は眠れなかった。もともと眠りは浅い方で、平均睡眠時間は3〜4時間程度なのだが、今夜は特に 目が冴えてしまって、もう夜中の2時を回ったというのに全く寝つけないでいた。ベッドに仰向けになっ て、真っ暗な天井をひたすら見つめる。 ―――・・・・・眠れない。 は心の中で、もう何度目になるかという台詞を呟き、溜息を吐いた。目を閉じて、眠ろう眠ろうと 何度も念じてみても、そう思うと余計に目蓋に力が入ってしまい、いっこうに眠れない。 は起き上がった。もう眠ることはあきらめてしまったようだ。起き上がって、そっとベッドから抜 け出すと、扉へ向かってゆっくり進む。明かりをつけて、もう眠ってしまったルームメイトを起こしてし まうのは申し訳ないし、数時間暗闇で開いていたの目は、もうすっかり暗いのに慣れていた。 そっと扉を開けて、ランプも持たずに部屋を出た。彼女の向かった先は地下の一室。この広過ぎるほど広 い学校の中で、最も陰気で生徒のほとんどが好んで近づこうとはしない場所。 しかしそんな部屋に、の会いたい人は居た。 真夜中のホグワーツの廊下は、それは不気味だ。皆が寝静まって明かりもなく、あちこちをゴーストが浮 遊している。何年もこの学校に居る者であっても、あまり気持ちの良いものではない。しかしは別 段そんなことを気にする様子もなく、ただ目的地へ向かってスタスタと歩いていた。妙な仕掛けが作動し たりゴーストがいたずらしたりして、階段があちこち動いてしまうと多少不機嫌そうな顔にはなったけれ ど。ただ、フィルチやミセス・ノリスに出くわすと少々面倒なことになるので、それだけには気をつけな がら足早に地下室へと向かった。 の目指した部屋――魔法薬学教授・スネイプの研究室前に着くと、軽く扉をノックした。そして数 秒の後、扉が開かれ、部屋の主が顔を出した。 「・・・やはりお前か。・・・・今、何時だと思っている。」 スネイプが、こめかみを押さえる仕草をしながら、溜息を吐いてを小声で問い糾す。 「もう眠ってらっしゃったら帰ろうと思ったんですけど・・・良かった、やっぱりまだ起きてた。」 も小声で、しかしスネイプの問いの答えにはまったくなっていない言葉を返した。スネイプは再び 溜息を吐き、肩を落として首を振ると、あきらめ顔でを部屋の中へ促し、扉を閉めた。 「・・・それで、今日は何だ。」 をソファに座らせ紅茶を出してやり、自分もその向かいに座って改めて訊いた。と言っても、訊く までもなく彼女がここへ来る理由など判ってはいるのだが。 「眠れなくて。」 そして予想通りの答えが返ってきたので、スネイプは少し苦笑した。 「眠れないからと言って、何故いつもいつもここへ来る?」 「だって先生に会いたいんですよ。」 「・・・我輩は忙しいのだよ。こんな時間まで起きていなければならないほど。」 なるほど、スネイプは全く眠っていた様子はなく、机の上には大量の羊皮紙や本が広げられていた。 「――とにかく、子どもが起きている時間ではない。部屋に戻れ。」 「起きたくて起きてるわけじゃなくて、眠れないんです。それに私、もう17歳ですよ!子ども扱いしな いでください。」 しかしそう言って、頬を膨らませてムキになって抗議する姿は、子ども以外の何者にも見えない。 「・・・17歳などまだ子どもだ。特に、そういうことを言っているうちはな。」 「その子どもに手を出したのはどこの誰ですか?!」 「・・・・まだ出していない。」 スネイプとは――幼い言い方をすれば――付き合っていた。と言っても恋人同士らしいことなど何 もなく、キスをするでもなく、抱き合うでもなく、ましてその先のことなど何も二人の間には起こってい なかった。そしてはそれが不満で仕方ないようだ。そもそもが先に気持ちを打ち明け、スネ イプがそれを拒まなかったことからこの関係は始まったということもあり、何もしてこないスネイプが本 当に自分を特別な女性として見てくれているのか、は不安だった。 「何で出さないんですか!・・・出して下さいよ!!」 「馬鹿な事を・・・・っ!?」 半ば興奮したは、急に立ち上がってテーブルを乗り越え、座っているスネイプの膝にまたがる格好 で、触れるか触れないかのギリギリまで顔を近づけた。あまりにも突発的な事態に、さすがのスネイプも 避けることもできず、たじろいでしまった。 「・・・先生、どうして何もしてくれないんですか?」 今度は一転して辛そうな、今にも泣き出しそうな顔ではスネイプの瞳を見上げて呟くように言う。 「・・・っ・・・とりあえず、降りろ・・・」 「嫌!・・・・なんで?!先生、私のこと好きじゃないの・・・?」 「違う、そうじゃない!ただ・・・」 「じゃあなんで?!降りろなんて・・・私だって・・・傷・・・つ・・・く・・・・・」 言葉の途中で、急に身体の力が抜けては崩れ落ちた。ソファから落ちそうになった彼女の身体をス ネイプは慌てて抱き止めると、安堵とも何ともつかない深い溜息を吐いた。 「・・・・やっと効いたか・・・・。」 先ほどスネイプがに出した紅茶には、微量の睡眠薬が入っていたのだ。どうせ眠れないと言うのだ ろうと思って、入れてやったのだった。そして眠るまで少し話をしていよう・・・というつもりが、少々 思いがけない方向へ事態が進んでしまい、スネイプは後悔した。 スネイプはをベッドまで抱いて運び、ブランケットをかけてやる。さっきまでの取り乱した様子が 嘘のように穏やかな寝顔を見下ろし、心の中で呟いた。 ―――早く、卒業してくれ・・・。 切実な呟きだった。の不安だったり寂しかったり辛かったりという気持ちは十分判る。スネイプと しても、抱き締められるものなら抱き締めたかった。キスもしたかった。けれど、感情のままにそういう 行動に出られるほどスネイプは子どもではなかった。教師と生徒――この関係は、スネイプにとって、外 す事のできない枷なのだ。ことに、を愛しく思えば思うほど、その枷は重さを増してゆく。 ―――早く、卒業してくれ・・・。卒業したら、その時には・・・ それからスネイプは随分長い間、そこに立ち尽くしていた。 (2003.10)
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