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咎人 -2-
気持ち良く晴れ上がった空を見上げ、初夏の爽やかな空気を吸い込みながら、しかしの気分は重く沈んでいた。 “あの日”から三日が経つが、あれからまだ一度もスネイプと口をきいていない。食事の時に広間で姿を見かけるようになったのが二日前の夕食時から。しかし話し掛けることはおろか目を合わせることすら、できないでいた。ああまで怒りを露にして怒鳴られたのは初めてであったし、あのように全身で拒絶されたショックは相当なものであった。 これまで、が頻繁にスネイプの元へ押し掛けたり、あからさまな好意を示したりしても、スネイプは不機嫌な顔をしながらも、どこかの行動を許しているようなところがあった。それをも感じ取っていたので、スネイプも自分に対してまんざらではない気でいるのではないか、などと淡い期待を抱いていたことは否めなかった。 しかしそんな甘い考えは一気に打ち砕かれた。ちょうどあの時、スネイプの機嫌が常より悪かったということもあるのだろうが、それにしてもあれほどに怒りをぶつけられ、嫌悪の情までをも露にされれば、いかにでも思い知らざるを得なかった。 ──スネイプ先生は、私を嫌っている── 自分のことを明らかに嫌悪している者へ無遠慮に近付くというような無神経なことはしたくない。それに何より、またあのような激しい拒絶に遭うのではないかと思うと、恐くて、再びスネイプに話し掛けることは到底できなかった。 広間で顔を合わせる時を除けば、接触を避けることは、いとも容易かった。自分の授業がある時以外は無駄に校内をうろつかない。用のない時はまっすぐ自室へ戻る。それだけのことで、ほぼ、スネイプと校内で遭遇することはなくなった。時折、廊下を歩く彼の姿を見かけることがあったが、それも遠目にであって、自ら近付くことをやめた途端、こんなにも自分とスネイプの距離はもともと離れていたのかと、思い至った。 そのことはひどく、胸を締めつけた。 「どうしたのかね?」 廊下を歩いていると、不意に、声をかけられた。俯いて歩いていたので声の主が誰か分からず、はっとして顔を上げると、意外な人物が立っていた。 「…校長先生!」 慌てて背筋を伸ばし、頭を下げる。そんなをダンブルドアは微笑しながら見つめた。 「何か沈んでいるようじゃが、嫌なことでもあったのかね?」 微笑みながら、柔らかく、ダンブルドアは訊ねた。はまた慌てて今度は首を横に振った。確かに気持ちは沈みっぱなしだが、それは校長に心配されるようなことではなく、何があったかなど言えるはずがない。 「な、何もないです!それに、私は元気です!」 「……はて。元気な者が俯きながら溜め息を吐いて歩くかのう?」 「溜め息なんて……」 「吐いておったぞ、今も。それに、ここ何日か。」 「……」 自分では気付かなかった。そんなに、周りに分かるほどあからさまに落ち込んだ空気を振りまいていたのか、と軽く自己嫌悪した。 「……申し訳ありません」 「謝らなくてもいいんじゃよ。何かわしで力になれるならと思って声をかけただけじゃ。……それに、」 ダンブルドアは、変わらず優しい微笑みを湛えて言った。 「それに───セブルスも、浮かない顔をしておる」 は驚いて目を見開いた。「セブルス」。ダンブルドアの口から出たその名前に、条件反射で心臓が跳ねた。なぜ突然その名前が出てくるのか。校長は、何をどこまで知っているのか……しどろもどろになりながらも、かろうじては口を開いた。 「あの、どうして、ス、スネイプ先生の名前が、出てくるんでしょうか……。あのっ、全然、関係ないです……私が落ち込んでいるとしたらそれは、私自身の、問題で……」 「そうかの?わしにはそうは思えんがね」 の必死の訴えを、ダンブルドアは穏やかに、しかしあっさりと否定した。「どうしてですか、」と訊こうとしたを制するようにしてダンブルドアは続けた。 「セブルスは、とても不器用なやつでな、」 突然、何を言い出すのだろうと、動揺しながらも不思議な面持ちで、はダンブルドアの顔を見つめた。 「───彼は、欲しいものを素直に欲しいと言えない。大切なものを、大切だと言えない。大切なのに、敢えてそれを捨てようとする。傷つけようとする。そういうところが、ある。」 校長の言わんとしていることが、何なのか、自分に何を伝えようとしているのか、分かるような分からないような気がした。ただ、ひどく、胸がざわめいた。あの日のスネイプの言葉が、一つ一つ脳裡に蘇る。その言葉の意味は、その裏にあったものは、何だったのか、そんなことが、頭を巡った。 ダンブルドアは、さらに続ける。 「そういう時、セブルスの言葉は、諸刃の刃なんじゃ。」 「諸刃の……?」 「大切なものを傷付けた時、その時は、セブルス自身も同じように、いやそれ以上に、深く傷付いておる。……わしは、そう思う。」 三日月形の眼鏡の奥で、ダンブルドアは優しく、しかしどこか切なそうに微笑った。 校長は、全て、知っているというのだろうか。あの日、スネイプがに投げかけた言葉。にした仕打ち。その上で、こんなことを、わざわざに言うのだとすれば、それは、何を意味するのだろうか。 「……校長先生……でも、私は、」 言いかけて、ダンブルドアと目が合った。穏やかだが、吸い込まれそうに深いその瞳は、にその先の言葉を失わせる力を持っていた。 「セブルスは、君を大切に思っておるよ。」 の心の中を見透かしたかのように、相変わらず微笑みながらもきっぱりと言った。 どうしてそんなことが分かるのか、スネイプ本人でもないのに、どうして彼の心をそうだと言い切れるのか───そんな一切の疑問は、喉元まで出て、掻き消された。 ざわめく心。涙が零れそうになるのを、必死で堪えた。 「わしはセブルスを子どもの頃から見てきておるからの。その辺りのことは、大方分かる自信があるのじゃよ。…もっとも、わしの言葉を信じるかどうかは、自身が決めることじゃが、」 「………」 「……、どうか、セブルスを…────」 校長が立ち去った後も、はしばらくその場に立ち尽くしていた。窓の外は、変わらず晴れ渡って、緑の木の葉が、 心地よさそうに、初夏の風にそよいでいた。 (2007.6.11)
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