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ある夜更け、スネイプはその日の雑務を片付ける為、分厚く束にされた羊皮紙にペンを走らせて居た。 と、不意に、地下室のドアを叩く者があった。 「やっぱり、まだ起きてたんですね。」 扉を開けて、隙間から覗いた顔を見て、スネイプの額の皺は幾分和らいだように見えた。 「……生憎、雑用に追い立てられる毎日なのでね。夜だからと言っておいそれと眠っては居られぬのだよ。 ――――それで、君は“こんな時間”に何の用だ、?」 スネイプはペンを置いてに入って来るよう目で促した。 は少し微笑むと、静かにスネイプの元へ歩み寄った。 「先生、お仕事、手伝いましょうか?」 机の上に所狭しと広げられた生徒のレポートや事務的な書類の山に目を落とし、は言った。 仕事に追われて忙しい者には、そこへ新たな仕事を与えても、常に仕事に追われている為それなりの速度でこなしてくれるという理由から、次々と仕事が回される…その法則は、どうやら魔法学校でも例外ではないらしい。 「それは有り難い……と言いたい所だが、これは助手の仕事には含まれぬ。 余計な心配はしなくていい。早く部屋に戻って休め。」 「……あの、じゃあ、交換条件というのはどうですか?」 「…?」 「その雑用、半分私が遣ります。その代わり、今、10分だけお時間を頂けませんか?」 は半ば詰め寄るようにスネイプに言った。 その必死な様子が何処かおかしくて、スネイプは苦笑する。 「……何だ、手伝う等と殊勝な事を言うと思えばそう云う事か。 何か、頼みでもあるのか?」 「いえ、あの、頼みっていう程でもないんですけど……」 「……言ってみろ。丁度、休憩を入れようと思っていた処だ。」 「ほんとですか?!」 予想外に嬉しそうな顔をしたをスネイプは怪訝そうに見つめた。 「あの、だったら、少し、外へ行きませんか?えーと…そう…屋上とか!」 「……こんな時間にか?」 「こんな時間だからです。今日、月が綺麗だったから、見に行きたくて…!」 「……あぁ、成る程。」 ようやく合点がいって、スネイプはまた苦笑した。 いつも地下室に籠って仕事ばかりしている為、月だとかそういったものに注意を払う事が無くなって久しい。 と居ると、時折このように忘れていた感覚を呼び起こされる。 それをスネイプは、何処となく、居心地良く感じていた。 屋上に上ると、頬を柔らかい春の宵の風が撫でる。 その風に乗せられて、何処からともなく薫ってくる植物の匂いに、スネイプは自然に目を閉じた。 「風、気持ち良いでしょう?」 そんなスネイプを見て、が言った。 普段、眉間に皺を寄せてしかめっ面をしている事の多いスネイプが、 いつになく穏やかな表情になっている事が、は嬉しかった。 「……用も無く、外に出る事などないからな……。たまには、悪く無い。」 「それは、誘った甲斐がありました。」 それから、暫く二人は、黙ったまま、くっきりと浮かんだ満月を見上げていた。 夜空を仰いで、スネイプが何を思っているのか―――― の胸を、何か微かな切なさがよぎった。 「……綺麗だな、」 スネイプがおもむろに言った。 はい、とは答える。 「君には、いつも、見えているのだな。」 「……」 「少し、羨ましい。」 それだけ言って、スネイプはまた、黙ったまま月を見続けた。 は、切なさと愛おしさで零れそうになる涙を、目を閉じて堪えた。 風は変わらず、二人を優しく包んで、通り過ぎて行った。 (2006.5.08)
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