恋をするというのは、なかなか大変なことなのだと、知った。 初めて、絶対に失くしたくないと心から思う人を、好きになってから。 側に居るときは、その一挙手一投足に、 居ないときでも、今、何をしているんだろう、何を考えているんだろう、と思う気持ちに、 振り回される。 翻弄される。 ましてや、私の好きな人は、大人の男の人で。 いつでも、まるで何でもお見通しというような、涼しい顔をしている。 先生には私の考えてることなんて、すぐに分かってしまうんだろうけど、 私には先生が何を考えているのか、どうして欲しいのか、全然分からなくて、 いつも、私ばっかり頑張っているような気がする。 嫌なのに、本当は。 些細な一言で落ち込んだり、悩んだり、 そんなの、嫌なのに。 でも、どんなに頭で色々考えたって、もう無駄だった。 好きになってしまったら、もう、その気持ちには、逆らえないから。 窓の外は、雨。 眠くなりそうな、退屈な授業が、耳に入るなり雨の音にかき消されていく。 ぼんやりと、ほとんど景色の見えないぼやけた窓に目をやりながら、先生のことを考える。 今、先生も授業中だろうか。 それとも、部屋で仕事をしているんだろうか。 そういえば、今日は、朝食のときに広間でちらっと姿を見かけたきり、先生に会っていない。 時計を見ると、ちょうど午後3時。 ああ、先生と、紅茶飲みながらゆっくりお喋りしたい。 先生、紅茶は何が好きなんだろう。 アールグレイ?ダージリン? それとも、コーヒーの方が好きなのかな。 そういえば私、先生のこと、あんまり知らないなあ…… ――――思考はとりとめもなく、広がってゆく。 全部、先生のことばっかり。 私はどこかおかしくなってしまったんだろうか。 一日中、先生のことを考えてない時間なんてないような気がする。 夜になって、やっと先生に会えた。 先生の部屋で、ソファに座って、紅茶を飲みながら。 先生は、机で仕事をしているけれど。 時折その手を止めて、私の話を聞いてくれる。 先生にしてみれば、どうでもいいような話ばかりなはずなのに、 私の声に、耳を傾けてくれる。 それだけで、とても、幸せな気持ちになる。 「先生、今日、ずっと会えなくて、先生のことばっかり考えてました」 「………」 「先生も、私に会いたいと思ってくれることって、ありますか?」 私がこういうことを言った時の、先生の何とも言えない表情が好きだ。 一瞬、眉間の皺が深くなって、溜め息を吐いて苦笑する。 先生は、持っていた羽ペンを置くと、椅子を立って私の方へやって来た。 そして、隣に腰を下ろして、私の顔を覗き込むようにして、口を開いた。 「……しょっちゅうだ」 ほんの一言、その囁かれた低い声に、胸が震える。 嬉しくて、思わず、先生に抱きついた。 先生の身体は、大きくて、抱きつくと、気持ちいい。 先生は、仕様のない、という様子で、でも、優しく抱き締めてくれた。 恋をするのは、大変なこと。 振り回されて、翻弄される。 それでも、やっぱり、何よりも幸せな気持ちにさせてくれるものだと、 優しい、嬉しい、暖かい、そんな気持ちにさせてくれるものだと、思った。 どうか、先生の上に、幸せがいっぱい降りますように。 そして願わくば、その時、その隣に居るのが、私でありますように。 きょうも、月に祈る。 (2004.5)
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