■ それぞれのかたち ■


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は目の前に座る恋人の顔を、盗み見るようにそっと上目遣いで見詰めた。
その恋人の名はセブルス・スネイプ。言わずと知れた、この学校でごく一部を除く生徒達から
最も恐れられている教師である。


スネイプはの視線に気づいているのかいないのか、先程から変わらず、無言で書物に目を
落とし、時折、紅茶を口に運んでいる。
ここはスネイプの研究室。室内は静かで、カップをソーサーに置く音と、スネイプが書物を捲る
音、そして暖炉の燃える音以外には全く音はなかった。


二人が恋人同士として付き合い始めたのは一ヶ月前。勿論、想いを打ち明けたのはの方だ。
二年にわたって少しずつ、少しずつ、距離を縮め、去年のクリスマスにやっと好きだと告げた。
そしてスネイプもそれを拒まず、はその時初めて、好きな人に抱き締められるということの
嬉しさ、幸せを知った。


だが、同時に少し不安でもあった。
どう考えても、生徒のことを好きそうではないスネイプが、多少親しいとはいえ、只の一生徒の、
しかも恋愛感情に応えるなどと、告白した自身も信じられなかった。
だから、スネイプの答えが本気なのかどうかという不安が、今でも消えずにの胸にあった。


そのため、この、スネイプの部屋で過ごす沈黙の時間はにとって苦痛だった。
全く何も喋らないというわけではなく、他愛のない話をとりとめもなく話したり、ということも
勿論あるのだが、やはりスネイプが元来無口なのと、がスネイプにまだ遠慮しがちなのとで、
どうしても二人きりで長時間居ると沈黙の時間が訪れてしまうのだ。


そういう時、スネイプは決まって溜まった書類や本に目を通し始める。多忙な彼の事なので仕方が
ないといえば仕方がないのだが、その態度もまた、をいっそう不安にさせた。
「先生は、私と居て楽しいんだろうか。煩わしいと思ってたり、しないんだろうか・・・。」
黙っていると、余計な事ばかり考えてしまい、どんどん頭の中が不安に支配されてゆく。


ついに堪りかねて、が口を開いた。


「・・・・・先生、」


音のないこの部屋でなければ聞き落としてしまいそうな、か細い小さな声。
スネイプは読んでいた書物から目を離し、ゆっくりと顔を上げての方を見た。


「どうした?」


「・・・・・あの・・・、」


訊き返すスネイプの視線を威圧的なものに感じ、どう切り出していいのか迷いながら、は
不安そうに、言葉を紡いだ。


「・・・先生は、幸せですか?」


「・・・・・?」


は言ってすぐに、「しまった」と後悔した。突然口を突いて出た突拍子もない言葉。
これではスネイプに不審がられるだけではないか。そう思いながらも、慌ててしまうと、良い
言葉も浮かばず、自分で発した言葉の収拾をどうつければ良いのか分からなくなってしまった。


「何をいきなり・・・・意図が掴めないのだが?」


スネイプの疑問は、至極当然のものである。突然そんなことを訊いてきて、はどういう答えを
欲しているのか、また、それを聞いてどうしようというのか、スネイプは咄嗟に考えを巡らせたが、
分からなかった。


は泣きたい気持ちになりながらも、言いかけた言葉を取り消すことはできないので、意を決し
て単刀直入に訊こうと決めた。


「・・・せ、先生は、今、私と居るこの時間を、ほんの少しでも幸せだと、思ってますか・・・?」


今にも泣き出しそうな顔で、必死に訊いてくる幼い恋人の姿に、スネイプは一瞬眉を顰めて、
解らないという表情になったが、やっとの胸中を察し、口元に穏やかな微笑を刷いて答えた。


「ああ、幸せだと思っているが?」


「・・・・ホント、ですか?」


スネイプの微笑みを見て、は少し安心しながら、それでもまだ不安げな顔は変わらなかった。


「・・・・私なんかと・・・こんな、黙ってお茶飲んでるだけの時間が、本当に幸せですか・・・?」


のこの台詞を聞いた瞬間、スネイプの顔から笑みが消え、眉宇を顰めて険しい表情になった。
スネイプのその変化を見て、の顔はサッと蒼白になった。
「機嫌を損ねてしまったんだろうか・・・本当に、嫌われる・・・?」
そんな言葉が、頭の中を駆け巡る。そして、さっきよりも更に、怯えた瞳でスネイプの次の言葉を
待った。


「・・・・、」


スネイプの低い声が、しんと静まり返った地下室に響く。いつもは心地良いその響きも、今の
には恐くて仕方がなかった。


「お前の今の言葉は、我輩に対する侮辱だ。・・・すぐに、取り消せ。」


「・・・・・ごめんなさ・・・」


この上なく不機嫌そうな、スネイプの怒りを込めた声に、はわけも分からず謝罪の言葉を口に
するしかなかった。


「・・・どういう意味か、分かっているのか?」


「・・・・・・・・・・」


スネイプの詰問に、はもう黙って首を振ることしかできなかった。どうして、ここまで怒らせ
てしまったのか、解らなかった。ただ、泣きそうになるのを必死で堪えながらスネイプの顔を
見上げるのが精一杯だった。
そんなの様子を見て、スネイプは溜息を吐き、今度は、幼い子どもに諭して聞かせるように
話し始めた。


「・・・“私なんか”という言葉・・・、それでは、我輩は、“お前なんか”を選んだ馬鹿な男だ、

 ということか?・・・・それは、我輩に対する、大いなる侮辱ではないのか?」


「・・・・・・・・!」


咎められてはいるのだが、その内容はとって思いがけないものだった。しかしはどう
返事をして良いのか分からず、相変わらず黙ったまま、スネイプを見詰めていた。


スネイプは再び溜息を吐くと、椅子から立ち上がっての方へと静かに歩み寄った。そして
の座るソファに腰を下ろすと、の髪をゆっくりと撫でながら言葉を続けた。


「・・・それに、黙って茶を飲むだけの時間が、何故いけない?何も喋らず、ただ共に時間を過ごし

 ていて心地良い相手など、そう居るものではない。・・・というより、我輩には、お前くらいしか

 そういう人間は居ないのだが・・・・お前はそれでは不満か?」


は、堪え切れずに涙を零した。自分の不安しか頭になくて、スネイプが自分を想ってくれている
ことに気付かなかった、自らの愚かしさと、嫌われていなかったということの安堵とで、涙が溢れて
止まらなかった。スネイプはそんなをいとおしそうに抱き締めて、どうにか泣き止ませようと、
まるで小さな子どもをあやすように、彼女を優しく抱き締めてやった。


暫くそうしていたが、スネイプがふと気付くとの泣く声は止んでいて、その代わりに、胸に静か
な寝息を感じた。泣き疲れたのか、は眠りについていた。しかし、その手はスネイプのローブを
しっかりと掴んだままで・・・。
スネイプは苦笑すると、が目を覚まさないようにそっと抱き上げ、ベッドへ寝かせるために立ち
上がった。


優しい、優しい、夜の話 ―――


(2004.1)





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