■ May sky ■


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後悔している、ことがある。


思いを馳せるたび、胸が、ちぎれそうに痛む。


だから、わざと気付かないように、心の奥の奥へ隠した気持ち。


隠しても、決して消えるわけではないと、分かっていても、そうするしかない、弱い自分。


もう一度、あの頃に戻れたなら・・・・


もう一度、やり直すことが、出来たなら・・・・・
























その日、もう随分日が高くなってから、はようやくベッドから起き上がった。

昨夜はなかなか寝つけなかった。ストレスが溜まっているのかもしれない。

このところずっと気分が下がっている気がする。

何も、考えたくなかった。そういう時に考え事をするとロクなことがない。

自分の中の汚い感情にどんどん支配されて、どうしても思い出したくないこと、隠したはずの気持ちが押し寄せてくる。


は溜息を一つ吐くと、キッチンへ向かった。

グラスに、薄い碧色のサラリとした液体を注ぐと、一気に飲み干した。食欲は全くない。

足元に、子猫が一匹、可愛らしい鳴き声を上げてじゃれついてきた。

数週間前に何処からともなく現れて、一度餌をやって以来、住みついている。名前はまだ付いていない。


猫にミルクをやりながら、はぼんやりと窓の外を眺めた。

よく晴れた日で、日差しが眩しかった。もう春が終わってどんどん夏が近づいて来ている、そんな天気だった。


は何だか、取り残されているような気持ちになった。

とどまることなく、季節は巡る。今、こうしている時も、時間は絶え間なく流れている。

なのに自分の時間は止まったままで、そんな自分が、どうしようもなく異質な存在に思えた。


の時間は、2年前に止まったままだ。

恋人を失ってから2年間 ――― 自分がどうやって生きてきたのか分からない。

自分の意思とは関係なく、時間は過ぎて、ただその流れるに任せて現在に至っているという感じだった。

思い出したくない、けれど抜け出せない、心を、今なお縛り続ける記憶。


「 ・・・・っ 」


は何かから逃れようとするように首を左右に振り、立ち上がった。

出掛けよう。とにかく何かしていなければ、またあのドロドロした感情に押し潰されてしまう ――― 。







特に何と言う目的もなく、はダイアゴン横丁までやって来た。

天気が良いのも手伝って、往来は賑やかだった。

マダム・マルキンの洋装店は、夏物の洋服を買い求めに来たらしい婦人達で溢れていたし、

フローリッシュ&ブロッツ書店では、かの有名なギルデロイ・ロックハートのサイン会が催されているようで、

こちらも、いつにも増して人でごった返していた。


は何か面白い本があれば買うつもりでいたのだが、この人の渦の中へ入る気はしなかったので、

軽く溜息をついて書店の前を通り過ぎた。


――― と、


通りの前方の人ごみの中に、は見覚えのある背中を見つけた。

長身で、この初夏の日差しと街の喧騒に似つかわしくない、深い黒一色の装い。

そして、どことなく近寄り難い空気を纏い、足早に人波をすり抜けて行く後姿を、は衝動的に追いかけた。


「 ・・・先生っ! 」


何故、そんな行動をとったのか自分でも不思議だった。

10数メートル離れていたその背中に走って追いつくと、息を弾ませて声を掛けた。


「 っ・・・スネイプ先生! 」


スネイプと呼ばれた黒ずくめの男は、ゆっくりと立ち止まると、物憂げに振り返った。


「 ・・・・ミス・? 」

「 はい・・・お久し振りです。 」


セブルス・スネイプ ――― が3年前に卒業した魔法学校の教師だ。

魔法薬学を担当し、の所属していた寮の寮監も務めていたので、何度となく世話になっていた。

彼のその特異な性質と厳しさのため、多くの生徒からは嫌われていたが、は彼が嫌いではなかった。

魔法薬学という科目も好きだったし、スネイプの持つ冷たい影のような部分が、何となく好きだったのだ。


「 先生・・・お元気ですか? 」

「 まあ、変わりはないな。 」


表情を変えることなくスネイプは答えた。


「 何だか・・・先生、あの頃のままで、ホッとします。 」

「 ・・・どういう意味だ、それは・・・。 」

「 あっ・・・ごめんなさい、お気を悪くされましたか・・・? 」


少し眉根を寄せたスネイプに、が慌てて謝ると、スネイプは苦笑した。


「 いや・・・この年になると、3年やそこらでそう変わるものでもないからな。 」

「 そういうものですか? 」

「 そういうものだ。 」




少し会話が途切れると、どちらからともなく、ゆっくりと同じ方向へ歩き始めた。

