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冬のある日の午下がり、外は一面の銀世界で、音もなく降る雪は、その静寂の中で途切れることなく舞い落ちる。そこには何者も入り込む隙のない律動が完成されていた。 そのような風景などとは無縁である、窓のない地下の一室でも、地上の雪景色を肌で感じるほど、刺すような冷気が部屋を満たしていた。 「……先生、そんなところでいつまでも愚図愚図していても、余計酷くなるだけですよ」 咎めるような、半ば呆れたような溜め息を漏らしながら発された声の先に居るのは、セブルス・スネイプ――ホグワーツ魔法学校の魔法薬の教師である。 スネイプはソファに全身の体重をあずけるように凭れ、閉じていた目をうっすらと開いた。その瞳はどこか虚ろで、常日頃生徒たちから恐れられている姿とは程遠いものだった。 「……今、何時だ、」 スネイプは億劫そうに首を少しだけ上げると、先程の声の主に向かって訊いた。普段より数段力のない、掠れた声だった。 「午後3時35分――時刻なんてどうだって良いから、早くベッドで寝んで下さい!」 は声を荒げてソファに近付いた。今朝、顔を合わせた瞬間からスネイプの様子がおかしいのは明らかだった。普段から蒼白い顔は更に血色が悪く、足取りも重い。声は掠れ、洩れる息は酷く熱を帯びている。どう見ても、風邪を引き込んでいた。 「片付けは遣っておきますから、部屋に戻って下さい。」 「仕事が、溜まっているのだ……寝ている暇など、」 「こんな状態で何の仕事ができるって云うんですか!現にそこでそうしたまま1時間は経ってますよ?!」 「………」 「先生!!」 の言葉に返辞をせず、再び目を閉じたスネイプに、良い加減痺れを切らしたは、スネイプのローブを引っ張り、無理矢理ソファから引き剥がそうとした。しかし、身体の大きさからして、全身の力を抜いているスネイプをの腕力で動かすことができる筈もない。 「もう…っ、先生、良い加減に……っ!?」 半ば涙目になりながらスネイプのローブを掴んで居たの視界が、不意に揺らいだかと思うと、次の瞬間、の身体はスネイプの胸に倒れ込んでいた。勢いよく腕を引っ張られた衝撃を感じる余裕もなくなる程、はその体勢に激しく動揺した。 「ちょっと、なっ、何するんですかっっ!!離して下さい…っ」 「……お前は、体温が低いのだな……」 の抵抗など一向に効果がないという様子で、目を閉じたままスネイプは静かに呟くと、空いている方の手での身体を抱き寄せ、心地好さ気にの冷たい額を撫でた。 「それは…っ、先生、熱があるからですっ…そうじゃなくて、こんな、ふざけてる場合じゃ無くて……っ」 スネイプに腕をしっかりと掴まれているため、はこの状態から抜け出そうにも抜け出すことが叶わない。腕を振りほどこうと抵抗は試みるものの、スネイプの顔や腹を殴ってしまってはいけない、と気遣って、全力で抵抗することもできずに居た。 「先生……お願いですから……、」 これ以上耐え切れない、という声で懇願するように云いかけて、は身体に伝わって来る、規則正しい寝息に気づいた。同時に、腕を強く掴んでいた力は徐々に消えていった。 今ならばスネイプの腕から抜け出すことは可能だったが、はそうしなかった。スネイプを起こしてしまわないように、という思いと、本当は、ずっとこうしていたいという、もう一つの思いと――。 は、スネイプの助手としてホグワーツ魔法学校に居る。常に不機嫌で気難しいスネイプに慣れるのには時間がかかったが、魔法薬学に関するの知識の豊富さや、無駄のない彼女の言動をスネイプは気に入り、徐々に打ち解けていった。スネイプの愛想の悪さは常に変わることがないため、馴れ馴れしくするような親しさではなかったが、スネイプは、をいつも側に置き、彼にとっては唯一気を許せる相手であった。を大切に思っていることには違い無かった。 しかし、がスネイプに抱いているような感情は、スネイプは恐らく持ち合わせていない。はそれを知っていて、また、スネイプに自分の気持ちを悟られてしまったら、今ある均衡が崩れてしまって、永遠に元には戻らなくなる気がして、自分の気持ちを隠したまま、スネイプの側に居る。 そんなにとって、このような状況は拷問以外の何者でもなく、哀しい表情でスネイプの腕に抱かれていた。 翌朝――、昨日の不調が嘘のように、スネイプはいつも通りに回復していた。昨日、結局いつまで経っても目覚める気配のないスネイプに、はそっとその腕から抜け出すと、毛布を掛けてやった。そしてスネイプはそのまま朝までソファで眠っていたらしい。 スネイプが、に昨日したことを憶えているのかいないのか……当然、そのような事を訊く勇気がにあるはずもなく、憶えていたとしても、恐らくスネイプにとってはどうでも良い事で、はそんなスネイプを少し恨めしく思った。しかし、スネイプのそういう処もまた、にとっては愛しくも感じられた。 は、今日も変わらぬ律動で降り続ける雪を見上げ、収拾のつかなくなったその気持ちに、溜め息を一つ吐いた。 (2006.4.8)
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