「先生は、お酒を飲まないんですか?」 いつものように、スネイプの部屋で、夕食後のひとときを過ごしていたときのこと。 が唐突に訊ねた。 彼女の脈絡のない物言いに慣れているスネイプは、古めかしい書物から、ゆっくりと視線を上げた。 「……何だ、突然。」 「先生の部屋、薬品はたくさんあるのに、飲むお酒って置いて無いなー、と思って。」 は、四方にある背の高い棚をキョロキョロと見回しながら言った。 本と、羊皮紙の束と、数々の薬品らしき液体の入った大小さまざまの瓶とで、そこはほぼ埋め尽くされている。 一見、雑然としているようで、実はきっちりと法則を持って並んでいるそれらが、この部屋の主の几帳面な性質を物語っていた。 「全くない、というわけでもないが……」 「え、そうなんですか?」 「めったに呑むことなどないのでな。奥の部屋に数本ある程度だ。」 確かに、スネイプと酒とは、少々縁遠いイメージがあった。 青白い顔をして、いつも眉間に皺を寄せて、何か難しいことでも考えているような苦い表情で歩いている。 下戸ということはないにしても、好んで酒を飲むタイプには見えないだろう。 「お酒、嫌いなんですか?」 「……別に、嫌いということもないが、飲んで思考力が低下するのは好ましく無い。」 「えー。それじゃあ楽しくないですよー。」 「何がだ。」 との要領を得ない会話に、スネイプは少し呆れたように溜め息を吐いた。 しかし一方では、彼女のそういったスネイプには不可解にさえ思える子どもっぽさを、どこか面白くも思っていた。 もしかすると、そういうところも、彼が親子に近い年齢差のを“恋人”とした理由の一つなのかもしれない。 ほんのちょっとした一言で、の表情はくるくると変化する。 怒ったり、泣いたり、そうかと思えば、何がそんなに可笑しいのかというくらい笑い続けていたり。 そうまで素直に生きていて、よくもまあ疲れないものだと、スネイプは呆れ半分、感心半分で彼女を見守る毎日だった。 「先生、酔っ払ったら、少しは優しくしてくれるかなー、って。」 「……何かと思えば、馬鹿な話だ。」 「………ほら、優しくない。」 「下らんことを言ってないで、もう寮に帰れ。」 唇をとがらせ、あからさまに不機嫌そうなにそう言うと、スネイプは自らも椅子を立ち、彼女を部屋の扉へと促した。 スネイプに伴われ、は渋々立ち上がって出口へ向かう。 未だ不満そうに頬を膨らませたその顔を見下ろしながら、スネイプは苦笑する。 そんなスネイプの様子に、は子ども扱いされた気分になってますます不機嫌さは増すばかりだった。 扉の前で、どちらからともなく、軽くキスを交わす。 いつもの、おやすみの挨拶。 普段はそれで終わりだが、この日は少し違った。 帰ろうとするの肩をスネイプが引き寄せ、もう一度、口付ける。 そして、普段はしない、深く長いキス。 「…………」 「……………」 ゆっくりと唇を離して、スネイプが屈めていた体を起こすと、は心持ち頬を紅くして、 驚いたような表情で恋人の顔を見上げた。 そんな彼女の様子を見て、スネイプは面白そうに、口許に笑みを浮かべている。 「……なんで?」 「………優しいであろう?」 「…………っ!」 を帰してから数時間後、スネイプはまだ、眠らずに仕事をしていた。 書物と羊皮紙が積み上げられた机の上には、いつの間にか、ブランデーの注がれたグラスがあった。 スネイプはグラスを手に取り、その琥珀色に透き通る飲み物を、静かに一口飲んで、呟いた。 「焦らずとも……お前が、堂々と酒が飲める年になれば、そんなものは、いくらでも………」 夜は、ゆっくりと、更ける。 (2004.5)
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