|
特別な夜だから
「失礼します、スネイプ教授、まだ起きていらっしゃいますか?」 あと半刻ほどで日付けが変わろうかという時間帯に、は魔法薬学教授、セブルス・スネイプの部屋のドアを叩いた。ややあって、一言、「入れ」と素っ気ない返辞が聞こえたので、できるだけ音を立てぬようにドアを開け、部屋に入った。 「こんな夜中に何の用だ、Ms.。」 とスネイプは、ともにホグワーツ魔法学校の教師である。と言っても、がホグワーツに赴任したのは2年前で、スネイプの方がかなり先輩に当たる。 「スネイプ先生、今日が何の日か、ご存知ですか?」 デスクで書き物をしているスネイプの元へ歩み寄り、は訊ねた。スネイプはペンを止める気配もなく、「知らん」とだけ答える。 「えー?!本当にご存知ない?」 「我輩は行事ごとに詳しい方ではないのでね。今日がクリスマスでない事くらいは分かるが……」 「それくらい、赤ん坊だって分かりますよ。そうではなくて……本当に忘れてるんですか?」 「忘れているも何も、端から知らん。必要な予定ならば全て把握している。」 「はぁ…本当に情緒のカケラもない方ですね、スネイプ教授って。」 「五月蝿い。下らぬ用なら帰ってくれ。我輩は仕事中だ。見て分からぬか。」 手を止め、眉間に皺を寄せ不快そうにスネイプはを睨み付ける。一年前ならば、スネイプのこういった言動に必要以上に怯んでいたが、元来この男はこういう物言いをするのだと気付いてしまってからは、一向に怖じ気付く事はなくなった。 「下らない用ならわざわざこんな時間に来たりしません。私だって暇じゃないんです。」 「ああそうか。ならさっさと用件を言え。簡潔にだ。」 無愛想で常に言葉に棘のあるスネイプにいちいち突っかかって行く者は、ホグワーツ広しといえど、あまり居ない。若い教師ならば、確実にだけである。売り言葉に買い言葉というやつで、二人の会話はいつも喧嘩腰になるので、周りで聞いている者はヒヤヒヤしているのだが、当の本人達はそのような事には気付いていない。 「ええ、簡潔に言います。お酒、飲みたいのでお付き合い頂けないでしょうか。」 「……それだけか?」 「はい、それだけです。」 「断る。」 「いいじゃないですか!少しくらい!」 「馬鹿だ馬鹿だと常々思っているが、本当に馬鹿だな貴様は。」 「失礼だ失礼だと常々思ってますが、本当に失礼ですねスネイプ教授は。」 「………我輩が、そんな頼みを聞き入れると本気で思ってここへ来たのか?」 スネイプは眉間の皺を深くし、苛立たし気に大きく溜め息を吐いた。いつもいつも、こちらの都合などお構いなしに突拍子もない事を言い出す。睨み付けても怒鳴っても厭味を言っても、怯むどころか食って掛かって来る。そんなに、スネイプは気付けば己のペースを乱される事が少なくなかった。 「うーん、半分半分ですかね。教授、口や態度ほど性格は悪くないので、もしかしたら、と思って。」 「………………」 あっけらかんとしたその台詞に、スネイプは脱力し、返す言葉を失う。 「それで、本当にダメですか?」 こういう時だけ下手に出て、拗ねた子どものような表情で哀願するに、スネイプは額に手を当てたまま、諦めたように盛大な溜め息を吐いた。そして、ゆっくりともう一方の手で部屋の奥にある棚を指差した。 「……あの棚の一番下に、ワインが何本か入っているから、取って来い。」 「え!いいんですか?!…あ、でもお酒なら私が出しますよ、」 「いいから取って来い。時間が勿体無い!」 二つのグラスに、赤いワインが注がれる。スネイプは依然、眉間に皺を寄せたまま、ワインを注ぐを黙って見つめている。自分で承諾しておきながら、どうも腑に落ちない。結局、彼女の思惑通りに事が運んでしまったことが腹立たしいのだ。 「……飲むのは構わんが、酔うなよ。」 グラスを手渡されたスネイプは、表情を変えぬまま、釘を刺す。 「これから乾杯しようっていうのに、不粋な事言わないで下さいよ。」 「黙れ。