■ regret ■


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「出逢わなければ、よかったのかもしれないね。」




どうして、こうなってしまったんだろう。大好きだった、はずなのに。今でも、嫌いになんか・・・




「もう、無理だよね・・・。」




先生は、口を開かない。ずっと、私に背中を向けたまま立っている。先生の、そういうところが、いつも私を
不安にさせた。先生、そういうこと、判ってた?ねえ、先生、何を考えているの?




決して、冷たいわけじゃなかった。優しかった。たくさん話を聞いてくれて、先生のことも話してくれて。絶対に、
近付くことのできない人だと思っていたから、本当に本当に嬉しかった。
だけど、いつからだろう。おかしくなったのは。先生に近付けば近付くほど、今まで知らなかった先生を知れば
知るほど、不安な気持ちが心をかすめるようになったのは。どうして不安なのか、判らない。
でも、手放しで「幸せ」と思えなくなった。




自分でも正体の判らない気持ちを、言葉にすることなんてできなくて、だけど心に一度差した影はいつになっても
消える事はなくて。素直に笑えなくなった。不器用な私は、上手に甘えることもできなかった。
先生、どう思った?気付いてた?先生は、そんな気持ちになることは、なかったの?
先生は私を、どれくらい好きだったの?




「・・・・・・お前が無理だと思うのなら、無理なのだろうな。」




それが、先生の下した決断。
やっと聞けた先生の声は、深く、深く、心の奥まで刺さってゆく。私の方から起こした波紋。
どうしてこんなに苦しいんだろう。私は、どんな言葉を期待していたんだろう。
私は本当は、何を望んでいるんだろう。




「・・・だけど・・・先生は、どう思うの?先生は・・・先生の、気持ちは・・・・」




声が掠れる。これ以上喋ったら涙が零れてしまいそうで、それ以上続きを言えなくなってしまった。先生が、
ゆっくりとこちらを振り返る。いつもと同じ、眉間に皺を寄せたその表情からは、どんな思いなのか読み取れない。
先生の口から、次はどんな言葉が紡がれるのか、怖くて怖くて仕方ない自分に気付く。手が、足が、震える。
自分で自分が判らない。




「それが、我輩の気持ちだ。」


「・・・違う・・・そんなの・・・・」


「無理をさせて、一緒に居ても、辛さが増すだけだろう。・・・これ以上、お前にそのような顔をさせてしまうのなら、
 もう、終わりにした方が良いのだろうな・・・。」




先生の表情が、変わった。先生が、微笑った。でも、その笑顔は、とても、辛そうで―――




ああ、どうして、気付かなかったんだろう。私は、なんて愚かなんだろう。先生は、ずっと、私の傍に立っていて
くれたのに。不安なら、手を伸ばせば、そこに先生は居てくれたんだ。
先生は、気付いていた。判っていた。ずっと、足を止めて、私が助けを求めたら、いつでも手を差し延べられるように、
待っていてくれたんだ。気付かなかったのは私の方。自分の気持ちばっかり見ていて、顔を上げることができなく
なっていたから。先生は、そんな私の気持ちだけを、ずっと見てくれていたのに。




「・・・先生・・・嘘です・・・・。」


「・・・嘘?」


「出逢わなければ、なんて・・・・嘘です。」


「・・・・・」




ずっと、逢いたかったのは、先生だった。先生に出逢うために、今まで生きてきたんだと、そう思った気持ちが、本当。
何度も何度も感じたことなのに、いつの間にそんな簡単で大切なことを、忘れてしまっていたんだろう。




「先生・・・・ごめんね・・・・ごめんなさい・・・・」




何も判らなくて。気付かなくて。気付けなくて。




顔を上げると、先生は、微笑ってくれた。痛みを隠した、でも、優しい笑顔で、微笑ってくれた。
きっと今、駆け寄ったら、先生は受けとめてくれる。長いローブで包み込むように、私が安心するように、抱き締めて
くれる。だけど、私にはそんなことはできなくて、でも、先生の方から抱き締めることは絶対になくて。だけどそれは、
冷たいとかじゃなく、それが、先生の優しさだから。




部屋に帰ると、体中の力が抜けた気がした。窓の外を通り過ぎていく風は冷たくて、なんだか無性に悲しくなった。
涙が溢れて、止まらなかった。いつまでも、いつまでも、止まらなかった。


(2003.10)





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