■ Early summer ■

*ホグワーツ病院物語への出品作品のため、スネイプ先生は医者設定*

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不思議の国のアリスのようだ――それが、我輩の、彼女に対する印象だった。

『不思議の国のアリス』の話をまともに読んだことはなかったし、絵を見たこともなかった。
けれど、彼女には「アリス」という呼び名がぴったりだと、思った。

腰に届きそうな、長い黒髪。抜けるような、白い肌。
睫毛の長い、大きな瞳と、薄い、花弁のような唇で、愉しそうに微笑う。

私立の学校のものであろうか、可愛らしい制服に身を包んだその姿は、
何処か違う世界からひょっこり現われたような、そんな印象を我輩に与えた。




その日、午后になって、彼女は我輩の処へやって来た。

「先生、こんにちは。」

「ああ、調子はどうだ、何か、変わったことは、」

「ありません。最近ずっと、気分が良いんです。」

彼女は、にこにこしながらそう云った。

「そうか、それは良かった。」

そう云いながら、我輩はカルテにペンを走らせる。
此処は、大病院の一角で、我輩は精神科の医師で、彼女 ―― は、患者だった。

半年前、蒼白な貌で、この診察室にやって来た時と比べると、今は随分、恢復したように見える。
何より、よく微笑う様になった。

最初の頃は、話しかけても、唯、頷くだけで、その瞳は何処を見ているのか、常に虚ろだった。
それが、少しずつ、少しずつ、我輩の顔を見るようになって、口を利く様になって、
今では、病院に通う必要などないのではないかと思わせる程、明るくなった。
我輩はとても、嬉しかった。


「学校へ、ちゃんと行って居るのだな。」

彼女の学校の夏の制服は、白い半袖のシャツに紺を基調としたチェック模様の襟、
胸元には大き目の紺のリボン、そして襟と同じチェック模様のスカート・・・
全体的に基調となる紺色が、とても涼しげに見せていた。

「・・・どうして、判るんですか、」

「何、」

「私が、ちゃんと学校へ行って居るって、どうして判るんですか、」

の顔から笑みが消えて、大きな黒い瞳で私の顔を見上げて訊いた。

「・・・制服を着て居るではないか。」

「制服を着て居たって、行ってないかもしれないじゃないですか。」

は時々、こうして問答を吹っかけて来る。
冗談なのか、本気なのか、こちらの予想しない様な問いを投げかけて来るので、少し面食らってしまう。

「・・・どうして、」

「こうやって、先生を騙すため、とか。」

「・・・・行って居ないのか、」

「さあ・・・例えば、の話です。」

ふっ、とは微笑って云った。まるで、悪戯をする子どもの様だ、と思う。
子どもの様に微笑いながら、人を煙に巻こうとするから、少々厄介なのだ。

「そのように、大人をからかうものではない。」

「からかってなんか、」

「では、何だと云うのだ、」

「先生、私のこと心配するでしょう、それが、嬉しいんです。」

今度は、屈託のない笑顔でそんなことを云う。
そんな彼女を仕様のない、と思いながらも、いとおしく思ってしまう自分に気が付き、我輩は苦笑した。




ひととおり診察を終えて、が椅子を立って帰ろうとした時、
我輩は、ふと気に掛かって居たことを訊いた。

「まだ、夢を見るのか、」

彼女は、一瞬ビクっとしたように見えた。
が、すぐに微笑って、静かに答えた。

「・・・はい、見ます・・・回数は、だいぶ減りましたけど。」

「どんな・・・前と同じ夢を、」

「そう・・・黒い、何か恐ろしいものが追いかけてきて、逃げるんだけど、どんどん迫って来て、」

「・・・飲み込まれる、」

「はい。」

これも、の症状のひとつだった。
悪夢に魘されては、叫び声で目を覚ます。
初めて此処へ来た頃は、それが毎晩だったという。

最近は夢のことを口にしなくなって居たので、治まったのだと思って居たが、
まだ、見ると聞いて、我輩は眉宇を顰めた。

「何故、云わない、」

「・・・だって、減ったから。」

「でも、見るのであろう、厭な夢を。」

「でも、どんな時に見なくなるか、判ったんです。」

「本当か、」

「はい。」

これは、大きな進歩だった。
意外なその返事に、我輩は、幾分驚きながら訊き返した。

「どうしたら、見なくなる、」

「・・・・・云っても、良いんですか、」

「当り前だろう、」

「・・・先生、困ると思いますよ。」

「そんなことはない。云ってくれた方が、余程助かる。」

また、問答を始める積りだろうか、と少し不安になったが、
は、少し首を傾げて考えるようなそぶりを見せてから、ゆっくりと口を開いた。

「・・・先生に、逢えた日は、夢を見ないんです。」

「――何、」

「きっと私、先生のこと、大好きなんですよ。」

何でもないことのようにそう云って、はまた愉しそうに微笑った。
またしても予想外の答えに、我輩は咄嗟に言葉が出て来なかった。

「ほら、やっぱり、先生困ったでしょう、」

「いや――、そんなことはないが、」

「じゃあ、私、帰りますね。」

「っ、待ちなさい、まだ――、」

「また来週、来ます。有難うございました。」

そう云って、引き止める間もなく、彼女は診察室を出て行った。


残された我輩は、暫く呆然としていたが、ふと、我に返り、
ああ、また彼女に翻弄されてしまったのだ、と気付いて、苦笑した。


窓から入って来る初夏の風が、心地良く、頬を撫でて行った。







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