止めた。



「 済まぬが、燃やしてくれ。 」


「 ・・・・・え? 」


「 読む気は元より、この手で始末する気も起きぬのでな。 」


「 ・・・・それは、どういう・・・・ 」



余りにも唐突過ぎて、先生の言っている事の意味が掴めない。



「 どういうもこういうも、言葉通りだ。 」


「 でも・・・手紙を燃やすなんて・・・・ 」


「 我輩が、そうしてくれと頼んで居るのだ。 」


「 ・・・何で、そんな・・・・・ 」


「 だから、読む気も始末する気も起きぬ、と言ったであろう。 」


「 そんな・・・・そんなに嫌な手紙なんですか? 」




「 ・・・・・・父親から ――― だ。 」




先生は、溜息をついて苦笑すると、吐いて捨てるように、そう言った。



何も、言えなかった。

どうしていいか、分からなかった。



父親からの手紙を、読みもせずに 「 燃やせ 」 と言い放つ・・・。




「 親は子を慈しむもの、と相場は決って居るらしいが・・・・・例外も存在する。 」


私が返事に困って居るのを見て、先生は更に続けた。


「 あの者達は、我輩を道具か何かとしか考えて居ないのだろう。 」


「 ・・・そんな・・・ 」


「 ・・・誰よりも、我輩の死を、望んで居る者達だ。 」


「 っ・・・先生!! 」




思わず、大声を上げた。

何が何だか分からない。



私の知らない、先生の過去。

どんな事が起こっていたのか、全く知らない。



先生の言葉が、冷たくて、悲しくて、

だけど私は何も知らない事が、苦しくて、



涙を堪える事が、出来なかった。

次から次へと溢れて来る涙を、どうする事も出来なかった。




「 ・・・っ・・・めんなさ・・・い・・・・ 」


どうにかして泣き止もうにも、一度泣き始めたら止まらない。

泣かれる事の嫌いなこの人の前で、


どうしよう、どうしよう、


そう思えば思う程、涙は止まらない。




――― と、不意に目の前が暗くなった。

顔を上げると、先生が立って居た。



「 ・・・・せん・・・ 」



言い終わらないうちに、先生はしゃがんで、私の髪をそっと撫でてくれた。

黙って、撫でてくれた。


そして、ますます堪え切れなくなって、先生のローブにしがみついて泣きじゃくる私を、

先生はずっと、抱き締めてくれて居た。






漸く落ちついた時には、もうどれくらい時間が経ったのか分からなかった。



「 ・・・・・先生、ごめんなさい・・・・。 」


「 何が。 」


「 先生、泣かれるの、嫌いでしょう? 」


「 ・・・・まあ、場合によるな。 」


「 ・・・・場合? 」


「 只、甘ったれて泣いて居る様なのは、同情する気にもならぬが・・・ 」


「 ・・・・・・・・ 」


「 今のの涙は、そうでは無いであろう。 」


「 ・・・そう・・・ですか・・・? 」


「 ・・・・・済まないな、泣かせてしまって。 」


「 ・・・・っ 」





――― また、何も言えなくなってしまった。



そんな顔で、微笑わないで。

訊きたい事も、言いたい事も、たくさんあるのに。

そんな風に、悲しい顔で、微笑わないで。



先生は、優しい。

そんな先生が、好きで好きで、どうしようもない。

好きで好きでどうしようもなくなると、悲しくなる。



何時か、聞かせて欲しい。

私の知らない、先生の過去。

先生の気持ち。



そして何時か、聞いて欲しい。

悲しいくらいに先生が愛しい、私の気持ち ――――







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