■ 想い ■


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冬の間に積もった雪が溶け始め、少しづつ新しい季節が近づいてきた、ある日の夕暮れ。

は魔法薬学教授、セブルス・スネイプの研究室に居た。



何をしにという訳ではなく、ただ、スネイプに会うために。

と言っても、二人は恋人同志な訳ではなく、の片想いだが・・・





がこの部屋に入って来て、もう1時間ほど過ぎた。

初めは授業の質問や、他愛の無い日常の出来事を喋り、スネイプもそれなりに受け応えをしていた・・・が。

次第に、話題が尽きたのか、どちらからともなく会話が途絶え、

スネイプは課題の採点などの仕事に取り掛かる。

しかしは帰ろうともせず、そうかと言って話し掛ける訳でもなく、だた、彼の目の前に座っていた。

羊皮紙に視線を落とし、羽ペンを走らせるスネイプの姿を、ただ黙って見つめていた。



端から見ると不思議な光景だが、二人にとっては既に日常となっていた。

初めの頃は、スネイプも 「仕事の邪魔だ」 等と言ってを帰そうとしていたが、

その度に、やんわりと微笑って 「ここに居たいんです。」 と、その物腰の割に頑固に食い下がってくる。

面倒臭くなって無視を決め込むと、彼女は本当に黙って座っている。



  ― 好き好んで、この我輩の側に居たがるとは・・・ ―



これまで他人に好意を抱かれるという事のほとんどなかったスネイプは、少し妙な気分だった。

しかし、悪い気はしなかった。それが、を追い返そうとしなくなった理由の一つかもしれない。

とにかく、そうしてはスネイプの日常に入り込んで来たのだ。





は、スネイプの事が好きだった。

陰気臭くて、口煩くて、自らが寮監を務めるスリザリンにはあからさまにえこひいきをする・・・

そういう理由で、大多数の生徒に嫌われているスネイプを。

は心から慕っていた。



何時の間にか目で追うようになっていて。

その理由ははっきりとは分からない。

ただ分かるのは、気が付いたら彼から目が離せなくなっていたということ。



ローブを靡かせて颯爽と廊下を歩くその姿を、奇麗だと思った。

複雑な魔法薬の調合を、いとも簡単にこなすその手に、触れてみたいと思った。

生徒を睨みつけるその漆黒の瞳の奥には、底の無い闇が広がっているように思えた。

そして、その闇に吸い寄せられるように、の心は捕われた。



  ― もっと先生の近くに行きたい ―



望みは、ただ、それだけだった。

スネイプの側に居てもいい、彼にとって特別な存在になりたかった。



そうして、それは叶った。



  ― 先生と恋人になりたい ―



に、そういう思いが全く無いといえば嘘になるが、

しかし、今のままでも彼女には十分な幸せだった。

ここに居ることを、許されている。それだけで、嬉しかった。





スネイプも、の気持ちには当然気付いていた。

しかし、彼女から改めて何か言ってくる訳でもないし、あくまでは生徒であって、

それ以外の関係になるなど、欠片も考えたことは無かった。

ただ、自分を慕ってくる稀な生徒。

そういう物珍しさから、ここに置いているのだと、そう思っていた。



確かに、それは間違いではない。

スネイプが、よりにもよって生徒と恋愛をするなど、普通に考えれば有り得ない。



お互いに、特に不満を抱いていないこの現状が。

しかし些細な一言から大きく動き出すことも、ある。





この地下室に、たった一つだけある小さな窓から入ってくる光が、もうだいぶ薄暗くなってきた頃。

ふいに、スネイプが口を開いた。


「ミス・・・・」


ほんの、気紛れだった。普段は滅多に名前を呼ぶことなどない。


「・・・はい・・・?」


突然呼ばれて、少し驚いてが顔を上げる。


「・・・いつもそうして、黙って座っていて・・・飽きないのか?」


なぜ今更そんなことを訊いたのだろう。

の気持ちを知っているスネイプが、わざわざ訊くようなことでもない。


「・・・・飽きないですよ?」


「何故?」


「先生を、見てるから。」


「・・・楽しいか?」


「はい。」


「・・・我輩を見ているのが、か?」


「はい。」


「何故?」


「・・・・先生が、好きだからです。」


「・・・・・どのように、好きだと言うのだ?・・・教師として、か?」


「それもあるけど・・・それだけじゃないです。」


「・・・恋愛対象だ・・・と?」


「・・・・・それも、違う気がします・・・。」


「・・・・では、どういう意味だ?」


「・・・分かりません・・・でも、多分、ただ “好き” なんです。」


「・・・それではあまり説明になっていないと思うが・・・?」


「そうですね・・・でも、口では上手く説明できないです。」


「・・・では、何なら説明できるのかね?」


「・・・・・・・・何をしても、怒りませんか?」


「・・・許可しよう。特別だ。」











「・・・・・これが、説明か?」


「・・・はい。」



“許可しよう”・・・そう言われて、はソファから立ち上がり、スネイプの方へ歩いて行くと、

何も言わずに、抱きついた。

自分でも、何故そのような行動をとったのか分からない。

ただ、 「どういう風に好きなのか説明しろ」 と言われ、真っ先に頭に浮かんだのがこれだった。



「先生、怒らないって・・・言いましたよね?」


「・・・別に、怒っている訳ではないが・・・。」





に抱きつかれた瞬間、スネイプの中にこれまで感じたことの無い感覚が生まれた。



  ― 愛・・・しい・・・? ―



あまりにも己の日常とかけ離れた言葉だったので、頭に浮かぶのに時間がかかった。

しかし、気付いてしまったら、不思議なことに、妙にすっきりとした気分になった。

ただ物珍しさから、ここに居ることを許した生徒。

けれどその時からもう、この気持ちはあったのかもしれなかった。



「・・・・。」


「・・・・へ?!」



突然ファースト・ネームで呼ばれたので、は思わず間の抜けた声を上げてしまう。



「・・・お前の説明、よく分かった。」


「・・・・そ、そうですか・・・?」


「今度は我輩の気持ちを説明してやろう。」


「・・・・先生の?」


「・・・そうだ・・・・・ “言葉以外で” な・・・・。」







ほんの些細なきっかけで、動き出した二人の想い。

側に居たいと想える人、側に居て欲しいと想える人が、居る。

それがどんなに幸せであるかということに、気が付いた。





小さな窓から射し込む夕日は、もうすっかり、傾いていた・・・・・・。






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