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目を覚ますと、そこには、見覚えのない景色が広がっていた。 天井は、自分の部屋より何倍も高く、すぐ側にあるはずの壁も遠く離れた位置にあった。 だだっ広いその部屋は薄暗く、寒いわけではないけれどひんやりとした空気にも、違和感を覚えた。 夢でも、見ているのかと思って、もう一度目をぎゅっと閉じ、そしてまたそっと開いてみる。 しかし、その見慣れない景色は変わらず、を取り囲んでいた。 そこが、保健室のベッドの上であるということに気付くのに、かなりの時間を要した。 意識が何となく朦朧としていて、身体はふわふわと、 まるで自分のものではないような感覚に包まれている。 は、なぜ自分がこんな場所に居るのか、判らなかった。 昨夜は確かに、使い慣れた自分のベッドで眠りについたはずだった。 一生懸命、記憶を辿ってみても、これといった原因はまったく思いつかなかった。 保健室なら、マダム・ポンフリーが居る。 そう思いついたは、とりあえずどういうことなのか、事情を訊いてみることにした。 自分の状況を他人に訊ねるとは、なんとも間抜けな話のような気もしたが、 頭がしっかり回っていない所為もあって、そう気に留めることもなく、起き上がろうとした。 その時。 の行動を、薄暗い部屋に響く低い声が制した。 「起きるな。寝て居ろ」 その声は、覚めきっていなかったの意識を、にわかに現実へと引き戻した。 声のした方へ目を向けると、声の主は、ゆっくりとこちらへ近付いてくる。 「スネイプ先生...?」 「その様子だと、熱はもうだいぶ下がったな」 の呼びかけに答えるでもなく、無視するでもなく、 スネイプはベッドの脇にある椅子に掛けながら言った。 その手には、薬らしき液体の入った小瓶が提げられていた。 「....熱?」 自分の置かれている状況がまだ判断できていないは、 スネイプを見上げて、力の入らない声で訊き返した。 そんなに、スネイプは呆れたように溜息を吐く。 「...訊くまでもないとは思うが、何も覚えていないのだな?」 「......」 「お前が、高熱でうなされている、と、お前と同室の生徒が報せに来たのだ。――昨日の朝にな」 「...昨日の、朝....?今、何時?」 「午後10時」 「......」 と、いうことは、丸二日、眠り続けていたということになる。 そのことに、自分でも信じられないというような、呆気に取られた顔で、 はスネイプを見つめた。 「....私、何かの病気――」 「風邪だ」 が言い終わらないうちに、スネイプは短くそう言うと、 持っていた小瓶の蓋を取り、中の液体を、サイドテーブルに置かれていたグラスに注ぐ。 「....ああまで悪化する前に、自分で気付かなかったのか?」 手を動かしながら、また溜息混じりにに問い掛けた。 「...んー、そう言えば、少し、調子悪かった...かも」 は、ここ数日、なぜか余り食欲がなかったことや、頭がボーっとしていたことなどを、 言われてみれば、という具合に思い出した。 「自分の体調くらい、自分で管理しろ、馬鹿者!」 その無頓着な様子に、スネイプは幾分怒りを込めて言った。 そして手にしたグラスを差し出し、「飲め」と促した。 不服そうに口を尖らせながらも、身体が弱っている所為もあって、は大人しく従った。 スネイプは、厳しい口調とは対照的に、薬を飲み易いようにの上半身を起こしてやる。 「.....苦そう」 何とも言いようのない、濁った褐色のその薬は、どう考えても人の飲む物ではなく、 は思わず口に入れるのをためらった。 「ふざけるな。飲め」 スネイプは、眉間の皺をいっそう深くし、その語気は険しいものとなる。 「......どうしても...?」 「飲め!」 叱りつけられて、これ以上逆らうことに危険を感じたは、 呼吸を止めると、一気にグラスの中身を飲み干した。 その味は、確かに苦いものではあったけれど、思ったほど酷いものではなかった。 空になったグラスを手渡すと、スネイプはそれを無言で受け取った。 そして、二人の間に、沈黙が流れた。 「....ごめんなさい」 沈黙を破って、ぽつりとが呟いた。 「.......」 スネイプは、返事をする代わりに、黙っての顔に視線を向けるだけに止めた。 「........」 「..........」 見つめ合ったまま、やはりどちらからも口を開かなかった。 と、不意に、の頬を涙が伝った。 「....どうした」 スネイプは、それを見て、眉宇を顰めた。 泣かせるほどのことを言った覚えはなかった。 けれど、身体が弱ると、人間はとかく気持ちまで弱るものなのである。 「何故、泣く?どこか、痛みでもあるのか?」 「.....」 「、黙っていては――」 「...嫌いに、ならないで...ちゃんと、風邪、すぐに治すから、嫌いにならないで....」 「―――」 の言葉を聞いて、スネイプは一瞬、彼女が何を言いたいのか判らなかった。 しかし、その意図を理解すると、軽く溜息を落として苦笑した。 「馬鹿なことを言ってないで、もう寝ろ」 そう言って椅子から立ち上がると、の頭を軽く撫でた。 「っせんせ....!」 そして、その額に、静かに、口づけを落とした。 「....」 スネイプは普段、絶対にこんな真似はしない。 思いがけないその行動に、は、瞳を見開いてスネイプを見上げた。 「まだ何か、言いたいことが?」 スネイプは、そんなの様子を見て、どこか愉しそうに訊いた。 「.....先生、」 「....?」 「....薬より、ずっと効きそう」 は、さっきの涙が嘘のように、この上なく嬉しそうに笑った。 「...それは何よりだ」 そう言って、もう一度の頭をポンポンと撫でたスネイプの顔には、 この男のものとは思えないような、穏やかな微笑が刷かれていた。 (2004.2)
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