先程まで、足早に歩いていたスネイプは、今度はの歩幅に合わせているようだった。




「 君は・・・少し変わったな。 」

「 ・・・・そうですか? 」


不意に、スネイプが前を向いたまま話し掛けたので、は少し驚いて聞き返した。


「 どこか・・・・苦しそうに、見える。 」


予想だにしていなかったスネイプの言葉に、はたじろいだ。


「 ・・・・そんな事は・・・ないですよ・・・全然 」


心の中を、言い当てられたようで、激しく動揺していた。

そんなの心中を知ってか知らずか、スネイプは更に続ける。


「 何かを・・・悔いているのか? 」

「 っ・・・! 」


決定的な、言葉だった。


二人の足が止まった。

は信じられないというような顔でスネイプを見上げ、スネイプは相変わらず表情を変えずにを見遣った。


「 ・・・・・そんな風に、見えますか?私・・・。 」

「 見当違いだったら、済まないが・・・ 」

「 ・・・・・・・ 」


顔を見合わせたまま、沈黙が流れる。


やがて、視線を逸らして、その沈黙を破ったのは、だった。


「 先生・・・例えば、の話なんですけど・・・。 」


再び、二人はゆっくりと歩き出し、は前を向いたまま喋り始めた。


「 ・・・すごく、大切な人が居て、もしも、その人が死んでしまって、

 それが自分の所為かもしれなかったら、どうしますか? 」


「 ・・・どういうのだ、それは? 」


「 ・・・・その人も、自分のことをすごく愛してくれて、自分も愛していたのに、それを上手く伝える事が出来なくて、 」


    いつだって、救われていたのは、私の方だったのに


「 もっと、ちゃんと言えていたら、死なずに済んだかもしれなかったのに 」


    私の気持ちがはっきり分からないから


「 もっと早く、自分の気持ちに気が付いていたら・・・そんな事にならなかったのに 」


    結婚を延ばして、出張先の外国で、死んでしまった


「 何一つ、伝えられなかった・・・ 」


    どうして私だけ、生きているんだろう ―――




そこまで喋って、は言葉を切った。

泣かずに話すのに、精一杯だった。


「 それが、君の悔いていること・・・か? 」


黙って聞いていたスネイプが、やはりの方は見ずに訊ねた。


「 ・・・例えば、です・・・。 」

「 そうか・・・。 」


スネイプは小さく苦笑し、そして、静かに話し始めた。


「 ・・・何を言わんとしているのか、全ては分からぬが・・・。

 それで、自分自身の時間をも止めてしまってはならない。 」

「 ・・・・・ 」

「 どういう道にせよ、そこから前へ、進まなければならない。・・・己が罪を犯したと思うのなら、

 それを悔いているのなら、自らその罪を背負って、生きて行かなければならない。そうすれば、

 自ずと、為すべき事も見えてくるだろう。・・・それが、せめてもの贖いになる・・・・と、我輩は思っている。 」




はもう、涙を堪える事が出来なかった。次から次へと溢れて、止まらなかった。

進まなければいけない。どんなに願っても、もう、時間は戻せはしないのだから ―――



「 ・・・全く・・・一体何歳だ、君は・・・。 」


一向に泣き止む気配のないを見て、スネイプは溜息を落とした。


「 ・・・仕様のない・・・。 」

「 ・・・っ・・・・? 」


スネイプは、をローブで包み込むように、抱き寄せた。


「 さっさと泣き止め。・・・これではまるで、我輩が泣かせているようではないか。 」

「 ・・・・先生が・・・・泣かせたんですよ・・・ 」

「 ・・・・・・・・ 」





どれくらいの時間が経っただろう。日が、もう傾きかけた頃、二人は別れた。

別れ際、はさっきからずっと気になっていた事を、訊いた。


「 先生、 」

「 何だ。 」

「 ・・・先生も、何か、悔やんでいる事が、あるんですか? 」




スネイプは、その問いには答えなかった。ただ、その整った顔を歪めて、微笑った。


は、それ以上訊く事は、出来なかった。

彼のその微笑った表情が、何故かとても、胸に刺さったから。







スネイプと別れ、一人で歩きながら、の心は不思議なくらい静かだった。

微かな痛みは消えないけれど、もうあのドロドロした思いは、キレイになくなっていた。


家に帰ったら、あの猫に名前をつけてやろう。

そうして、次の休みには、あの人の眠る場所へ行こう。


あの人の好きだった、白い大きな、百合の花を持って。







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