こんな夜中に我輩の部屋でお前に酔っ払われるなどという面倒は御免被る。」 「……分かってます。そんなに飲みませんよ。」 どこまでも情緒のないスネイプに、は頬を膨らませて不貞腐れたような表情をして見せる。元よりこの男に優しく気の効いた言葉や態度など求めていたわけではないが、それでも、たまには、少しくらい嘘でも優しくしてくれたっていいじゃないか、と思わずにいられない。 ―――とはいえ、文句を言いながらもの素頓狂な申し出に付き合って、あまつさえワインまで開けてくれたということだけでも、スネイプの性格からすれば、有り得ないくらい稀な大サービスなのである。 「――――それで、仕事の愚痴でも聞かせたいのか?」 結局、特に乾杯をするでもなく各々勝手に飲み始め、身のない会話と沈黙が交互に訪れながらも徐々に酒は減っていった。そんな時、不意にスネイプがの方へ向き直って溜め息混じりに訊いた。 「え?何ですか、急に。」 きょとんとした顔で、が訊き返す。 「……いきなり酒に付き合えと言うからには、何か肴になるような話のネタくらい当然あるのだろう?」 「……いえ、別にありませんよ?何だかお酒を飲みたくなったけど、一人っていうのも悲しいなーと思って。」 「…………やはり断るべきだったな。この上なく時間の無駄だ。この忙しい時に…」 「そんな事言って、教授、もう4杯目じゃないですか。」 「お前こそそれは何杯目だ?」 何のかんので、埒の明かない問答を続けていたら、既に瓶は一本空いていた。時計の針に目をやれば、日付けが変わって1時間が経とうとしている。 「………Ms.、もうそろそろ、少しは思慮深い言動というものを身に付ける努力をしてはどうかね?」 「どういう意味ですか?」 「……どうもこうも、そのままの意味だ。また一つ歳をとったのだから、少しは成長しろと言っている。」 「放っといて下さい。私は私なりのスピードで…………え?」 「何だ、」 「“一つ歳をとった”って――――」 そう、日付けが変わってしまったが、その日は、の誕生日だった。 部屋に入って開口一番のの質問の答えは、それである。 「知ってたんですか?!」 「知っていた訳でも憶えていた訳でもない。」 驚いて目を見開くに、不機嫌そうな顔でスネイプは答える。 「去年の同じ日、お前が酔っ払って喚き散らしていたのを思い出しただけだ。」 「――――っ!」 「いい加減、歳と共に成長するという事を覚えて貰えると、我輩としては非常に有り難いのだが?」 不機嫌そうな表情は変わらぬまま、グラスを傾けながらスネイプが厭味ったらしくに言う。半分は心からの本音だろうが、もう半分は、恐らく、照れ隠し。もちろん、本人がそうと自覚などしている筈がないが。 他人に優しくする事にもされる事にも慣れておらず、端からその術を知りたいとも思わないスネイプには、これでも精一杯の誕生祝いと言える。もし、の誕生日を思い出していなかったなら、恐らく、ワインなど開けたりはしなかったのだろう。 「………どうしてそういう事ばっかり憶えてるんですか…」 「基本的に記憶力が良いだけだ。」 「へえ…………あ、」 「今度は何だ。」 「スネイプ教授の、お誕生日はいつですか?」 「……そんなものをお前に教える理由も必要もない。」 「教授……“歳と共に丸くなる”という事は覚えなくてもいいんですか?」 「……その減らず口もどうにかしたらどうだ。」 「それは教授にだけは言われたくありません。……まぁ、知ってますけどね。教授の誕生日。職員名簿見たんで。」 「なら訊くな……」 とめどなく、埒の明かない会話は続く。それとともに、酒瓶は一本、二本、と空になり、結局この夜、スネイプが仕事を再開させることは叶わなかった。 案の定、酔って椅子で眠ってしまったの背に、スネイプは仕方なく毛布を掛けてやる。目が覚めたら一体何をどこから説教してやろうかと、眉間に皺を寄せてその寝顔を見下ろしながら、大きく溜め息を吐いた。 (2006.5.29)
【back】 |