■ a Cold Remedy ■


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目を覚ますと、そこには、見覚えのない景色が広がっていた。
天井は、自分の部屋より何倍も高く、すぐ側にあるはずの壁も遠く離れた位置にあった。
だだっ広いその部屋は薄暗く、寒いわけではないけれどひんやりとした空気にも、違和感を覚えた。


夢でも、見ているのかと思って、もう一度目をぎゅっと閉じ、そしてまたそっと開いてみる。
しかし、その見慣れない景色は変わらず、を取り囲んでいた。


そこが、保健室のベッドの上であるということに気付くのに、かなりの時間を要した。
意識が何となく朦朧としていて、身体はふわふわと、
まるで自分のものではないような感覚に包まれている。


は、なぜ自分がこんな場所に居るのか、判らなかった。
昨夜は確かに、使い慣れた自分のベッドで眠りについたはずだった。
一生懸命、記憶を辿ってみても、これといった原因はまったく思いつかなかった。


保健室なら、マダム・ポンフリーが居る。
そう思いついたは、とりあえずどういうことなのか、事情を訊いてみることにした。


自分の状況を他人に訊ねるとは、なんとも間抜けな話のような気もしたが、
頭がしっかり回っていない所為もあって、そう気に留めることもなく、起き上がろうとした。


その時。
の行動を、薄暗い部屋に響く低い声が制した。


「起きるな。寝て居ろ」


その声は、覚めきっていなかったの意識を、にわかに現実へと引き戻した。
声のした方へ目を向けると、声の主は、ゆっくりとこちらへ近付いてくる。


「スネイプ先生...?」


「その様子だと、熱はもうだいぶ下がったな」


の呼びかけに答えるでもなく、無視するでもなく、
スネイプはベッドの脇にある椅子に掛けながら言った。
その手には、薬らしき液体の入った小瓶が提げられていた。


「....熱?」


自分の置かれている状況がまだ判断できていないは、
スネイプを見上げて、力の入らない声で訊き返した。


そんなに、スネイプは呆れたように溜息を吐く。


「...訊くまでもないとは思うが、何も覚えていないのだな?」


「......」


「お前が、高熱でうなされている、と、お前と同室の生徒が報せに来たのだ。――昨日の朝にな」


「...昨日の、朝....?今、何時?」


「午後10時」


「......」


と、いうことは、丸二日、眠り続けていたということになる。
そのことに、自分でも信じられないというような、呆気に取られた顔で、
はスネイプを見つめた。


「....私、何かの病気――」


「風邪だ」


が言い終わらないうちに、スネイプは短くそう言うと、
持っていた小瓶の蓋を取り、中の液体を、サイドテーブルに置かれていたグラスに注ぐ。


「....ああまで悪化する前に、自分で気付かなかったのか?」


手を動かしながら、また溜息混じりにに問い掛けた。


「...んー、そう言えば、少し、調子悪かった...かも」


は、ここ数日、なぜか余り食欲がなかったことや、頭がボーっとしていたことなどを、
言われてみれば、という具合に思い出した。


「自分の体調くらい、自分で管理しろ、馬鹿者!」


その無頓着な様子に、スネイプは幾分怒りを込めて言った。
そして手にしたグラスを差し出し、「飲め」と促した。


不服そうに口を尖らせながらも、身体が弱っている所為もあって、は大人しく従った。
スネイプは、厳しい口調とは対照的に、薬を飲み易いようにの上半身を起こしてやる。


「.....苦そう」


何とも言いようのない、濁った褐色のその薬は、どう考えても人の飲む物ではなく、
は思わず口に入れるのをためらった。


「ふざけるな。飲め」


スネイプは、眉間の皺をいっそう深くし、その語気は険しいものとなる。


「......どうしても...?」


「飲め!」


叱りつけられて、これ以上逆らうことに危険を感じたは、
呼吸を止めると、一気にグラスの中身を飲み干した。
その味は、確かに苦いものではあったけれど、思ったほど酷いものではなかった。


空になったグラスを手渡すと、スネイプはそれを無言で受け取った。
そして、二人の間に、沈黙が流れた。












「....ごめんなさい」


沈黙を破って、ぽつりとが呟いた。


「.......」


スネイプは、返事をする代わりに、黙っての顔に視線を向けるだけに止めた。


「........」


「..........」


見つめ合ったまま、やはりどちらからも口を開かなかった。


と、不意に、の頬を涙が伝った。


「....どうした」


スネイプは、それを見て、眉宇を顰めた。
泣かせるほどのことを言った覚えはなかった。
けれど、身体が弱ると、人間はとかく気持ちまで弱るものなのである。


「何故、泣く?どこか、痛みでもあるのか?」


「.....」


、黙っていては――」


「...嫌いに、ならないで...ちゃんと、風邪、すぐに治すから、嫌いにならないで....」


「―――」


の言葉を聞いて、スネイプは一瞬、彼女が何を言いたいのか判らなかった。
しかし、その意図を理解すると、軽く溜息を落として苦笑した。


「馬鹿なことを言ってないで、もう寝ろ」


そう言って椅子から立ち上がると、の頭を軽く撫でた。


「っせんせ....!」


そして、その額に、静かに、口づけを落とした。


「....」


スネイプは普段、絶対にこんな真似はしない。
思いがけないその行動に、は、瞳を見開いてスネイプを見上げた。


「まだ何か、言いたいことが?」


スネイプは、そんなの様子を見て、どこか愉しそうに訊いた。


「.....先生、」


「....?」


「....薬より、ずっと効きそう」


は、さっきの涙が嘘のように、この上なく嬉しそうに笑った。


「...それは何よりだ」


そう言って、もう一度の頭をポンポンと撫でたスネイプの顔には、
この男のものとは思えないような、穏やかな微笑が刷かれていた。

(2004.2)





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