|
君はもう、覚えていないだろう。 だけど確かに、あの時、君は、僕の隣で笑っていたんだ。 僕とは、幼馴染みだ。 親同士が仲が良くて、生まれた時から、家族ぐるみの付き合いをしていた。 僕がホグワーツ魔法魔術学校に入学した一年後、も後を追うようにやって来て、当然寮も同じスリザリン。 彼女の方が歳が僕より1つ下だったから、僕にとっては妹みたいなものだった。 僕が、守ってやらなくては・・・と、思っていた。 事実、しょっちゅう、いじめられたと言っては泣き、夜になれば「暗いのが怖い」と言って泣くを、 なぐさめて泣き止ませてやっていたのは僕だ。彼女をいじめた奴らには、それなりに僕が仇をとってやった。 それが、僕の果たすべき務めだと、思っていたから。 そしてその務めを果たす事を、僕はどこか喜ばしく思っていたから。 ―――それが、何時からだろうか、彼女が泣きながら僕の所へ来ることはなくなった。 その事は、何となく、僕を寂しい気分にさせた。 でも、だって成長しているんだ。何時までも泣いてばかりの子どもじゃない。 そう思って、納得していた。 それなのに、僕は、見てしまったんだ。 が泣かなくなった理由。僕を頼らなくなった理由。 全ては、あの夏の日。 僕の幼馴染みは、僕の父上と、恋人同士の、キスをしていた。 生まれて初めて、我が目を疑った瞬間だった。きっとこれから先も、あれ程の衝撃を受ける出来事には遭遇しないだろう。 重なり合った二人の影は、大きな窓から射し込む夕日で、広い部屋いっぱいに映し出されていた。 あのオレンジ色の情景を、僕は一生、忘れない。 見てはいけないものを、見てしまった。そう思った時には、身体は硬直し、呼吸をすることさえ、一瞬忘れた。 ここは、僕の家の別荘だ。母上だって居るのに、見つかったらどうするんだ。大胆にも程がある。 ―――と、そんな事を心配している場合ではないことくらい、解っているが、何を考えれば良いのかすら思い付かない程、 その時、僕は動揺していたんだ。 それから後の数時間分の記憶は、ほとんどないと言っていい。 何時の間にか、僕は自分の部屋に戻り、明かりを点けることも忘れて、高鳴る鼓動を鎮めようと、必死で拳を握り締めていた。 そうして、今年もまた、夏がやってきた。 の家族と僕の家族は、今年も揃って、広い別荘で夏を過ごす。 二人の関係は、誰にも言っていない。 そして、僕がそれを知っていることを、も父上も知らない(・・・はずだ)。 この事を、僕は一生、誰にも言わずにいようと心に決めている。 確かに、二人の関係は正しいとは言えないけれど、誰かに言ったところで、どう考えても事態が望ましい結末を迎えるとは思えない。 明らかに、待っているのは、修羅場と悲劇。 そんなものを見るくらいなら、今の方がまだマシだ。 僕さえ、何も見なかった事にして黙っていれば、平和な現状が続くのだ。 父親が自分の幼馴染みと不倫関係にあるということの問題はこの際置いておいて、何より僕は、が泣くのを、見たくなかった。 僕のこの手で、彼女の笑顔を壊すことは、したくなかった。 二人の関係を見て見ぬ振りする事で、僕は未だ、を僕が守っているという自己満足に、浸りたかったのかもしれない。 「何か、嫌なことでもあったのか?」 「えっ?・・・なんで?」 別荘にやって来て5日ほど経ったある日の夕方、僕とは、少し涼みに、森へ散歩に出ていた。 夏休みに入ってからずっと、は浮かない顔をしている。 理由は大体解っているが、彼女がどういう返事をするか興味があって、訊いてみた。 「お前、最近ずっと元気ない。」 「・・・・そうかな。」 「そうだよ。自分で解らないのか?」 「うん・・・・」 僕の少し後ろを、がついてくる。 足下を見ると、二人の影が、並んで長く伸びている。 昔と、同じだ。 「自分のことだろ、気付けよ、馬鹿。」 「ひどい、ドラコ!なんで馬鹿よ!」 「馬鹿だから馬鹿だよ。」 「何それ・・・・」 「・・・・・・・」 ただ、あの頃と違うのは、二人の手が、繋がれていないこと。 そして、の瞳が、笑わないこと。 「・・・僕、」 突然、僕は立ち止まって、の方を振り返った。 「え?」 は、きょとんとした顔で僕を見る。 「僕、ちょっと、疲れたんだ。」 「・・・うん、」 「だから、もう、帰って休みたいんだ。」 「うん・・・・え、大丈夫?」 「だから、僕が頼まれた用事、に頼んでもいいかな。」 「・・・私に出来る事?」 「簡単だよ。」 「・・・何?」 「今日、父上、仕事が終わってこっちに来れるんだって。だから、駅まで迎えに行って来て。」 「えっ・・・・」 一瞬、の表情が変わる。 昔から、判り易いのは変わっていない。 そんなんで、もし、何かの拍子に秘密がばれたりしたらどうするんだよ。 「無理?」 「え・・・ううん、でも、」 「じゃあ、早く行って来いよ。暗くなったら困るだろ。」 「え・・・」 「ホラ、早く!」 少し、大きな声で急かしてやると、は戸惑いながらも、門に向かって走り出した。 途中、何度かこっちをチラチラと振り返っていたけれど、じきに、その姿も見えなくなった。 僕は一人、夕暮れの森を歩きながら、小さい頃の事を思い出していた。 まだ、二人とも、学校に入る前。 あの日も確か、夕焼けのきれいな日だった。 ほんの数時間だったが、が行方不明になったことがあった。 「居なくなった」と騒ぎになって、僕も、大人達に混じって、色んな所を一生懸命探し回った。 なかなか見つからなくて、途方に暮れそうになった時、二人でよく遊んでいた小さな岩陰に、がうずくまっているのを見つけた。 うずくまって、「お母さんに叱られた」と言って泣いていた。 僕が、冗談を言ったりして、何とか泣き止ませようと努力するうち、何時の間にかの涙は消えて、笑顔になっていた。 それが嬉しくて、僕はこんな事を言った。 「、こんな風に急に居なくなったらみんな心配するじゃないか。」 「・・・・・」 「これからは、嫌な事とか悲しいことがあって、泣きたくなったら、僕のとこに来るんだ。」 「・・・ドラコの、とこ?」 「そしたら、僕が絶対、笑わせてやるから。」 「・・・・ほんと?」 「本当だよ。だから、こんな風に、一人で泣いちゃだめだよ。」 「・・・・・・うん。」 「解った?」 「・・・わかった。」 「約束。」 「うん・・・やくそく。」 ―――そう言って、彼女が嬉しそうに笑ったことを、僕はずっと忘れない。 もう、は父上に会っている頃だろうか。 無事に、会えているといい・・・。 父上が忙しくて、こっちに来るのが遅くなっていたことで、ずっと元気がなかった。 今夜の食卓では、笑顔を見せてくれるだろうか。 もう、僕の力では、笑わせてやれなかったけれど・・・。 何だか、景色がぼやけて見えるのは、きっと、夕焼けの所為だ。 (2004.8.9)
【back】 |